世界を変える運命の四つの恋物語

@2321umoyukaku_2319

第1話

『この恋は世界を変える!?

「わくわく」と「きゅん」を両方味わえるファンタジー!』


<トゥンク>


『例えば、ヒロインがヒーローとともに、世界の命運を握る存在になったら……。

 例えば、密かに思いを寄せていた彼が敵になってしまったら……。

 例えば、突然女王候補の一人に選ばれ、彼とともに女王を目ざすことになったら……。

 例えば、自分の中に眠る能力が開花し、それを求める彼が現れたら……。』


<トゥンク、トゥンク>


『そんな恋とわくわくするファンタジーが同時に味わえる物語』


<トゥンク、トゥンク、トゥンク>


『あなたの中に宿る物語の種をぜひ咲かせてみませんか』


<トゥンク、トゥンク、トゥンク、トゥンク!>


『ヒロインとヒーローの【恋愛は必須です】』


<トゥンク、トゥンク、トゥンク、トゥンク! ああ、もう寝ていられないッ!>


 ダンジョンの最深部にある大魔王の墳墓から異音が聞こえてきたとき、墓守のムーニームウ・ムッポンズは白黒テレビでメロドラマを視聴中だった。愛し合うヒロインとヒーローの野ラブシーンが、今まさに始まる、そう、おっ始まる直前の異常事態である。まさかの異変に、彼は怯えるやら腹が立つやら自分でも分からない心境に陥った。千々に乱れる心は、まるで恋スリ、じゃなかった、濃い汁、でもない、恋するヒロイン、そう、それである。

 だが、ムーニームウ・ムッポンズはヒロインとは程遠いキャラクターだ。歳はそろそろ七十になるかもしれない。幸いなことに体は丈夫だけれども、それだっていつまで続くか分かったものではない。無理はしたくなかった。できることなら、早く引退したい。しかし、金銭的な事情は彼に悠々自適な老後を許さなかった。そんな状態でも働かねばならないところに、この世の悲惨さがあるわけだが、それはこの際どうでもいい。

 墳墓で何か起きたら問題だ。それを調べるのは墓守の仕事なので、ムーニームウ・ムッポンズは白黒テレビの電源スイッチは入れたまま――かなり古い型式のテレビなので故障しがちであり、画面を一度消してしまうと再び見ようとしてもなかなか見られないという難物だった――懐中電灯を手に宿当直室を出た。地下迷宮の長く曲がりくねった真っ暗な廊下を、懐中電灯の黄色い明かりだけを頼りに歩く。やがて彼は地下迷宮の奥深くにある大魔王タカネサリ・テワトンヌの墓所へ着いた。造られてから長い年月を経た古い墳墓なので、天井や壁の石が落ちたのかと思い、懐中電灯で照らしてみたが、それらしい瓦礫は見当たらない。

「さっきの音は気のせいだったのかな? そうだ、きっとそうに違いないって」

 自分に言い聞かせるように独り言を呟き、墓所を出ようと通路へ向かいかけた彼の視界の端に、蓋が開いた棺桶が見えた。

 普段なら、蓋は閉まっている。それが開いているのである。

 ムーニームウ・ムッポンズは一瞬、立ち止まった。それから何も見なかった振りをして墓所を出ようとした。そのときである。

「おいおい、ちょ、ちょま、ちょ、ちょっと待って、こら、ちょっと待てよ!」

 自分を呼び止める声が聞こえない振りをして廊下へ向かったムーニームウ・ムッポンズだったが、あまりにもしつこく叫ばれたので、諦めて振り返った。

 かつての主人である大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌが、棺桶から上半身を出して墓守ムーニームウ・ムッポンズを睨み付けている。大魔王は不機嫌な口調で言った。

「天下の大魔王様が呼んでいるってのに、無視する奴がいるか」

 ムーニームウ・ムッポンズは悪びれずに言った。

「空耳だと思ったのですよ。何しろ年寄りですから」

 大魔王は暗闇でも目が見えるので、懐中電灯の弱々しい光の背後に立つムーニームウ・ムッポンズの姿形を見て、丸っきり嘘ではないと思った。

「まあいい。お前は誰だ?」

「墓守のムーニームウ・ムッポンズと申します」

 大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは首をひねった。

「はて、墓守のムーニームウ・ムッポンズ……その名前、どこかで聞いたことがある。ああ、思い出した!」

 丸めた拳の小指側で手のひらをポンと叩き、大魔王は言った。

「漫才のじゃない方だったか? それか、三人組のコントグループの存在感が皆無の奴。違うか?」

 特に何の反応も見せずにムーニームウ・ムッポンズが答える。

「大魔王様の宮廷に仕える道化師でございました」

 何か色々と思い出してきたようで、大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは何度も頷いた。

「いた、そういう奴、いた。いつも宮廷の隅で、じっと他人を観察している、暗い奴だった。ぼっちだったな。たまに何か面白いことを言ったような気がするけど、あんまり記憶に残っていない。ピン芸人の大会でベスト十六が最高記録だったんじゃないかなあ。それから舞台やドラマの台本を書いていたんじゃないっけ? 見たことがあるけど、これも面白くなかった」

