走る木

木が走り出した。


一本の木が走り出した。根っこをもたげて、代わる代わる前に繰り出し、大地をえぐり、駆けていく。街の中をも、堂々とはしっていく。時速10kmほどだろうかという速度。のっしのっしと走っていく。アスファルトをめくりあげ、車を弾き飛ばし、その強靭な走りは、人々に悲鳴を上げさせた。

砂煙に混じって、アスファルトの断片が飛ぶ。車が道路を転がり歩道につっこむ。ビルにつっこみ、設備や通路などおかまいなしに直進する。

木の通り道は、散々たる状態になる。

この迷惑極まりないランニングツリーをなんとかしないわけがない。銃を使う。バリケードを作る。木を枯らす薬品をかけてみる。いや、しかし、この木には通用しなかった。ものともせずに、ひたすら、走り抜けていくのである。


いったいどういうつもりなのか見当もつかない。

ランニングツリーと並走し、ニュースに流れたりもした。解説しようにも何を解説すればいいのか。木の化け物が、延々と根っこをわしゃわしゃさせて、地面をえぐる様子を見ているだけだ。


何日も走り続け、いくつもの街を横断し、ある日、木は立ち止まった。地面に根っこを突き刺し、それこそ、普通によく知る木のように、立ち尽くした。


ようやく、木の驚異は終わった。


街の修復はそこそこに、人々はその木の前に看板を建て、観光地とした。


すると、また、走り出したのである。

しかも、今度は二本。


二本の木が、二人三脚のように息を合わせて、ひた走る。

街の被害も倍である。道路はめくれあがる。倒壊する家も出た。速度はそれほどでもないので、人は避けられるが、建物から何から弾き飛ばして進んでいくからたまったものではない。


また、幾日かすると止まるのだろうか、と思った矢先、とある森に二本の木が入ったところ、そのあとに続く木がわらわらと表れだし、遂には、森全部の木が走り出した。


走り出した森は、全てをなぎ倒していくので、人は逃げる他ない。進路を予測し、ニュース速報が流れる毎日だ。


森は走る。別の森を加えては、どんどん大きな森になっていく。もはや、海といったほうがいいかもしれないというころ、海岸にたどり着いた森は、自らを橋として、海を渡ろうとし始めた。一つの木が橋となり、その先端に別の木がつながり、橋はどんどん長くなっていく。そして、海を横断し、別の大陸で走りはじめた。その大陸の森も加えて、さらに広がっていく群れは、災害そのものである。全てを飲み込む緑の波を人は恐れた。


この世の全ての木が走っているのではないかというくらいになった。果樹園農家は涙も枯れたほどである。植える木が、みな、走り出していくのだ。


走るのを見送っては木を植える。


木材のありがたみを知った頃、地球は、木に覆われた世界になりましたとさ。

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