魔法少女、非常事態

トモが穴を落ちて地面にクレーターを作ったころ紫電のエクレールの面々はダンジョンの抜け道を分け入り、最終22階層まで進んでいた。


件の化け物はこの階層を徘徊しているという情報は聞いている。

化け物のテリトリー内にいるのは間違いないのだが、不気味なほど静かなこと以外何も情報が得られずにいたのだった。

普段であればサンドゴーレムや、砂塵蟲などの魔物やキマイラ系の魔物が入れ替わり立ち代わり襲ってくるダンジョン最深部なのだが現在は平和なものだ。

低層でもこれほど平和なことは記憶にない。

こと深層まで避けたとはいえこれほど、魔物に出会わないことに血気盛んなバークレーですら等々及び腰を見せるに至ったのだった。


「カーク。 レーネ。 すまねぇ。マジでやばいかもしれねぇ。 引き返すぞ」


その一言に嫌々ついてきた二人はやっと安堵の表情を見せる。

最深部まで順調に来すぎてしまった。引き返したり、足並みを遅らたりの小細工が一切できないままおそらく先に入ったあの白銀獅子とその相方の冒険者とはかなりの距離が空いてしまっている。

二人は、最悪白銀等級のプライドをかなぐり捨てて共闘、なんなら救援を依頼する気でいたのだ。その為にもやはり彼女たちから離れたこの状況は問題が大きかったのだ。やっとバークレーの頭が冷えた事で、撤退が出来る。

そのことを二人は心底喜んだ。


紫電のエクレールの面々は、その場から踵を返し来た道を戻り始める。

その足取りは来た時に比べて後方を歩くカークとレーネは軽やかになっていた。


そこから階段まであと数分というところまで、引き返したところ。ここまで歩き詰めだった三人は階層を戻る前にダンジョン内の比較的安全なフロアで休んでから戻ろうという事になる。


ダンジョン内には魔物が湧きやすいポイントというのがある。マナが溜まりやすいポイントのことだ。

そして溜まりやすいところとは逆にマナが特に薄いポイントというのも、生まれるのだ。そこでは魔物が産まれることはない。

ある程度攻略されたダンジョンはこういったポイントはギルドにて共有されているのだ。そしておあつらえ向きに理由は解らないが階段近くにはそういったところが産まれやすい。エクレールの面々はその場所で一休みすることに決めたのだった。


順路を横にそれ数分。三人があるいていると砂岩洞窟の中に人工的な四角い扉が見えた。石壁の扉だが、特に装飾はない。

武骨な印象だが、切り抜かれたような扉を押し込むとすんなりと扉はあいた。


中はここ数週間ぶりに空いたのだろう、カビ臭いにおいが奥から漂ってきた。

バークレーは右手の袖で口を覆い左手のカンテラで中を照らす。どうやら魔物の気配はないようだ。

そのまま中に入ると、バークレーは二人にも入るように促す。

そして三人は扉を閉めると壁沿いに集まり、人心地つくのだった。


「しかし……ここまでなんも起こらんなんてあるか?」


焚火を用意しながらバークレーは疑問を口にする。

化け物騒動が囁かれた直後であれば、他の魔物達と遭遇まで稀になったという報告はなかった。

それにこれほど長期間ダンジョン探索が禁止された事などバークレー達には記憶がない。冒険者の噂や学者の見解では、長期間人の入らないダンジョンは一定値は超えないにせよ魔物の数や質が上がるのが普通だ。


バークレーはあの二人組の白銀獅子等級冒険者たちに先んじて潜ることを決めた時点で、自分たちでは正直最下層への到達すら出来ないと踏んでいた。

いくら潜りなれた地元のダンジョンとは言え、一パーティで対処できる魔物にも限界はあるのだ。

通常の3倍ほど魔物に出くわせば18階辺りで撤退を余儀なくされるぐらいには損耗し、地上に帰還をすることになっただろう。

他のパーティが受け持つであろう分の魔物まで相手にすることを考えれば十分に善戦したと言える筈だった。

しかし、現実は拍子抜けするぐらい平和な物だった。

上層の1、2階で蝙蝠型の魔物を見かけた以外は一切の魔物が見当たらないのだ。


異常事態。その単語はバークレーの危機感を煽るとともに、知らず知らずに安全マージンを引き下げていたのだった。

おかしいという感覚に対する判断材料に、異常事態なのだからこういう事もあるのだろうという線引きで通常であれば引き返していた段階を大幅に超過した上でやっと留まることができたのだった。