 ピン芸人だけが出場する芸人コンテストでの最高位がベスト三十二だったことを除けば、後は概ね当たっていた。ムーニームウ・ムッポンズは特に否定せずに言った。

「御用がないようでしたら、失礼いたします」

「ちょ、ちょま、おいおい、ちょっと待てよ。用があるから呼び止めたんだろうが」

 永い眠りから目覚めた大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは、かつては自らの宮廷にいた道化師で今は己の墳墓を見回りする墓守のムーニームウ・ムッポンズに尋ねた。

「昔の家臣どもは、どこへ行ったんだ?」

「皆、ここにはいません。多くは死に絶えました」

「なんと! どういった次第で?」

「大魔王様が冒険者グループの勇者どもに討伐された際、大半は討ち取られました。生き延びた者は、このダンジョンから逃げ去りました。その後のことは分かりませんが、あれから長い歳月が経っておりますので、もう亡くなっているものかと存じ上げます」

 大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは残念そうに言った。

「そうか、そういやそうだったな。そうかそうか……ふむう、どいつもこいつも役立たずの無能で、ろくな思い出がなく、とにかく、いてもいなくても何の関係もないモブキャラみたいな家臣ばかりで、いなくなったら清々すると常々思っていたが、実際にいないとなると自分で雑事をやらなければいけなくなるから、それだけが面倒で嫌だ。しかし墓守のムーニームウ・ムッポンズとやらがいるから、まあだマシというところか」

 自分に期待が寄せられていることに気付き、ムーニームウ・ムッポンズは狼狽した。

「畏れながら申し上げます。私に御用を仰せ付けになるのは、お止め下さいませ」

「んー、どうしてだ? お前は、この大魔王様の家臣の一人だろう?」

 ムーニームウ・ムッポンズは恐縮した。

「実を申しますと、私は今、冒険者ギルドに雇われているのでございます。そうです、大魔王様を倒した勇者どもの所属する殺戮集団です。正義の名の下に殺伐を繰り返す、狂信者どもでございます。正義の側に立てば、何をしても良いと誤解している狂人たちです」

「うむ、まあ、それはどこにでもある話だ。それよりお前の話の続きを早く頼む」

「ああ、これは失礼いたしました。先程の話の続きでございますな。私は冒険者ギルドに墓守として雇われております。大魔王様の墳墓を守る、墓守です。墓守をしないと殺すと脅されたのでございます。私に拒否権はございませんでした。そして私は、ここに暮らす墓守になったのです。仕事は墓掃除だけではございません。墳墓に何か異常を感じたら、冒険者ギルドへ通報せよ……と命じられたのでございます」

 大魔王の目がギラリと輝いた。

「ふうむ、それでは今から、冒険者ギルドへ通報するか?」

 大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌが永遠の眠りに就く墳墓の墓守にして、大魔王の復活を監視する見張りでもあるムーニームウ・ムッポンズは首を横に振った。

「冒険者ギルド本部への直通電話は数十年前から切れており、使い物になりません」

 敵のことながら、大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは呆れた。

「そんなんでいいの?」

「冒険者ギルドも財政面では大変なようで、修理費がないようなのです。それに……実は私には、何十年も前から給与が支払われておりません」

 お前、無給で働いているなんて、何か弱みでも握られているの? と大魔王は興味津々の様子で尋ねた。

「小児性愛者だとバレて脅されているとか、同性愛の嗜好があることの発覚を恐れているとか、そんな感じ? それとも死体を埋めたのが知られたとか?」

 墓から出てきた大魔王は目をキラキラさせて答えを待った。元宮廷道化師で今は墓守の男が答える。

「ここにおりますと、墳墓の魔法のおかげで最低限の文化的生活ができるのでございます。水や食料は、あまり美味しくありませんが魔法の食糧倉庫から無限に出て来ますし、テレビも見れます。白黒ですが」

