第56話 Splash!!
遠くで祭囃子が聞こえてきた。この浜はそれとは無関係にいつもと変わりなく波が打ち返し続ける。
「祭りだっけ。すっかり忘れるくらいのこと連続だったな」
「あのさ、謙吾くん」
どことなく言い出しにくそうな雪花。
「実は今日私の誕生日なんですよ」
早朝に玄関に伏していたイルカ、プールの水人間、巨大コブダイ、そして気体生命体の話しに、それなりに対応していた青年が、
「……え?」
それしか言えなかった。雪花も言ったは良いが、それから何を言えばいいのか、思案している様子。
「じゃあ、今日のそのネックレスとか服ってのは……」
「服はこないだオープンキャンパスに行った時に空き時間に買った新品なんです。勝負というか、なんというか……はい。以上です」
謙吾に思いのたけをかました勢いはすっかりインターバル休憩中である。
「じゃあ、これから祭り行くか?」
「勉強は……? 今日してないだろうし」
相変わらず不測の事態に真っ正直に答えてしまう雪花。謙吾も誘う文句を羅列できるほど器用ではない。
「あの、いいですか?」
じれったい二人に
「今しがた福浦さんからメールが来まして、『祭りに来い』とのことです」
沖水がスマホの画面を二人に見せた。洋介が沖水にメールをするくらいなら、謙吾にも来るはずだが、謙吾のスマホは自宅に置きっぱなし。真澄が雪花に送信しているだろうが、雪花のスマホが鳴った形跡がない。
「らしいが、洋介が言い出したことだし、行かないか?」
不器用この上ない慎重さに、真澄がいたらどんな辛口評価が下ることやら。
「行きましょうか。その……沖水さんも」
真澄の毒舌は雪花にも投げられるだろう。
「そうですね。お言葉に甘えまして。すぐお暇するとは思いますが」
謙吾はこの海岸から賑わいへ繰り出す。そこには洋介や真澄がいて、たらふく焼きそばやたこ焼きやわたあめやリンゴ飴やらをほおばっているだろう。二人ともまさか謙吾と雪花の関係が進展しているとは思っていないだろうが。
「沖水、サワと連絡するってこと……」
何とはなしに訊いた。
「あると思います?」
「ねえか」
「ええ。それに今回の処置は特例でしょうし、いわば学生の身分ですから。それに私はあいつの連絡先なんて知りませんし、知りたくもありませんし」
「いい感じでは終わらないんだね」
雪花がひきつったように笑んでいる。
「やっぱり吉兆だったのかな?」
謙吾は再び海に顔を向けた。それにつられて雪花も視線を送る。
「どうしたの?」
「じいちゃんが言ってたんだ。イルカが浜に打ちあがるのは吉兆だって」
憑きものが晴れたようにみずみずしい顔つきと声色になった謙吾。
「イルカ以上の正体だったけどね」
「確かに」
「きっと大吉なんだよ。でしょ、沖水さん」
「私には大凶でした」
そう言うものの、どことなくその表情はクラスで一人だった沖水滴より柔和であった。
謙吾と雪花は顔を見合わせてから叫んだ。
「サワ!」
「サワさん!」
海面が一度splashすると、波紋は大きく広がった。
Splash!! 金子ふみよ @fmy-knk_03_21
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