第4話 波野雪花

 謙吾がしぶしぶと戻ろうとした時、そこへ、ちょうど自転車が一台停まった。二人に背を向けたまま、いそいそとスタンドを立て、籠から取ったデイバッグを担いだ。

「波野」

 謙吾が来訪客の名を呼ぶ。制服姿の女子は肩を上下にビクつかせ振り向いた。急に呼ばれたので、驚いた様子だ。

 謙吾のクラスメート・波野雪花なみのゆきかは、今まさに謙吾の自宅に入ろうとしている金髪女子に、目を点に変えた。

「龍宮くん、そちらは?」

 固まった姿勢のまま、恐る恐る問う声が急な坂をペダルこぐ。

「ああ、こいつか。こいつは……」

 謙吾は言いをためらう。

 ――正直に話すか? いやいやそんなことを言えるはずはない。冗談かと思われるだろうし、「冗談ではない」とか言って、またしても変身しかねない。事情を説明すれば、波野は他言しないだろうが、こうも変身を度々行われては、いつそれを目撃され、進化態の新種イルカの噂が広がりかねない。そうなれば、それこそ見世物以上の事態になるのは間違いない。大騒ぎは御免だ

 そんな思案の時間はコンマ何秒であったろうが、その時間の長さよりも、

「こいつ……」

 謙吾が呼んだワンフレーズを、雪花はつぶやいて目を虚ろにさせていた。

「こいつ、今度俺の彼女になった奴なんだ。今日から泊まることになって……」

 一言から雪花の脳内スクリーンには、金髪女子の肩に腕を回す謙吾がどこぞのチャラ男姿となってハイビジョンより鮮明に映し出されていた。

肩から地面に重々しくずり落ちるデイバッグ。

「失礼しましたー!」

 雪花ダッシュ。元陸上競技部所属の走り高跳びの選手で、北信越大会の決勝まで勝ち進み、後一歩でインターハイに行けるほどだった実力は伊達ではない。謙吾の家の脇の細い道を抜ければ、すぐに海岸である。人は衝撃を受けると、非論理的な行動をとる。自転車で来た方とはまるで逆の方である。

「おい、待て」

 サワが雪花の後ろ姿を追う。

「ったく、何がどうなって」

 謙吾も走り出すしかなかった。

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