第60話:モデルデビュー?

「春日ー。服買いにいこうぜー」

「は? 服?」


 こいつはまた唐突だな。今日は休みだからのんびりしようと思ってたのに。さすがに今から外に出たくない。


「というかなんで服? もう晴子の服は買っただろうが」

「違う違う。オレのじゃなくて春日の分だよ」

「俺の? なんで今さら」


 自分の分は既に間に合っている。ある程度数もあるから新しく買う必要もない。


「だってよー、春日の服ってちょっとセンスが無いじゃん」


 なに言ってんだこいつは。


「ほっとけよ。つーかセンスなら晴子も一緒だろうが」


 晴子も中身は俺なんだから、センスとかは全く一緒のはずだ。


「いやそうでもないぞ? 他人から見ると意外と違った感じになるもんだぜ」

「そうなのか……?」

「自分では気付かないこともあるって事だよ」


 う~ん? よく分からん……


「だからよー、せっかくだし新しい服買いに行こうよー」

「でもな~……外は寒いし、部屋の中でぬくぬくと過ごしたほうが――」

「今日は休みなんだからゆっくり探せるだろ。いいから早く行こうぜ」

「ちょ……ひ、引っ張るなって!」


 本当に強引なやつだ。

 その後もしつこく催促され、結局外出することになった。




 家を出てから数十分後、俺たちは近くの大型デパートまでやってきた。どうやらここで服を探すらしい。

 建物の中に入り歩いていると、晴子が突然店を方向を見ながら立ち止まった。


「どうした? いきなり止まったりして」

「なぁ春日。あの店に寄って行かないか?」


 晴子が指差したのはメガネ屋だった。


「メガネ? なんでまた?」

「だって最近は視力が落ちてることに悩んでたじゃん」

「あーたしかに……」


 徐々に視力が落ち始めたんだよな。今はまだなんとかなるけど、将来はメガネに頼る日が来るかもしれない。


「だからさ、どんなメガネにするか選んでみようぜ」

「今はまだ大丈夫だってば。そこまで悪くなってないし」

「いつかは必要になるだろ? なら今からでも遅くないじゃん」

「そりゃそうだけど……」

「んじゃ決まり。中に入ってみようぜ」


 晴子に引っ張られ、メガネ屋へと入った。

 店内には様々なメガネが展示されていて、かなり種類がある。数が多すぎて1つ1つ見ていくには時間が掛かりそうだ。

 一角のコーナーまで移動し、晴子はその中からサンプル品を手にとって俺に渡してきた。


「これなんてどうよ?」

「へぇ。なかなか軽いな」

「特殊なプラスチックで出来ていて、形状記憶タイプらしいぞ」

「ふ~ん」


 とりあえずメガネをかけてみることに。


「どうだ?」

「うん。悪くないと思う。でもちょっと地味かな……」

「色が悪いんじゃないか」


 今かけてるメガネはフレームが黒一色で単調な感じだ。


「それなら……こっちのはどうだ?」

「……っておい。なんじゃそりゃ。いくらなんでもピンクは無いだろ……」

「だ、駄目か……?」

「せめてこっちの青色だろうが」


 俺は青色が好きなので、買うとしたら青に近い色にするつもりだ。


「つーかピンクはダサいだろう。芸人じゃないんだから……」

「で、でも……オレはピンクのほうが好きだし……」

「はぁ?」


 おかしいな。てっきり晴子も俺と同じで青色が好きだと思ったんだけどな。


「というかなんでピンクなんだよ。青では駄目なのか?」

「だ、だってぇ……ピンクのほうが可愛いし……」


 どうしたんだよこいつは。好みは俺と一緒のはずだろうが。どういう心境の変化だ……?


