第14話:デートの予行練習
ある日の休日。俺と晴子は部屋でのんびりしていた。
まだ昼前でどこかに出掛けようと思ったが特に思いつかず、椅子に座って漫画を読んでいる。晴子はベッドの上で静かにスマホを弄っているようだ。
少し経ってから晴子が話しかけてきた。
「なぁ。ちょっといいか?」
「ん?」
「春日はさ……美雪が好きなんだろ?」
「ぶはっ!? と、突然なに言い出すんだよ!」
「どうなんだよ」
「い、いや……美雪のことなんて――ああ、そういやお前は全て知ってるんだったな……」
こいつは俺の記憶も全て持っている状態だ。そうなると当然、俺の美雪に対する想いも知っているということになる。
こういう感情も全て知られてしまうのは辛いな……
「ま、まあ確かに……美雪のことは嫌いじゃねーよ……」
幼馴染である美雪は小学校からの長い付き合いだ。不思議とクラスも一緒だったので気にかけることが多くなっていた。
母さんが死んだときも慰めてくれたし、今でもおかずを持ってきてくれている。それ以外にも色々と世話になっているし、美雪には本当に感謝している。
そんな美雪に対し、いつしか恋心を抱くようになっていった。
「だったらさっさと告っちゃえよ」
「気軽に言うなよ……人事だと思いやがって」
「ならオレが告ってもいいのか?」
「――え? 晴子が? 美雪に?」
「うん」
なに言ってるんだこいつは。晴子が告白……?
精神的には男だから問題ないと思うが、肉体的には100%女なのだ。美雪も女だし、そんな二人が付き合ったら非常に
「…………マジで?」
「冗談だよ。安心しろ。オレは告ったりしないって」
「お前が言うとシャレにならんから止めてくれ……」
「だったら美雪とデートでもしてきたらどうだ?」
「なんでデート?」
「ああ、そっか。お前デートした経験なかったな」
「う、うっせーよ!」
ちくしょう。こういう情報も知られてしまうのも腹立たしい。
デートか……。たしかに美雪とはデートらしいデートはした覚えは無い。しかし今更誘うのもなんか気恥ずかしいし、どうしたもんか。
「だったらさ、オレで練習してみないか?」
「練習?」
「デートの練習だよ。いざ美雪とデートしても慣れてないと楽しめないと思うぜ? どうせテンパるだろうし」
うっ……。確かにこいつの意見にも一理ある。
デートなんざした事がないし、実際にやったら美雪の前で慌てる様子が目に浮かぶ。
「それに可愛い女の子とデートできるんだ。お前も嬉しいだろ?」
「自分で可愛いとか言うな」
「だからさやってみようぜ?」
う~む……晴子とデートか……
すごい変な言い方だけど……この場は自分とデートすることになるのか? それって練習になるのか?
まぁでもどうせ暇だし、付き合ってやるか。
「デートといっても何処へ行くんだ? 前みたいにゲーセンでも行くのか?」
「ゲーセンでも悪くないけど……。どうせなら水族館に行ってみようぜ。デートの定番だしな。ガキの頃行ったことあるだろ?」
「水族館かぁ……。確かに小学生のときに一回行った記憶があるな。悪くないかもしれん」
「よし決まり! んじゃ行こうぜ」
「えっ。今から行くのか?」
「当然だろ。早く支度しろよ」
晴子に急かされ準備した後、家を出た。
そこから電車で30分ほど揺られ、少し歩き、目的の水族館へと到着した。
「おー懐かしいなここ」
「結構大きいな」
「つーか人多いな。さすが休日」
「ま、そこはしゃーない。とりあえず入ろうぜ」
「おう」
さっそく入場料を払い、中へと入り通路を進む。
水族館の中は、照明が美しく幻想的な空間になっていた。人が少なければもっと雰囲気が出ていたと思う。デートスポットとしてはなかなかいいチョイスだ。
通路をそのまま進むと、大水槽エリアに遭遇した。天井まで5~6メートルはありそうな程大きく、その迫力につい童心に返って見入ってしまいそうだ。水族館に来たのは正解だったかもしれない。デートとか関係なく楽しめそうだからだ。
大水槽の中には様々な魚達が泳いでいて、見ているだけで癒される感じがする。
「おい、サメいるぞ」
「マジだ。一緒に入れて大丈夫なのかよ」
水槽の底には小型のサメがゆっくりと泳いでいた。水槽内には丸呑みできそうなくらい小さな魚も居るのに、サメと一緒に入れて平気なんだろうか。
その後もしばらく魚達を観察し、見入っていた。
ふと隣を見る。そこには水槽内を見つめている晴子が居た。俺の服装を着ていて、ポニーテールにしている。最近はポニテでいることが多い。
