第8話:晴子の悩み
ゲーセンから帰ってきた日の夜の出来事だった。
晴子は今、部屋で髪をドライヤーで乾かしている。
そしてベッドの上で髪を弄りながら何か考えている様だった。
「んー……」
「どしたん?」
「いやなー。髪切ろうかと思うんだよ」
なん……だと。髪を切るだと……!?
それを切るとはとんでもない!
「そんな顔するなよ……。気持ちは分かるけどさ」
「だったら――」
「でもよー、結構邪魔なんだよこれ。洗うのに手間かかるし、乾かすのも時間かかるし……」
な、なるほど。確かにあの長い髪を手入れするのは面倒だろう。
しかし……しかしだ。こいつの、艶があり黒くて綺麗な長髪はめっちゃストライクゾーンなのだ。
もはや晴子のアイデンティティと言っていい。それを切るなんて……
「た、頼む! それだけは切らないでくれ!」
「んー……」
「な? お前も俺ならこの気持ちが分かるだろ!?」
「そうだけどさー……」
「頼む!!」
「……オレが土下座するとそんな感じなんだな」
渾身の土下座である。人生この先これ以上美しく、魂が篭った土下座はする事は無いだろう。それだけの覚悟を込めた土下座であった。晴子にもこの想いは伝わっているはず!
そしてしばらく沈黙が続き――
「はぁ……分かったよ。切らないで置くよ」
「ありがとう!!」
「はぁぁぁ………………………………………………………………………………………これはこれで面白そうだしな」
……なんかボソッっと不吉な事を言われた気がする。
それはさておき、無事晴子の髪は守られたのだ。よかったよかった。
「まー他にも悩みの種はあるんだけどな」
「へ?」
「これだよ――」
近くにあった袋の中に手を入れ、取り出したのは――パンツだった。だがそのパンツはどう見ても女性用である。
「それってまさか――」
「昨日買ったやつだよ」
「やっぱり。やたら高いやつだよな」
「……悪かったってば」
「いやそれはもういいんだ。だけど何でパンツ?」
今の晴子は、俺のトランクスをはいているはずだ。
「今はいてるトランクスだとな……なんというか少し緩いんだよ」
そういや全体的に体が縮んだとか言ってたな。
「なら、もう少し小さいサイズを買うか?」
「それも考えた。けどな……やっぱこれからはこっちはこうと思うんだよ」
「む、無理しなくてもいいんだぞ」
「……昨日さ、サイズ測る時にさ、オレのはいてるトランクス見て店員さんがビックリしてたんだよ」
どこまで脱いだんだ……
「その時に色々あったんだよ。そしたらさ、ならついでに下着もどうですか? って言われたんだよ」
なるほどな。パンツまで一緒に買ったのはそういう経緯があったわけか。
「んーむ……」
ベッドの上で、座りながら両手でパンツを持って睨めっこしている。
「……これをはいたら元に戻れなくなりそうな気がする」
「つーか元に戻れんの?」
「分かんね」
そのまま数分が過ぎ、重い口を開いた。
「……やっぱはくしかないよなぁ」
「お、俺は部屋の外に居るから。はき終わったら呼んでくれよ」
「…………」
ドアを開け、部屋の外に出てから閉めた。
部屋の中から声が聞こえたのは5分経ってからだった。
中に入ると、そこにはベッドの上で背を向け、横たわっている姿があった。
「……それ洗濯機に入れといて」
落ちてるトランクスの事だろう。それを拾い、部屋を出た。
まだ体温が残っており、微かに手に生暖かい感触が伝わってくる。
ついさっきまで晴子がはいていたやつか……
…………
…………
…………
いやいやいやいや! 何考えてるんだ! アホか俺は! いくら女とはいえ相手はあの晴子だぞ!?
……なんでこんな変な気分になるんだよ! さっさと持っていこう。
ダッシュで移動し、持っていたそれを洗濯機に勢いよくダンクした。
部屋に戻ると、既にベッドの上で布団を被っていた。明日は学校だし、今日はもう寝るか。
ちなみに、寝る場所については決めてある。
晴子も他の部屋で寝るのは避けたいとのことだった。なので慣れている自分の部屋で寝ることになった。
さすがにベッドで二人一緒に寝る訳にもいかず、床に予備の布団を敷いてある。最初は晴子が「オレは床でいい」と言い出したのだが、いくらなんでも……と思い、話し合った結果、ベッドと床を交代で寝ることにしたのだ。今日は俺が床に敷いた布団で寝る番だ。
時計のアラームをセットし、電気を消し、布団を被り、目を閉じた。
おやすみ。
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