第二章 旅の始まり

断章 サイゴノマホウショウジョ その1

 トモたちが辺境都市ファルトに辿り着いた辺りの事。

 密かに、名もなき世界の人間国家の小国同士の間に戦争が行なわれていた。

 片側は最近内乱により、支配者の首がすげ代わり勢いに乗る傭兵国家ジャイド。

 もう一つは、この世界で唯一勇者召喚の秘儀を持つ国アルデイド王国。

 神聖皇国と同じく権威だけは持つアルデイド王国を、ジャイドが併呑するために起きた侵略戦争である。

 ジャイドは三大国には多大な恩を売っており、この戦争への介入を封じた。

 また、他の小国もジャイドに睨まれるのを恐れて静観の構えであった。

 それに勇者召喚自体が人族の切り札として扱われ、特別扱いされてきたアルデイド王国へのやっかみもあったのであった。


 ジャイドの将軍、ケルビンは今回の遠征には懐疑的であった。

 アルデイド王国は小さい。防壁もない村々の他はたった一つの城塞都市が有るだけだ。流通経路を抑えるだけでじきに干上がるような国だ。

 それを国宝の火龍王の槍を使って、街ごと燃やすというのはいささか示威行為としてもやりすぎだと思っている。

 しかし所詮自分は、国軍の兵士の一人でしかないと粛々と命令に従い準備を進めていたのであった。


「将軍! 準備が出来ました! いかがいたしましょう!」


 副官からの報告だった。傭兵隊の隊長だったころからの優秀な副官であった。命令に逆らわず、確実な仕事をする。信頼のおける部下だった。


「ご苦労! 待機だ! このまま、降伏勧告を続ける。 三日は様子を見るぞ」


「は! 先走る者が出ないよう下知を徹底いたします!」


 ケルビンはその反応に満足すると、幕舎の椅子に座り先ぶれを出すように指示を出す。ケルビンも虐殺は趣味ではないのだ。無血開城であれば、槍の使用を躊躇ったことに国への申し開きも可能だ。

 なんとかアルデイドの君主の英断に期待するしかなかった。奴隷としての生でも、死よりはマシであろうと考えたのだ。その考え自体が傲慢であることに本人は気づきもしないのではあるのだが。


――同刻 アルデイド王国 首都城塞都市バナドールプランシュール 王城内会議室


ここではジャイドによる急襲に対策会議が連日繰り広げられていた。

地理的にジャイドとアルデイドは、大陸の最西端で隣り合う小国同士である。

現在まで、表立って敵対することもなく小競り合いもなかった。

アルデイド王国自体が、勇者召喚という秘儀により成り立つ産業も碌にない小国ということや、国自体が魔族国家と小競り合いに自国民を傭兵として貸し出すジャイドでは、いままで敵対する理由もなかったのだ。

そのため寝耳に水の出来事に、ただただ貴族は慌てふためいて対策は後手後手に回っていた。


実際のところ戦力差は歴然であった。

勇者召喚――神の気まぐれを介さず、直接異世界より超常の力を持つ勇者を呼び出す秘儀。その秘儀はここ数百年行われていない。

というのも、その存在は強力である代わりに、魔族国家が存在を危険視し、戦乱が激化するのだ。

そのため、三大国は秘儀の使用を禁じていた。そして安寧の為に勇者召喚を切り札として掲げ、象徴として権威を獲得することでアルデイド王国は繁栄を享受してきた国であった。


他国の様に外交に力を得ずとも、約束された繁栄と安寧。その養豚場で飼育されるような環境は、次第に国自体の運営能力を衰退させ、官僚や支配者、そして軍人の質の低下を招いていた。


「降伏勧告を受け入れましょう! 時を稼げば、他国も状況を憂慮して介入することでしょう!」


軍務大臣の言葉だ。この場の軍権を持つトップの言葉は弱腰どころか、楽観的としか言えない言葉だった。その言葉に同意する国の重鎮たちも同様だ。

降伏すればジャイドは無能な為政者を生かしておく理由がない。

秘儀を使える王族以外は反乱の芽を摘むためにも、この場にいるものは皆殺しだろう。更に言えば、これほど大胆な進軍だ。他国への裏取引はすでに完了していることだろう。


そこまで思考すると、この場の唯一の王族。王女クーデリア・アルデイドは頭を抱えた。銀の髪に赤い瞳は王族の証でありその存在感は十二分にある。しかし突然の開戦に心労で倒れた父王に代わり、急遽政務についた小娘に耳を貸す大人はいない。


