第59話:お姫様抱っこ

 ある日の事。部屋で鞄の中を漁り、昨日学校から持ってきたある物を取り出した。


「晴子ー。これやってみないか?」

「ん? なんだそれ」


 俺の手にはゲームソフトを持っている。持ってきた物とはこれのことだ。


「千葉から借りたんだよ。けっこう面白いらしいぜ」

「あーそれか。たしか評判もよくて売上げも上位をキープしてるやつだろ」

「え? そうなの?」

「うん。実はオレも気になってたんだよな。安くなったら中古で買おうと思ってたんだけど、まさか借りてくるとは思わなかったよ」

「ふーん」


 このソフトは借りる予定は無かったんだけど、千葉がやたら自信満々に勧めてきたからつい借りちゃったんだよな。

 しかしそこまで人気のあるソフトだとは思わなかった。道理で千葉が勧めてくるはずだ。


「さっそくプレイしてみようぜ」

「でもそれって一人用だろ? どっちが操作するんだ?」

「ああ、そっか。んじゃ先に俺が操作するよ」

「おっけー」


 というわけで、キリのいいところまで進んだら交代するという方法でプレイすることになった。

 操作してない時は隣で待つことになったけど、見てるだけでもなかなか面白いゲームだったので退屈はしなかった。


 プレイすること数時間。ここまでは順調に進めていたけれど、途中で行き詰ってしまった。


「う~ん。ここはどうやって進むんだ?」

「……あの壁が怪しいと思うけどな」

「なるほど、あれか。高い位置に目印みたいのが付いてるしな」


 操作してその場所まで行こうとするが――


「あ、あれ? あそこまでどうやっていくんだ?」

「壁に小さなデッパリがあるだろ。そこから蔦って移動するんだよ」

「で、でも……そこにすら行けないぞ……」

「あーもう下手糞! 貸せ! オレがやってやる!」


 コントローラーを強引に奪われ、そのまま晴子が操作し始めた。そして主人公を巧みに動かし、見事に目的の位置に辿り着く。


「おー、やるじゃん」

「ったく、これくらい簡単だろう」


 ゲームの腕前は俺より晴子のが上手くなってる気がする。

 前までは全く同じ実力だったのに……なんか悔しい……


「どうした? オレのこと睨んだりして」

「な、なんでもない……」

「ほら、先に行けるようになったぞ。もうこのままオレが進めるけど別にいいよな?」

「あ、ああ……」


 その後は晴子も手助けもあり、順調に攻略していった。


 次々とクリアし、いよいよラスボスまで到着。

 そして――


「おっしゃあ! ラスボス撃破したぜ!」

「意外とあっさり倒せたな」

「まぁ裏ボスとかあるらしいし、そっちのが強いんじゃないか」

「なるほど」


 エンディングムービーが流れ始め、俺も晴子も画面を眺めている。


「つーかけっこう楽しめたな」

「さすが人気になるだけはあるよな」


 このゲームは魔王に捕らわれたヒロインを救うという、王道ファンタジーなストーリーだ。内容も思いのほか面白く、見ているだけでも楽しめた。人気作になるのも納得の出来だ。


 ムービーを眺めていたら、主人公がヒロインを抱きかかえるシーンが出てきた。あれは『お姫様だっこ』というやつだな。


「いいなぁ……」


 隣から羨ましそうな声が聞こえた。

 確かにああいうのは一度やってみたくはある。ヒロインをピンチから救って結ばれるというのは良いものだ。男なら誰もが夢見たはずだろう。


 エンディングも終わり、画面にはスタッフロールが流れ始めた。


「さーてクリアした事だし、今日はこれくらいにしとくか」

「…………」

「まだまだやり込み要素はあるみたいだけど、そういうのはゆっくり進めていけばいいよな。晴子はどうするよ?」

「…………」

「おーい? 聞いてるか?」


 どうしたんだこいつ。さっきからボーっと画面を眺めていて一言も喋らないし。

 画面にはスタッフロールが流れているだけなんだけどな。そんなの見てても面白くないだろうに。


「おい晴子。どうしたんだよ。返事ぐらいしろよ」

「…………ん? ああ、なんだって?」

「だからさ、クリア後のやり込みはどうするかって聞いてるんだよ。晴子1人で進めるのか?」

「…………それでいいよ」


 なんだよ、投げやりな返事しやがって。らしくない。

 あ、もしかして眠いのか?

