21話 五章 閉ざされた学園、魔獣の襲来(4)上
どれくらいの数の『死食い犬』が、学園に降り立っているのか予想はつかない。三人で校舎内を移動しながら、餌の匂いを嗅ぎつけたように次から次へと飛び出してくる魔獣を倒し続けていた。
気付けば辺りは、赤黒い血と腐った魔獣の死体で埋め尽くされていた。
サードは、まずは残りの生徒会メンバーの状況を確認すべく先を急いだ。ユーリスとレオンが相変わらずぴったりとついてきたが、ひとまず思考を目先の戦闘に集中させて邪魔な魔獣を処分していく。
別棟と授業棟の中間地点にある一階中央の大広間に出ると、既に魔獣の死骸が多く転がっていた。そこには、まだ動いている十数体の『死食い犬』がいて、一人の獲物に向かって集団で攻撃を掛けているところだった。
それは一学年の生徒会書記ソーマだった。食欲への貪欲さが状況に応じた『死食い犬』の動きを良くしているのか、魔獣たちは広い空間を利用し、スピードを活かしたコンビネーションで攻撃を繰り出しながら巧妙に聖剣を避けていた。
あの苦戦ぶりから見るに、ソーマだけでは太刀打ちは難しいだろう。こちらの登場にさえ気付かないでいる彼は、次の動きが読みづらい獣の集中攻撃に必死になって攻防している状況だ。
サードは、後ろを追ってくるレオンやユーリスを振り切るように一気に加速した。前方へ飛び出すと、道を切り開くように二匹の魔獣の首を一瞬で切断し、ソーマの元を目指す。
「ソーマ君!」
ユーリスが槍で『死食い犬』の頭部を貫き、魔法でも攻撃を行いながら叫んだ。
すると、大広間の中央で魔獣たちの連続攻撃を交わしながら、一匹ずつ各実に剣で仕留めていたソーマが、すっかり乱れた髪を振り上げてこちらを見た。
「ユーリス先輩ッ、そっちは片付いたんですね!」
どこか安堵したようにソーマは表情を緩めた。飛び込んできた魔獣に気付くなり鋭い目を向けると、両手でしっかりと剣を握り締めたまま、腹の底から声を上げて素早く『死食い犬』を一刀両断した。
それを見たサードは、あいつ結構強いんだなぁ、とか考えてしまった。そういえば、あいつもあいつで立派な聖騎士の一人なんだよな……と今更のように思う。
大広間を縦横無尽に動き回っていた魔獣たちが、増えた獲物に目をぎらつかせてより動きを増した。目を走らせたレオンが剣を構えて、ユーリスの方へ跳躍しようとしていた『死食い犬』の足を切断する。
「ありがと、レオン。一度に多数で飛びかかれると厄介ってだけだろうからね」
時間の余裕を作ってもらえたユーリスが、その直後に呪文を唱えながら武器を回し、魔獣の群れに向かって炎の魔法攻撃を放った。獣たちがその熱に怯んだ隙にソーマが飛び掛かり、『死食い犬』の脳天から剣を突き刺した。
三人のコンビネーションは、息がぴったりだった。今のところ、こちらの手助けは不要らしい。
サードは魔獣よりも速く移動すると、自身の爪と強化された腕力で『死食い犬』の身体を引きちぎった。ソーマの死角を狙って跳躍した『死食い犬』の足を空中で掴むと、その巨体を床へと叩きつけて、トドメに踵を落として頭部を潰す。
「サリファン先輩ッ、だ、だだ大丈夫なの!?」
遅れて気付いたソーマが、びっくりして尋ねる。
サードは、別の方向へ走り出そうと身構えた『死食い犬』に両足をめり込ませた。チラリとソーマの灰色にも見える頭を見やり「大丈夫」と普段の口調で答えつつ、あの仔猫は人間だったんだよなぁ……とまた残念に思った。
しばらくもしないうちに、見える範囲内の魔獣は片付いた。残っている獣はいないかと辺りを見渡しながら、サードは爪の間に挟まった肉片を払い落とした。
ソーマたちが、武器についた赤黒い血を拭う。そのそばで、レオンが非難するように、全員赤黒い返り血を浴びたサードを上から下まで眺めやった。
「戦い方が雑過ぎます。もっと丁寧に出来ないのですか。貴方はいちいち荒々しいのですよ」
「何言ってんだ。お前も胸のあたりの返り血とか、すごいだろうが」
サードが負けじと指摘すると、頬の切り傷の血を袖口で拭ったソーマが「いやいやいや」と、話しに割り込んできた。
「サリファン先輩の返り血の量が、尋常じゃないレベルで驚くんですけど……。怪我とかありません?」
「平気だ。超治癒再生が働いているから、怪我しても浅い傷ぐらいなら一瞬で治る」
「そう、なんだ…………半悪魔体の計画って、本当なんですね」
ソーマは眉尻を下げ、独り言のように呟いて目を落とした。辺りを見回していたユーリスが、「ところでさ」と言って彼の方へ顔を向ける。
「エミル君とロイ君、見なかった?」