普段から政争とは無縁な国だ。こういった時にはみな日和見主義で現実を直視しないのだ。ここは王の強権を振りかざし、徹底抗戦を訴えるしかあるまい。


「父王より預かりし王権を元に、私は勇者召喚を行う! 反対する者は国賊として切る! 臆病風に吹かれて現実が見えていないお前たちに、教えてやろう! なぜ今の状況で他国が静観を決め込んでいると思う? 最早我々は見捨てられたのだ! あとは民は蹂躙され奴隷となり、お前たちは首を切られ、我が身は勇者を呼ぶものを産む孕み袋とされるのがオチだ。その先のない未来を、貴様らは望むつもりか!」


その激に反論できるものはこの場に居なかった。

国家存亡の危機。重鎮たちはこの時初めて、その言葉を理解したようだ。

鶴の一声となった王女の言葉に会議室は急に慌ただしくなる。

召喚の間、その扉を開けるためには儀式が必要だ。

その儀式の準備が急遽始まったのだ。

期限は三日。勇者の説得に時間が掛かることも考慮して二日しか時はないだろう。

ここが勝負の時だ。クーデリアは激を飛ばし、準備を急がせた。




――地球 崩れかけたどこかのビルの屋上


「―――――――――――――♪、―――――――――――♪」


夕日の中、物悲し気なメロディの鼻唄を歌う少女がいた。

その少女は、人を待っていた。

この辺りは長年の争いで人は愚か生き物もほとんどいない。

そんなところで人を待つこの少女の名はヴァイス。

黒い髪の毛に黒い瞳、そして黒いフリルが可愛らしいマジックコートの魔法少女。

白を表す名前とは対照的に全身真っ黒な少女だった。


「その歌……まだ覚えてたんだ」


「ん? ああ、私にはこれだけしかないからな」


歌の途中で、上空から少女は声を掛けられる。

その声の主は、少女というには大人びた雰囲気を持つ金髪の魔法少女。名はアメリア。妖艶な笑みを着飾るそのマジックコートは彼女の妖艶さを引き立たせる優雅さを纏った白いドレスだった。


「まさか、あなたが最後まで生き残るとはね。 あんまり生にしがみつくようなタイプじゃないと思ったのだけど」


「その通りだね。 だからこそこの世界から魔法をなくす、その作業をやり通せた」


「ふふ? もう勝ったつもり? 確かに私は逃げ回ってたけど、これでもエーレンゼルを終わらせた突撃部隊ラストアタッカーズの一人よ?」


そう言って魔法の杖を構えるアメリア。

しかしその瞬間、アメリアの身体は爆風に晒される。

そして吹き飛ばされた先で更に爆発。また爆発。爆発。爆発。爆発。

最後には砂に埋もれた大地に投げ出されたアメリア。


「流石にラストアタッカーズ頑丈だ」


複数回の爆発に晒され、全身から血を流したアメリアにヴァイスは近づく。

そこには油断もなく槍の形の魔法の杖を携え、切っ先はアメリアにしっかりと向けている。


「罠とは随分なことをしてくれますね」


ぼろぼろのまま立ち上がるアメリアの口からは笑みが消えていた。


「正面切っての戦いじゃ魔力量の差で押しつぶされるのが関の山だからね。卑怯なんて言わないで、ね!」


そういうと、槍でアメリアに攻撃するヴァイス。

その攻撃はアメリアの頬を大きく切り裂いた。

アメリアは困惑していた。最後のエーレンゼル侵攻この戦いで、確かにアメリアは英雄であった。その自分が先ほどから手も足も出ないでいる。

その事実にアメリアは理解できずにいた。


第四次侵攻後、世界には平和が訪れた。そして、魔法少女だけがこの世界に残った。

各国はその英雄たちの存在を危険視することになる。

その危惧はすぐに現実のものとなった一部の魔法少女、所為非正規イリーガルの暴走だ。元々政府と関係なく規模を増やし続けたイリーガルたちは、組織的な徒党を組んだのだった。そして、それに呼応するように好き勝手に軍閥じみた組織を作る一部の正規の魔法少女。