 ……ありえる。何時間もぶっ通しでプレイしてたからな。さすがに疲れたんだろう。


 しょうがない。コーヒーでも持ってきてやろう。

 そう思い、立ち上がった時だった。


「なぁ。春日」

「どうした?」

「その、なんというか……さっきのやつさ……」

「うん?」

「春日に……やってほしいというかさ……」


 よく分からん。ハッキリしないなぁ。

 なぜかモジモジしながら言いずらそうにしてるし。何がしたいんだこいつは。


「さっきのやつって何だよ。ハッキリ言えよ」

「エンディングで主人公がやってたやつだよ。アレを実際にやってみたくないか?」

「……もしかしてヒロインを抱き上げたシーンのことか?」

「そうそれ。春日もああいうのやってみたいと思ったことあるだろ? だ、だからオレで試してみないか?」


 おいおいマジかよ。実際にお姫様抱っこをやれってことかよ。いくらなんでも唐突すぎる。

 というかさっき羨ましそうに呟いてたのは、する側じゃなくてされる側のことだったのかよ。


「冗談はよせよ。たしかに思ったことはあるけど実際にやるにはキツいって。あれってそれなり力がいるんだろ? いくらなんでも今の俺には無理だよ」

「だ、駄目か?」

「いやだから――」

「頼むよ……」


 ぐっ……そんな懇願するような目で見つめてくるなよ……

 というか持ち上げる側なら兎も角、される側になりたいってのが理解できん。どういうつもりだ?

 お姫様抱っこなんてやったこともないし、鍛えてない俺には出来るかどうかも分からないってのは晴子だってよく知ってる事だろうに。


 俺の気持ちも知ってか知らずにか、晴子はジーっと見つめてくる。


 そんな期待した表情でこっちを見るなよ……


 …………


 ああもう!


「わ、分かった分かった。やってやるよ」

「!! ほ、本当か!?」

「ただし、1回だけだからな」

「う、うん! 充分だよ!」


 ったく、嬉しそうにしやがって。そんなに体験してみたかったのかよ。


 晴子はすぐに立ち上がり、ベッドの上まで移動してから仰向けで横になった。


「こ、これでいいか?」

「ああ。といってもやったことないからな。いきなり落としても文句言うなよ?」

「だ、大丈夫だって。春日なら出来るって」


 本当に大丈夫なんだろうか。まぁいい。さっさと終わらせてしまおう。

 体と太ももの下にそれぞれ手を差し込み、足腰に力を入れて持ち上げた。

 すると――


「よっと……」

「ひゃんっ!」


 ぐっ……お、重い! 予想より重くてキツいぞこれ! こんなこと言うとまた殴られそうだから言わないけど。

 やっぱりというか、腕の力だけで人を持ち上げるのは無理がある。とてもじゃないけど今の俺には無理だこれ。

 ゲームだと軽々と持ち上げてたけど、現実は上手くいかないもんだ。


 だ、駄目だ……

 持ち上げたばかりだけど……長くは持たない……!


「は、晴子……! もう降ろすぞ! いいな!?」

「…………」

「お、おい! 晴子! 聞いてるのか!?」


 おいおい。またボーっとしてやがるよこいつ。

 こっちを見つめたままぼんやりしてるし……

 まさか無視してるわけじゃないだろうな……?


 ってそんなこといってる場合じゃない!

 腕が痺れてきてもう限界だ……!


「もう降ろすからな! いいな!?」

「………………え?」

「『え?』じゃねーよ!? 人の話聞けよ! お前がやれって言ったんだろうが!」

「わ、悪い……」

「つーか降ろすぞ!」

「あ、ああ……」


 さすがに限界だったので、落とすかのように少し乱暴に降ろすことになった。ベッド上でやって正解だったな。


「ああくそっ……まだ腕が痺れてやがる……」

「…………」

「筋肉痛にならなきゃいいけどな……やっぱ俺には無理だよ。とりあえずこれで満足したか?」

「…………」

「晴子ー?」


 まーたボーっとしてやがるよ。一体何なんだ。

 ベッドの上で女の子座りをしたまま壁を見つめている晴子。顔も少し赤くなってる気がするし、さっきから様子がおかしいぞこいつ。


 腕を休めてしばらく座っていると、いきなり晴子が顔を覗かせてきた。


「どうした? 何か用か? まさかもう一回やれって言うんじゃないだろうな?」

「……前から思ってたけど、春日は力が無さ過ぎるよ」

「ほっとけよ。鍛えてないんだから当然だろ」

「男なんだからもう少し力付けろよ」

「別にいいだろ。特に困ってるわけじゃないしな」

「いーや、鍛えるべきだ。今からでも遅くない。もっと筋肉つけようぜ」

「はぁ?」


 何なんだこいつは。次から次へと変な指図しやがって。

 まさかとは思うけど、男だった頃の願望を俺に押し付けてないか?


「ほら、早くトレーニング始めろよ」

「やらないっての。つーかクソ重たい物を持ったばかりで腕が――」


 言い終わる前に殴られた。

 やっぱりこうなった。


「いてぇな! 何するんだ!?」

「春日が重いとか言うからだろ! ほんっとデリカシーの無いやつだな」

「仕方ねーだろ。こっちは人ひとりを腕だけで持ち上げてたんだぞ!」

「だったらもっと力付けろ! そうだなぁ……まずは腕立て伏せ50回からだな。ほら早く!」

「やらねーっつってんだろ!!」


 その後も言い争いで腕立て伏せは回避することはできたが、やたらご機嫌な晴子だった。

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