 お前はそれで幸せなのか、といった表情で大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは尋ねた。

「それで、お前は満足なのか?」

「ええ、不満な点はあります。ですから自力で生活の向上を図っていますよ。魔力の電気を遠くの電魔線から自力でつなげましたので、使えるエネルギーが増えました。今では白黒テレビだけでなく、インターネットも使えるようになりました。真空管のパソコンなので処理能力が低く、テキストしか見られないのが難点ですけど」

 トランジスター・ラジオも自作したらどうか……と大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは思った。だが、それよりも言うべき事柄がある。

「大魔王を裏切った罪は重いぞ、神妙にしろ」

 ムーニームウ・ムッポンズは動揺した。

「そんな、そんな……酷いです! 裏切ったわけではございません。脅されて、無理やり」

「うるさい、絶対に許さん、絶許だ! さあ、覚悟しろ」

 そう言って大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは呪いの呪文を唱えた。

「お前はこれから死ぬまでずっと膝の痛みに苦しむ。立つと痛いし、歩くともっと痛くなる。湿布を張ると少しは良くなるけれど、完治はしない。どうだ、参ったか!」

 しばらく時間が経った。特に何も起こらないので、ムーニームウ・ムッポンズは自分の膝を撫でながら尋ねた。

「これから痛くなるのでしょうか?」

 大魔王は言った。

「分からない。ううむ、どうも久しぶりのせいか、魔法の手ごたえを感じない。どうしたもんかなあ」

 それなら、放置しても構わないだろう。そう判断したムーニームウ・ムッポンズは大魔王に頭を下げた。

「それでは失礼いたします」

「ちょ、ちょま、おい、ちょっと待て」

「なんざんしょ」

「永い眠りから目覚めたのは、ほかでもない。不思議な声で呼びかけられたためだ」

 その声が伝える内容は、こんな感じだったと大魔王は言った。

 ↓

例えば、ヒロインがヒーローとともに、世界の命運を握る存在になったら

例えば、密かに思いを寄せていた彼が敵になってしまったら

例えば、突然女王候補の一人に選ばれ、彼とともに女王を目ざすことになったら

例えば、自分の中に眠る能力が開花し、それを求める彼が現れたら

そんな恋とわくわくするファンタジーが同時に味わえる中編を募集します

あなたの中に宿る物語の種をぜひ咲かせてみませんか

 ↑

「棺桶の中で寝ていたら、こんな声が聞こえてきたんだ。うるさくて寝てられない…

…と最初は思ったさ。しかしそのうち、その話が気になってきたんだ。だって、そうだろう!」


<例えば、ヒロインがヒーローとともに、世界の命運を握る存在になったら>

<例えば、密かに思いを寄せていた彼が敵になってしまったら>

<例えば、突然女王候補の一人に選ばれ、彼とともに女王を目ざすことになったら>

<例えば、自分の中に眠る能力が開花し、それを求める彼が現れたら>

<そんな恋とわくわくするファンタジーが同時に味わえる中編を募集します>

<あなたの中に宿る物語の種をぜひ咲かせてみませんか>


 どんな物語なのか知りたくて、たまらなくなった、と大魔王は言いながら胸を両手で押さえた。

「だんだん胸の動機が激しくなったんだ。それは、こんな感じだった」

 ↓

<トゥンク>

<トゥンク、トゥンク>

<トゥンク、トゥンク、トゥンク>

<トゥンク、トゥンク、トゥンク、トゥンク!>

 ↑

「もう耐えられない! となって目が覚めた。なあおい、ムーニームウ・ムッポンズよ。お前は、この声の正体について、何か知らないか?」

 大魔王に問われたムーニームウ・ムッポンズが答える。

「これは……もしかしますと、とある小説投稿サイトで募集しているコンテストにかかわりがあるかもしれません」

「ふむ、コ・ン・テ・ス・トか……」

「はい」

「どんなものなのだ?」

「『世界を変える運命の恋』中編コンテストというタイトルでした」

 そのとき、大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌの瞳に情熱とロマンの真っ赤な炎が燃え上がった。

「好物よ、それ。そういうの、メッチャ好きやねんワイ! いやん、見たいわあ。そういうのを、メッチャ見てみたいねん! ちょっとちょっと、詳しい説明を見せてえな」

 大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは興奮すると口調が変になることを思い出したムーニームウ・ムッポンズは、ついでに、かつて宮廷で演じられた数々のロマンス劇(大抵は下らない三文芝居)を大魔王が熱狂して見ていた記憶も蘇らせた。