気付けば世界は3度目の世界大戦がはじまっていた。

その規模は最早非戦闘地域がないほどに巨大となり、人々の怨嗟の嘆きが聞こえぬ夜はなかった。


そんな泥沼の戦いの最中、一人の魔法少女が呼びかけた。

その内容は、「魔法排斥思想」この世界に持ち込まれた魔法をすべてなくす。

その思想は戦乱に疲れた人々にとって希望の光となった。


世界に溢れた魔法少女の内約半数もその思想に共感し、組織的に魔法少女狩りを始めたのだった。しかし、戦力的には二流、三流の魔法少女の中心だったその組織は損耗を繰り返しながら、最後の二人になるまで戦ったのだ。

そして、今最後の二人が対峙している。


一人は大戦の英雄、そしてそれを圧倒するのが大戦では目立った活躍のない英雄の三分の一程度の魔力しかないヴァイス。

この状況にアメリアは逃走を選択した。乱戦であれば、つまらなく命を落とすこともあるだろうと、彼女は今この時まで逃げ続けた。そして排斥思想の魔法少女が優勢になり始めてからは闇討ちをし、数を減らしつつ最後の一人になるこの時を待っていたのだ。しかし、その相手に勝てない。そんな事態は想定していなかった。作戦を練る必要があると逃げの一手を打ったのだ。

近距離での収束魔力砲、自爆覚悟の攻撃。この攻撃への対処は体系化された魔法少女のドクトリンでは引くのが最善とされる。下手に触ると爆発して共倒れだ。それを励起状態で待機させながら、空へ飛ぼうとするアメリア。しかし――。


ヴァイスは構わずその飛び上がる足を掴み。槍を脇腹に突き刺した。


「ごほっ! あんた馬鹿なの! 私を殺したら爆発して共倒れよ!」


そのアメリアの声は焦りと痛みでひどく濁っていた。

そこには妖艶さと優雅さを失った生きることに必死な少女がいた。


「共倒れでいいのさ。 私は魔法の排斥の為に戦っているんだぞ? その魔法は私の中にもある」


そういって笑みを浮かべるヴァイス。

その笑顔にアメリアは絶句する。魔法排斥を謳い、魔法で戦う矛盾を孕んだ組織がなぜここまで徹底的に戦ってこれたのか、それを理解したのだ。

自分ごと、すべてを消し去る覚悟。狂気じみたその思想を持った者がいた。そういう事だ。何人いたのかはわからない。だが、その破滅願望を持った魔法少女の一人が最後まで残っていたのだ。早めに手を打つべきだった。乱戦の内に潰しておくべきだったのだ。


そんな後悔の中二人は光に包まれる。球状になった魔力の光は既に夕闇になり始めた辺りを昼間の様に照らした。

そして、その光の球体はひび割れるように、砕け始める。そのひびからは光の筋が漏れている。そして、限界を迎えると、倒壊しかけたビル群を巻き込みその球は爆発した。


爆風が収まると、爆発の中心の空間の地面切り取られたように何もなかった。

真空となった空間に、大気が流入し爆発的な風が揺り戻しの様に巻き起こる。

何もないと思われた空間の中空には、アメリアの足を握りしめたままのヴァイスがぼろぼろになりながら浮いていた。

アメリアの姿はどこにもない。どうやら爆発に巻き込まれ消滅したらしい。


はぁはぁと呼吸の荒いヴァイス、アメリアの千切れた足を落とすと一緒にこと切れたように、地面に共に落ちていく。

砂の上に落ちたヴァイスは朦朧とした意識の中、ゆっくりと目を閉じる。


(このまま眠ろう。 もう起きたくない。 こんな事はもう)


ヴァイスは夢を見た。不思議な夢だ。それは助けてと叫ぶ声、そして、目の前に現れる大きな白い門。その門はゆっくりと開いていく。ヴァイスはその門に入るか逡巡する。もう終わるつもりの命だ。誰かを助ける。それが魔法少女の本分、その気持ちが一歩を踏み出させた。


優しい光に包まれる。そして天から声が聞こえた。「恩寵を与えよう。異世界の勇者よ」その声が聞こえた後、力が溢れるのを感じた。


そしてヴァイスが気づくと、目の前には銀の髪を持つ女性がいた。

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