もし……俺がデートするとしたらこんな感じなんだろうか。相手が誰であれ、こんなふうに楽しめるものなんだろうか。あいつなら――美雪なら喜んでくれるのかな。
そんな思いをめぐらせてるとき、晴子が水槽を指差し始めた。
「なぁ。あの魚、美味しそうじゃね?」
………………
「あのな……水族館に来てその感想はねーだろ……」
「いやだってさ……アレ美味そうじゃんか」
「……まぁ確かに。美味しそうではあるな」
指差しした先には、サンマなような魚が優雅に泳いでいた。
「だろ? やっぱサンマといえばシンプルに塩焼きだよな」
「そうだな。炊きたてのご飯と一緒に食べるのが最高なんだよな」
「だよなー。久々に食いたくなってきた」
「俺もだ」
「今日の晩飯は決まったな」
「だな」
「…………」
「…………」
「……次いくか」
「……そうだな」
ここに居ても腹が減るだけなので次のコーナーへと進むことにした。
通路歩いて行くと、円柱の水槽に遭遇した。中にはクラゲが2匹ゆらゆらと漂っている。
ふむ。クラゲと言えば――
「そういや昔食ったクラゲは美味しかったな」
「……おい春日。お前さっきオレに何て言ったか覚えてるか?」
「い、いや……しょうがないじゃん。つい思い出したんだから……」
「まーあのとき食ったクラゲは意外と美味かったよな」
「あの妙なコリコリとした食感がなんともいえない不思議な食べ応えだったんだよな」
「…………」
「…………」
そして次のコーナーへ移動することにした。
次の水槽には蟹が入っていたが、結果が見えていたので無視して先に進んだ。
その後も次々と見て回り、存分に堪能することができた。一通り見終わったので、水族館を出て食事をとることにした。
そしてお洒落な喫茶店へと入った。これは晴子の提案だ。デートということなので定食屋ではなく、喫茶店のほうがいいと言い出したのだ。
食事を軽く済ませた後、晴子はデザートが食いたいと言い出し、パフェを注文した。しばらくしてから晴子の元にパフェがやってきた。現物を見るとなかなか美味しそうである。俺も注文すりゃよかったかな?
パフェを見つめていると晴子が話しかけてきた。
「ん? もしかして食べたいのか?」
「食いたいけど……そこまで多く要らないって気分なんだよな」
「なら一口やるよ」
「おっ、マジで?」
晴子は持っているスプーンで一口サイズをすくって――
「ほらよ」
俺の口元にスプーンが差し出される。
も、もしやこれって……噂に聞く「あーん」というやつではないだろうか!?
ドキドキしながら口を開けて待機するが……………………スプーンは動かず、一向に口の中へと入らなかった。
「…………???」
「ぷっ…………あっはっはっはっは!」
「なぜ笑う……」
「だ、だってよー……すっげぇマヌケ面なんだもん!」
「殴っていいか?」
「おやおや~? もしかして女の子に手をあげるつもりか~?」
「そのムカつく笑顔をやめろ!!」
こいつは相変わらず柄が悪いな……
ちょっとしたイザコザがあったが、無事に一口食べることができた。
「うん。なかなかいけるなこれ」
「まじか。んじゃオレも頂くか」
結局、俺が食べれたのは最初の一口だけで、残りは全て晴子の胃に納まってしまった。
食事を済ませた後、テキトーにブラついてから電車に乗った。
電車内で椅子に座り、本日の出来事を思い出す。
今日はなかなか楽しめた。水族館というのも悪くない。テレビで見るより迫力があり、実際に行った価値はあった。偶にはこういうのもいいかもな。
そんなことを考えていると、左肩が少し重くなるのを感じた。左を見ると、晴子が寄りかかっていたのだ。よく見るとスヤスヤと寝ている。今日ははしゃいでいたし、疲れが出たのかもしれない。
こうして見ると、もう一人の自分だとは思えないくらい美人だ。
もしかしたら……デートの練習というのはただの口実で、単に俺と水族館に行きたかっただけなのか……?
いや……まさかな……
起こすのも悪いので、下車駅に到着するまで寝かせることにした。
電車から降りた後はいつも通り買物を済ませて帰宅した。
結論。自分とのデートは参考にならない。
何故ならどこへ行っても出てくる感想が同じなのである。しかも花より団子派なので雰囲気も何もあったもんじゃない。これでは練習にならない。ま、今日は楽しかったけどね。
晩飯であるサンマの塩焼きを食べならそんなことを考えていた。とりあえず美味しかったし、よしとしよう。
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