 忘れても問題ない無駄な思い出が脳の一部を占めたことに残念さを感じつつ、ムーニームウ・ムッポンズは言った。

「ここではインターネットがつながりません。私が暮らしている一角にある宿当直室へ行きましょう。そこなら色々な物をお見せできますから」

 元宮廷道化師で現在は墓守の男が使っている宿当直室に入った大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは、その部屋が自分の予想より遥かに大きく立派だったことに憮然とした。自分が狭い棺桶に入っている間、こんな広々としたスペースを自由に使っていたのか! と考えると腹が立つやら泣けてくるやら、もう悔しくてたまらない。

「どうなさいましたか?」

「いや別に」

「それでしたら、そこの空いている椅子にお掛け下さい」

 示された椅子に大魔王は腰を下ろした。元宮廷道化師で現墓守はテーブルの上のデスクトップパソコンを操作した。

「旧式なもので、立ち上げるのに時間が掛かるのですが……あ、出ましたね」

 大魔王は食い入るようにパソコンの画面を見た。デスクトップパソコンの画面には、以下の文章が表示されていた。

 ↓

【今回は「中編」コンテストです】

今回は2万字以上6万字以下の中編を募集いたします。

この限られた文字数の中で、恋愛の初めから終わりまで、主人公の目標の初めから終わりまで、あるいはその両方を描くのは非常に難しいかと思います。

そのため、大きな目標までの過程にある一つのエピソードを中心に描くなど、ぜひ工夫してみてください。

魅力的な中編とともに、長編化したときの広がりやおもしろさが期待できる物語の種を求めているとお考えください。

【舞台はなんでもOK】

「西洋風」「異世界風」「東洋風」「中華風」「和風」などなんでもOKです。

世界観自体が架空であれば、特殊能力などの不思議要素はなくても大丈夫です!

※現代に似た世界観のファンタジー作品ももちろん歓迎します。

ただし、今回は現代舞台かつ不思議要素なしの作品は選考外とさせていただきます。

【恋愛は必須です】

ヒロインとヒーローの恋愛が、作品の根底のテーマの一つになっていることを必須とします。

応募作品の中に恋愛描写がなくても構いませんが、その後の展開で必ず恋愛が期待できるようにしてください。

【こんな作品が読みたいです】

読者に理解しやすく、かつわくわくする作品独自の世界観・設定が提示される。

恋愛とそれ以外のストーリーが必然的に絡み合う展開が用意されている。

属性、性格、境遇など、ヒロインとヒーローのキャラクター設定およびその組み合わせが魅力的である。

 ↑

 大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは目玉をトロンとさせて言った。

「こういうのだよ、こういうのを求めているんだよ、こっちはさ」

 それから元宮廷道化師で現墓守のムーニームウ・ムッポンズに要求した。

「こういう話を見たいんだけど、どうにかならんもんか?」

 旧式パソコンのキーボードをカタカタ叩いてムーニームウ・ムッポンズが言った。

「私もあまり詳しくないのですが、探してみました。こういったもので、いかがでしょう」


 § § § § § § § § § § § § § § § § § § § 


§ 例えば、ヒロインがヒーローとともに、世界の命運を握る存在になったら……。


 美しく飾り付けられたテーブルで食事を終えたプリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダは、給仕の男性アンドロイド(イケメン高身長)が運ぶデザートを待っていた。舌がとろけてしまいそうなパパイアン・ココアのカスタードクリームケーキだと料理長は言っていた。舌がとろけるより脂肪がとろけてしまう方がありがたいけれど、その高カロリーなお菓子を喜んで味わい尽くすつもりの彼女は、舌なめずりをしながら獲物を待ち構えていたが、いつまで経っても来ない。

 なにしていやがんだ、あの愚図で、のろまで、ボケな人間もどきは!

 プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダは給仕の男性アンドロイドを罵った。上記の他にも心の中で罵詈雑言を迸らせていたのだが、放送禁止用語なので書けない。苛立った彼女は卓上の呼び鈴をガランガランと鳴らした。何の反応もない。大声を出して呼ぶ。誰も出てこない。立ち上がって厨房へ向かいたいところだが、立てない。彼女は今、水虫の治療中である。両足をテーブルの下の薬剤入り洗面器に浸しており、なるべくなら動きたくないのだ。