「いいえ、見ていません。エミル先輩は、改良版の『マイ・ロケットランチャー』を魔法袋に揃えていたから、爆発音の方向にいると思います」
「なんだよロケットランチャーって。物騒すぎるだろ」
サードが思わず突っ込むと、ソーマが困ったような笑みを口許に浮かべ「エミル先輩は、爆薬作りが趣味なので……」とぎこちなく教えた。
女の子のように華奢で、可愛い人形と甘い食べ物が大好きな美少年が、喜々として爆破している想像はかなり衝撃的だった。そうすると遠くで聞こえていた爆発音の大半は、会長補佐であるエミルが引き起こしているものであるのだろうか。
そう考えたところで、サードは「ん?」と首を傾げてしまう。
「そういや、さっきから爆発音が聞こえないな?」
「こちらと同じように魔獣をほぼ倒して落ち着いたか、残った頭数が少ないために、大剣を振り回しているのではないかと思われます。彼は見掛けによらず、身体よりも大きな剣を振り回す方(かた)ですから」
レオンが冷静に答えた。
その光景を想像したサードは、爆破の件に続いてドン引きした。
「何ソレ怖すぎる」
「素手で暴れ回る貴方に比べればマシです」
「おい、ゴミを見るような目を向けるな。つかお前、どんだけ俺のことが嫌いなんだよ?」
その時、外から一際大きな爆発音が上がって地面が振動した。連続した爆破は余韻を残しながら小さくなり、最後は大地が唸るような音と共に消えていく。
しばらく耳を澄ませて沈黙していたユーリスが、音の発生方向へと顔を向けた。
「――運動場あたりかな?」
「エミル先輩の担当位置ですから、恐らくそうではないかと思います」
ソーマが、不安な表情で答える。そうしたらレオンが、秀麗な眉根を寄せて「はぁ」と額に手を当てた。
「困った人です。ありったけの火薬でもつぎ込んだのでしょう」
「会話が既に物騒過ぎる」
サードは眩暈を覚えた。
※※※
エミルを探すため、サード達は大広間を抜けて運動場に向かって駆けた。魔獣の生き残りがいないか目を走らせたが、断ち斬られた死骸ばかりが転がっていた。
「日食の様子を見る限りでは、あれから数十分も経っていないようだけれど、既に時間経過が鈍くなっている気もするんだよね」
走りながら、ユーリスが思案するようにそう言った。
頭上の太陽は、もう八割以上欠けてしまっている。しかし体感としては、三時間ぶっ通しで戦い続けているような気がしないでもない。
同感だと口にして頷いたサードが、続けて問うように目配せすると、視線を受け止めたユーリスが「うん」と考えるような表情でこう言った。
「敷地一体が、強固結界で閉ざされている中で、大量の魔獣が一斉に降り立っただろう? 恐らく魔獣の持つ瘴気の濃度が、一気にはね上がったせいで、時間経過が外界と遮断されつつあるんじゃないかと思うんだ」
「そんな事ってあるのか?」
「魔物の多い深い森なんかでは、結構発生する現象だよ」
「どうせ小物は先に全滅させる予定でいたのですから、都合がいいのではないですか?」
話を聞いていたレオンが、会話の間に割り込んで淡々と意見を述べた。それに対してユーリスは、どこか腑に落ちない表情を浮かべて見せる。
「レオン君。実をいうと、俺が予想していた『死食い犬』の数と合わないんだ。そもそも『死食い犬』は、三百年の寿命があるから個体差もあるはずなのに、俺たちが倒した全部が、ほぼ同じサイズだったのは変だと思うんだ」
すると、そばを走っていたソーマが「ユーリス先輩」と呼んだ。
「魔獣がほとんど長生きしているせいで、それほどまで個体差が大きく出ていないとは考えられませんか? やや小さいサイズの物もいましたし」
やや小さいのとか、いたか?
敵の姿形を気に留めてもいなかったサードは、大きさの違いがあったかどうかも覚えておらず首を捻った。その様子を、レオンが冷ややかに見ている。
「なぁ、会計。つまりお前の考えだと、もっと大きい『死食い犬』がいても、おかしくないって事なのか?」
「過去の記録によれば、『死食い犬』は馬よりも大きかったらしい」
言いながら、ユーリスはサードへ視線を返す。
「これまで倒したのは、せいぜいそれよりも一回りは小さいくらいのサイズだ。魔獣百科に記載されてる特徴と違って、あの『死食い犬』たちの統率が一部とれていたように見えたのも気になるんだよね……レオン君は、何か思うところはあった?」
ユーリスが、やや後方を走るレオンへ目を向けた。
意見を求められたレオンが「そうですね……」と思案げに言い、秀麗な眉を寄せて、しばし真剣に考えるようにして沈黙した。
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