16話 四章 そして、運命が回り出す(5)

 待機場所に到着したサードは、生徒たちが順調に正門から出ていく様子を、死角となっている桜の木の影から窺った。


 到着した時、正門の内側に立っていた守衛や理事長と一瞬目が合ったが、すぐにそらされた。彼らは特に合図を返す訳でもなく、正門の外へ出るために歩いてくる生徒たちから、こちらの存在を隠すように少し立ち位置をずらしただけだった。


 つまり、合図待ちというわけか。


 サードはそう察して、彼らから何かしら指示(サイン)が出るのを待つことにした。


 校舎の敷地を外側から取り囲む鉄柵には、一定の距離を置いて、軍服の上から丈の短い黒いローブを付けた魔術師や、白を基調にした国家騎士団の軍服に身を包んだ騎士たちが並び立っていた。


 彼らの足元には、物々しい魔術装置も配置されており、生徒たちは普段とは違う訓練の様子に戸惑いを隠せず、小さな声で疑問を囁き合っている。


 事情を知らない教員たちも、困惑したような表情を浮かべていた。学年主任らしき男が、理事長に何事だろうかと質問するのが見えた。


「先に生徒を」


 理事長が、冷ややかにも取れる様子で一蹴した。すると、元々学園の守衛をしていた男が申し訳なさそうにこう告げて、その男を生徒たちの元へと促していった。


「これからきちんと理事長がお話しされますので、ひとまず自分のクラスの生徒たちのところへお戻りください」


 全ての教師たちが、渋々身を引いて待機した。


 やがて『次代皇帝』である生徒会長のロイが、ユーリスを引き連れて、最後の生徒の集団の最後尾に付いてやってきた。


 ユーリスが、魔術師と騎士の姿に気付き「何事だい?」と片眉を引き上げる。そのそばで、ロイは正門の内側にいる理事長の前に立つと、僅かな嫌悪を滲ませ「理事長」と切り出した。


「これは一体どういう事でしょうか。なぜ国王側の魔術師と騎士が、ここに?」

「今日、悪魔が百年振りに封印から目覚める。その計画のために、彼らは国王の命でここにいる」

「なるほど。しかし、俺は何も知らされていませんが?」

「その必要はないからだ、ロイ・D・ロックフェルム」


 静かに睨みつけるロイに、理事長は眉一つ動かさず高圧的に言葉を続ける。


「これは国王と『皇帝』の命令だ。『代わりの手駒』が用意された今、お前たちが戦う必要はなくなった。お前たちは安全なところにいなさい、『皇帝の首飾り』はこちらで預かる」

「――嫌だ、と言ったら?」

「お前に拒否権はない。お前が『次代皇帝』とはいえ、この学園では私が『キング』だということを忘れるな。ここでは、私の指示に従ってもらう」


 理事長と生徒会長の不穏なやりとりを見て、学園の敷地外に溢れていた生徒たちが騒ぎ始めた。一体どういうことだと疑問の声が上がるが、正門の内側で睨みあう当事者は、双方とも微動だにしない。


 見兼ねたユーリスが、「ちょっと待ってくださいよ」と言って、ロイを庇うように理事長の前に割り込んだ。


「悪魔と戦うのは、『次代皇帝』と『聖騎士の子孫たち』の役目のはずでしょう? 封印魔法も、悪魔を破壊するための聖剣も、血によって受け継がれるものです。何者だろうが代わりにはなれないし、異次元の存在である悪魔に触れられるのは、悪魔と戦うことを『宣言契約』した者だけのはずですが?」

「時代は変わったのだよ、ユーリス・クラークス。進歩した最新科学と魔術の融合により、国は【悪魔を確実に殺すための『代理』】を用意した。だからお前たちは戦う必要がない。繰り返される悲劇は、ここで終焉を迎えてもらうのだから」


 その時、騎士たちが正門の内側にいたロイとユーリスを取り囲んだ。ロイが高圧的に睨みつけると、一人の騎士が丁寧な物腰で「『次代皇帝』様」と腰を折った。


「大変申し訳ございませんが、これは国王と『皇帝』のご意思にございます。どうぞ、その『皇帝の首飾り』を彼にお渡しくださいませ」

「俺はまだ何も応じていないぞ」

「素直に応じない場合は力づくでも、と『貴方様のお父上より直接』ご命令を受けております」


 ん? そういや、他の生徒会メンバーはどこだ?


 ロイと騎士のやりとりを見守っていたサードは、彼を崇拝しているレオンが出て来ないことを珍しく思って、正門の向こうを見やった。


 校舎の敷地外に溢れる生徒たちの中に埋もれるように、困惑した表情で見守っている他の生徒会役員たちの姿があった。そこにはレオンもいて、普段は強気で冷ややかな表情を浮かべている顔は、苦々しく歪められている。


 なんか、ちょっと違和感を覚える顔、というか――

 

 小さな疑問を覚えたサードは、不意に視線を感じて目を戻した。騎士の背に守られていた理事長が、こちらと目が合うにり僅かに目を細め、小さく唇を開閉してきた。


『時間が迫っている、今すぐ奪取しろ』

 