 頑固な水虫に悩んだプリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダは、当代一流の名医に相談し、保険適応のない極めて高価な薬剤による治療を開始した。超大金持ちの彼女ですら驚くような金額の薬が今、足元の洗面器の中に入っている。これで良くなるなら、これですべてのかゆみと永遠に別れられるのなら、どんな苦労も厭わない……と心に決めて一日二十時間以上の薬液治療を継続しているのだ。ちょっとでも薬液から足を出したら治療の効果半減と医者から脅された彼女は、珍しく他人からの指示に対し従順に従って――超大金持ちの一人娘にして巨大企業グループの所有者であり、容姿端麗・知能は優秀・スポーツ万能の人間が、他人に従属的になる必要があろうか――いたのだが、甘いもの好きで短気な性格がここに来て遂に爆発した。

 少しぐらいなら構わないだろう……と思い、洗面器から足を出そうとした、そのときだった。

「動くな」

 突然、室内に全身を黒尽くめの衣服で包んだ覆面の男が現れ、プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダへ黒光りする拳銃の銃口を向けた。

「動くな、動くんじゃないぞ」

 少しでも動けば一発二発体に撃ち込まれそうな雰囲気が濃厚だったので、プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダはテーブルの下に隠した非常用ブザーのボタンを押すべきかどうか、迷った。警備員室に直結している非常用ブザーなので、この室内では鳴らない。この危険人物に気付かれず、警備員たちを呼びよせることができるはずだ。

 やっぱ、押してやる! と決意した時、その黒尽くめの覆面男が言った。

「食卓の下に隠した防犯ブザーなら押しても無駄だ。警備員たちは睡眠ガスでぐっすりお休みだ。厨房の奴らも同じだ。どれだけ大声を出したって、あと数時間は絶対に起きてこない」

 プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダは顔を強張らせた。

「何様か知らないけど、このわたしにピストルを向けるなんて、いい度胸ね。その勇気に免じて、命だけは助けてあげるわ。さっさと出てお行き!」

 黒尽くめの男は、はいそうですか、と言って出て行きはしなかった。

「そうはいかない。こっちはあんたに大切な用がある。あんたが開発中の新型爆弾のことだ」

 なるほど、あれが目当てか……とプリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダは心の中で納得した。彼女が経営する軍事産業の会社は某国と協力して凄まじい破壊力を持つ新型爆弾を開発中だ。この世界を一発で半壊させかねないほど強力なので、戦争では使い道がないとまで言われている兵器だった。使うとすれば、宇宙から地球にやってきて衝突する恐れのある小惑星にぶつけるくらいしかないと考えられている。作っても大赤字は必至と経営理事会では中止案が出たが、企業のトップである彼女が開発計画遂行を押し切った。力は力を欲するのだ。

「あの邪悪な計画は注意してもらいたい。あれは世界の運命を変える。開発プログラムその他の全軍事機密は、あんたの生体認証でしか利用されないと聞いた。あんたが新型爆弾製造の鍵なんだ。さて、ここで提案だ」

 黒尽くめの覆面男は、ゆっくりとした足取りでプリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダに近づいた。彼女の眉間に向けて、拳銃の照準をピタリと合わせる。

「俺は善人だから、無益な殺生は嫌いなんだ。決めてくれ、新型爆弾に関する全部のデータと開発資材を廃棄すると。もう絶対に、世界を破壊するような兵器は開発しないと。その約束をしてくれないなら、悪いが、ここで死んでもらう」

 プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダは黒尽くめの覆面男を睨み付けたまま、答えようとしない。その頑固さに黒尽くめの脅迫者は苛立った。

「どうして武器を捨てようとしない! 人は憎しみ合い、殺し合うのではなく、愛し合うべきだ。そうだろう? あんたは、まだ若い。輝かしい未来があるんだ。あんな大量破壊兵器が無くなって、十分なくらい幸せに生きていけると思うよ」

 何を青臭いこと言ってんだ、バカ野郎! と彼女は言いはしないけれど心の言葉が顔に出たようで、黒尽くめの覆面男は拳銃の引き金に掛かった指に力を込めた。

 発射された銃弾がプリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダの眉間に命中する直前、反重力加速装置を起動させ猛ダッシュで室内に突入した男性アンドロイドが、その弾丸を指で止めた。

 男性アンドロイドはオーナーに謝った。

「遅れて申し訳ございませんでした」

 男性アンドロイドの所有者である若く美しき令嬢にして大企業グループの経営責任者プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダは、鋭く、そして短く叱責した。

「許しません。さっさと賊を片付けなさい」

 指先で止めた弾丸をそのまま砕き、男性アンドロイドは黒尽くめの覆面男に突っ込んだ。反重力加速装置による猛ダッシュを人間は止めることができない……はずなのだが、黒尽くめの覆面男は男性アンドロイドのタックルをがっしりと受け止めた。

 これにはプリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダも、そして男性アンドロイドも驚いた。

 この男性アンドロイドは、プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダが自らの護身用に特注で開発させたスーパーロボットである。新型爆弾の研究予算と同じくらいの莫大な開発費で作られている。それを、あっさりと受け止めた。この黒尽くめの覆面男は一体、何者なのか?