「つーかメガネはもういいよ。さっさと服買って帰ろうぜ」

「そ、そうだな」


 メガネ屋を後にして服屋に入ったが品揃えがイマイチだったらしく、結局デパートを出て別の店を探すことになった。


「せっかくここまで来たのにまた店探すのかよ……」

「いーじゃんかよ。どうせ暇なんだろ?」

「この寒い中で歩き回りたくねーよ……」

「文句が多いぞ。いいから早く行こうぜ」

「はいはい」


 気が進まないなぁ。早く帰ってコタツの中で暖まりたい……

 ため息をつきながら歩くスピードを速めようとした時だった。後ろから男の声が聞こえてきたのだ。


「ちょっとそこの君。いいかな?」

「はい?」


 後ろに振り向くと、帽子を被ったおっさんがこっちを見ていた。俺たちが足と止めると、そのおっさんも近くまで寄ってきた。


「何か用ですか?」

「ああいや、用があるのはそっちじゃないんだ。彼女さんのほうだよ」


 そういって晴子の方に振り向いた。どうやら晴子に声をかけたつもりらしい。


「えっと……オレに何か……?」

「……うん、いいね。やはり僕のイメージ通りだ」

「はい?」


 何なんだこのおっさんは。いきなり変なこと言い出すし、怪しいな……


「よし決めた! 君、モデルをやってみないか?」

「モ、モデル!? 突然何を――」

「僕はスカウトをやっててね。ちょうど君みたいな子を探していたんだよ」


 なるほど。このおっさんはスカウトマンだったのか。それで晴子を見かけてスカウトしにきたってわけか。


「君なら絶対人気が出ると思うよ! 僕が保障する! だからモデルをやってみないか!?」

「え、えっと……」

「大丈夫! サポートはしっかりするから初めてでも平気さ!」


 晴子がモデルねぇ……

 人気が出るのは間違いないだろう。なんせ晴子はかなりの美人だしな。アイドルとしてもやっていけそうなぐらい見た目はいいし、きっとモデルでも食っていけそうだ。


「どうだい? 特に難しいことは無いし、費用も全部僕らが負担するからさ。だからやってみないかい?」

「オ、オレは……そのぅ……」

「時間も取らせないからさ。小遣い稼ぎだと思えばいい仕事になるんじゃないかな?」

「春日は……どう思う?」


 こっちを向いた晴子は不安そうな表情をしていた。


「んーと、もしかしてそっちは彼氏さんかな? 不安だったら一緒に付いてきても構わないよ」

「か、春日ぁ……」


 まさかこんな展開になるとは思わなかったな。

 晴子がモデルになれば絶対人気が出るだろうし、その後もモデル依頼が舞い込んでくるだろう。間違いなくおいしい話なはずだ。運が良ければアイドルにもなれるかもしれない。

 しかしなぁ……


 …………


 こればかりは本人の問題だけど……

 俺は――


「やめといたほうがいいんじゃないか?」

「……へ?」

「下手に人気が出れば変な奴に絡まれるかもしれないんだぞ。そうなったら面倒だろうが」

「…………」


 アイドルがファンに刺さる――なんて事件もあったぐらいだしな。そこまでいかなくてもストーカーされたり、嫌がらせのように粘着してくる事例もあるらしいからな。


「だ、大丈夫だよ。僕の事務所は警備も万全だし、何かあったらすぐ対応するさ!」

「…………」

「ま、どうするかは晴子が決めればいいさ」


 もし晴子がモデルをやりたいと言うのなら止めはしないつもりだ。モデルになるチャンスでもあるし、本人の意思を尊重したいからな。


「だから心配は要らないよ! きっと君ならすぐに人気が――」

「いえ……せっかくですけど、オレはモデルにはなりません」


 晴子はさっきと違い、スッキリしたような顔になっている。


「ど、どうしても駄目かい?」

「はい。もう決めましたから」

「そっかぁ……残念だ……」


 がっくりと肩を落とすおっさん。

 ちょっと可哀相になってきた。


「……でも仕方ないか! こんな日もあるさ!」


 復活はえーなおい。


「もし気が変わったらすぐに連絡してくれると嬉しいな! 君なら絶対大物になれると思うからさ!」


 そういって名刺を差し出し、晴子が受け取った。


「んじゃ僕はここで! 話を聞いてくれてありがとね!」


 おっさんは元気よく去って行った。

 晴子が持っている名刺を覗いてみると、見覚えがある会社名が載っていた。たしか広告とかで見た記憶がある。どうやら意外としっかりした事務所みたいだ。

 あれ? もしかしてもったいないことした……?


「あーその、もし晴子がモデルやりたいというなら応援するぞ? 今からでもさっきのおっさんを追いかければ――」

「いや、いいんだ。オレはモデルになんてやらないよ」


 すると晴子は持っていた名刺をビリビリと破り始めた。


「お、おい……いいのか? せっかくのチャンスなんだぞ?」

「ああ。もう決めたんだ。オレはこのままで居たいからな」


 迷いが吹っ切れた感じだな。何があったんだ?


「それにさ、さっき止めてくれたのはオレのことを思ってくれたからなんだろ?」

「あ、いや……あれはなんというか……」

「別に有名になりたいわけでもないしな。というか今はそんなことしてる場合じゃないだろ」

「それはどういう――」


 晴子は笑顔になったと思ったら、突然腕に抱きついてきた。


「お、おい……」

「へへっ、早く服選びに行こうぜ」

「だ、だからっていちいち抱きつくなよ。歩き難いだろうが」

「春日が寒い寒い言うからだろ。ならオレがこうして暖めてやるよ」

「いやだから……」

「よーし、んじゃ駅前まで行ってみようぜ」


 ほんとこいつはマイペースだな……

 まぁいいか。やけに機嫌がいいし、付き合ってやろう。

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