焚火で湯を沸かし三人分のお茶をバークレーはカップにそそぐ。

それを手渡すときの表情はいつになく暗い。

幸い戦闘がなかったことで、彼らに疲弊はそれほどなかった。

しかし引き返す判断が遅かったのではないかという不安は拭うことができない。

大量の魔物に追われているわけでもなく、退路が断たれたという訳でもない。

ただ言い知れぬ不安がバークレーの顔に暗い影を落とすのだった。


「はぁ……、しゃんとしなさいよ! 来ちゃったもんは仕方ないわ。とりあえずあの二人組に合流しましょう? ギルドの発行してる地図なら階段沿いに来るはずでしょう? 恥ずかしいけれど、死ぬよかマシよ!」


ここまでぶつくさ文句言いながらもついてきたレーネは消沈した顔を見せるバークレーに激を飛ばす。

やっと冷静になったかと思えば今度は後悔し始めたリーダーに呆れつつも、長年の付き合いである。こういった場面で責めることはしないのだ。付いてきたのも自己責任てレーネは割り切っていた。

カークは何も言わず、薄い茶を飲みながらうんうんと頷いて見せた。


そう不安に思っても仕方ないのだ。

まだ何も状況は悪くなっていないのだ。バークレーが一人自己嫌悪に陥っただけなのである。そのことに気付いたバークレーは目を見開きはっとする。

そしてパーティーメンバーに一言、「すまん」というとばつが悪そうに茶を啜るのだった。


1時間ほどの後、休憩ポイントを離れ紫電のエクレールの面々は歩き出す。

歩き詰めだった身体は十分に回復していた。

そのまま上層への階段へ向かう。しかし、ここで予想外のことが起きていた。


「おいおい……、こりゃあ……」


先頭のバークレーが真っ先に声を上げる。

三人は階段の前にたどり着いたが、その階段が崩れ去り上層への帰還を阻んでいたのだ。来た時とは違い無残に崩れ去った砂岩の階段を見つめ唖然とする三人。

この最下層には階段はここにしかない。帰還は困難ということである。


「ダンジョンの修復力に任せて3日……いや5日か……」


続いてレーネが悲痛な面持ちで呟いた。

帰還不能。ただただその現実が彼らに突きつけられ瞬間であった。


レーネの見立て通り5日もあれば確かに階段は修復されるだろう。

普段であればそこまで嘆く事態ではないかのもしれない。これでもバルト最強の冒険者チームである。

しかし正体不明の化け物と遭遇する可能性、おそらく隠れているであろう大量の魔物それを避けての5日……。

余りにも不確定要素が多すぎた。しかしそれでも決断を迫られる。

留まるか、動き回るか、だ。


体力的には留まるのが正解だろう。

ただし袋小路だ。魔物が集まってくれば逃げ道がないまま押しつぶされる危険があった。

もう一つは先ほど休んだ休憩ポイントがこの階層には5か所ある。

そこを一つずつ回り戻ってくることだ。

その場合は戦闘を避けたり魔物を撒いたりしながら安全の確保が比較的しやすいのだ。ただしその分消耗する。

一長一短だろう。


「俺は拠点を移動しながら、時間をかけて戻ってくることつもりだ。 二人の意見も聞きたい」


バークレーは意を決して二人に判断を促す。

そして二人もその案に賛成だった。

現状どこにいるかもわからない魔物に怯えて一か所に留まるのは精神的疲労が大きいのだ。

その決断に納得した三人は階段を背にし、一路行軍を再開するのだった。



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