 指示を受けたサードは、「了解」と答えるように頷き返して見せると、そばにいる騎士に『そろそろ動きます』と視線と手の仕草で伝えた。


 騎士が、隠れて待機しているサードを横目に確認した。理事長へと目を戻し、了承を取るように小さく頷くと、騎士たちの方へ顔を向けて手を上げた。


「全員、ただちにロイ様とユーリス様を取り抑え、正門の外に連れ出せ!」


 響き渡った指令に、騎士たちが迅速に動き出した。暴れようとしたロイを複数の騎士が素早く取り抑え、ギョッとするユーリスの腕を背後から拘束して正門の外に運び出し、その後ろを理事長が続く。


 見守っていた生徒たちが、理事長と騎士たちの横暴な態度に批判の声を上げ「生徒会長と会計様をお助けしろ」と騒ぎ始めた。しかし、近くにいた魔術師が魔術紋の施された槍を構えて牽制すると、短い悲鳴を上げて距離を置いた。


 正門を出た場所で、背後から騎士に拘束されたロイが、忌々しげに理事長を睨み据えた。


「どういうつもりだ」

「時間がない、と私は言った」

「理事長、俺は暴れてないのでもうちょっと優しくもらえませんか?! 腕がすごく痛いんですけどッ」


 ユーリスが引き攣った笑顔で主張したが、理事長は目も向けなかった。数秒ほどロイを見据えた後、近くの魔術師に向かって淡々とこう告げた。


「生徒は全員外へ出た。速やかに『強固結界』の展開を用意しなさい」

「了解しました。これより、術式発動に入ります」


 一人の魔術師が大きな声で答えると、学園の柵沿いに待機していた他の魔術師たちが動き始めた。低い声で唱えられる呪文によって、魔術装置が稼働し淡い光を帯び始める。


 サードは計画の内容で、魔術の展開が発動完了するまで五十秒あることを知っていた。自身の胸の中でもカウントを開始すると同時に、騎士によって押さえ込まれているロイの前に飛び出した。


「ちょっとごめんな!」


 前もって謝罪し、驚くロイのシャツの襟に手を突っ込んだ。手に触れたネックレス・チェーンを掴み、勢いのまま引っ張り上げる。


 留め金が破壊される音が上がり、ロイが痛みに小さく顔を顰めた。


 引きずり出してみたそれは、金のチェーンの先に薄いメダル状の装飾品がついていた。古い時代に作られたそれは、凹凸によって絵柄が浮かび上がるよう仕上げられており、剣と盾で出来た『皇帝』の家紋が描かれている。


 一連の様子を見ていた生徒たちが、ポカンと間の抜けたような表情を浮かべて静まり返る。風紀部員も教員たちも、予想外の登場と行動に驚いてサードを見つめていた。


「悪ぃな、これはもらって行くぜ」

「――何に使うつもりだ?」


 ロイに静かに睨み上げられ、サードは「意外に冷静なんだな」と首を傾げた。もっと驚かれるか、罵倒されるかといった反応を予想していただけに、少し拍子抜けしてしまう。


 騎士の一人が「発動まで残り二十三秒」と急かすような声を上げた。サードは、振り回されてばかりだった生徒会長(かれ)に、最後の最後で仕返しが出来たような満足感を覚えて、風紀委員長ではない素の陽気な表情で笑い返した。



「これから悪魔退治をするんだよ、会長。『俺はコレを返してやれない』から、事が終わったら、回収してくれた誰かから受け取ってくれ――んじゃ、ここで『さよなら』だ」



 魔術師たちの読み上げる呪文を背景に、サードの言葉を聞いて傍観に回っていた生徒たちがざわめき始めた。


「なんで、あの元戦闘奴隷があそこにいるんだ?」

「悪魔退治ってなんだよ」

「一体、何がどうなっている?」


 生徒たちの間で交わされる疑問が、波のように膨れ上がる。


 強固結界の発動まで、あと十一秒。サードは胸の中で秒読みを続け、学園へ向かって踵を返した。


「委員長っ!」


 その時、生徒たちの中からそう叫ぶ声が聞こえた。思わず振り返ってみると、リューや見知った風紀部員の顔が目に留まった。


 昔、地下研究施設で教わった「さよなら」という感情は、よく分からない。やっぱり自分らしい言葉が一番だろう。


 サードは大きく息を吸うと、風紀委員長という与えられていた設定を捨てて、勝気な笑みを浮かべ、元気良く大きく手を振って見せた。


 生徒や教員や衛兵といった全員が、揃って目を見開いた。眉間の皺もなく楽しげに笑うその顔は、苦労も不幸も、緊張も責任も知らない少年のもので、まるで物々しい周りの様子を思わせないほどに明るかった。


「じゃあな!」


 今度こそ『さよなら』だ。


 そう爽やかに告げて、サードは学園の敷地内に向かって駆けた。「委員長!」「待って下さい!」と悲鳴のような声が上がり、正門に押し寄せる風紀委員会のメンバーを騎士たちが取り押さえる。


 その時、二羽の鷹が猛スピードでサードを追い抜いていった。「えッ」と声を上げる暇もなく、鷹は校舎の向こう側へと旋回して見えなってしまう。


 その直後、灰色の厚い強固結界が、空まで高く伸びて学園を封鎖した。正門の外で飛び交い、溢れていた騒々しい音と声の全てが遮断されて、そこはピタリと静まり返ってしまった。

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