 正体不明の怪物をがっぷり四つに組む危険性を考え、男性アンドロイドは後ろに飛び退いた。プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダを背後でかばう位置に立つ。

 それを見て、黒尽くめの覆面男は言った。

「その冷血女に忠義立てするのは止めておいた方がいい。後で後悔することになる」

 男性アンドロイドは体内に装備された対人兵器の照準を黒尽くめの覆面男に合わせた。人工眼球内のアイビーム・レーザー・マシンガンなら、絶対に射殺可能だと人工頭脳が冷静な計算結果を算出する。

 撃つのなら、今だ――と男性アンドロイドが決めたとき、黒尽くめの覆面男は自らの覆面を剥ぎ取った。

 そこに現れたのは、男性アンドロイドと瓜二つのイケメン顔だった。

「お前は!」

 プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダは驚きのあまり立ち上がった。高価な水虫薬が高価な絨毯を汚す。

 それを見て、男性アンドロイドと瓜二つのイケメン顔をした黒尽くめの元覆面男は言った。

「俺は、そのアンドロイドと同一体だ。ただし、俺は遠い未来から来た。新型爆弾のせいで人類が滅亡寸前の状態に陥った、悲惨な未来からだ。教えておいてやろう。未来世界の支配者は人間ではない。水虫の菌だ。水虫の菌から進化した水虫人間が地上を支配している。人間は、今の水虫みたいに日の光が届かない世界で暮らしている。しかし、どこにでも例外はいるもんだ。逆に水虫を支配下に置いた女が、一人いる。その女は、水虫の女王として世界に君臨しようとしているんだ。誰なのか、分かるかい?」

 一人しかいなそうな予感がして、プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダは訊いてみた。

「それって、わたしじゃね?」

「そう」

「やっぱり!」

 未来から来た男性アンドロイドでイケメンの服装は黒尽くめな元覆面男は言った。

「俺は、かつて愛した女と袂を分かった。人類の復活のために生きると誓った。そして、こうしてタイムスリップして過去へやってきた……君を殺そうと、心に決めてね」

 それから彼は、過去の自分である男性アンドロイドに向かって言った。

「これからお前は、プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダと愛し合うことになる。ヒロインとヒーローだ。ただし、二人はいつか、敵になる。それだけは覚悟しておいてくれ」

 そう言い残し、元覆面男は一瞬で姿をくらました。

 後に残された二人のうち、女の方が慌てた。

「え、と、ちょ、と、ちょま、え、ちょ、お、ちょおッと待ってよ。わたしと、このアンドロイドが愛し合うなんて、ねえ、そんなことあるわけ、ないでしょッ! ねえ」

 男性アンドロイドは冷静に考えていた。しかし答は出てこない。瞬時に計算する彼だが、ここは判断に苦しみ、悩んだ。案ずるより産むがやすしなのだろうか? しかし産むのは彼ではない。いや、プリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダも生まないはずだ。男性アンドロイドに、そんな機能はないからだ。そんな欲求も、男性アンドロイドには付いていないはずなのだ。

 だが、設計を越えた性能が生まれているのも事実だった。男性アンドロイドは今、自分の中に発生しつつある愛という名の衝動を制御しようとする辛い戦いを開始した。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 テキストを読み終えた大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは感想を述べた。

「例えば、ヒロインがヒーローとともに、世界の命運を握る存在になったら……というお題だ。ヒロインのプリムヴェール・アヤラヌス・ヘレイナーダと、ヒーローの男性アンドロイドが、世界の命運を握る存在になったら……ということだろう? でも、この話だと、世界の命運を握る存在になるというより、未来では敵対するという悲劇的な面が強調されているんじゃないかなあ」

「その通りかもしれませんね」と元宮廷道化師で現墓守のムーニームウ・ムッポンズは同意した。

「ですけど、未来の通りに話が進むとは限りませんよ。ここから物語が変化していくのかもしれません」

「そうだなあ」と大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは頷いた。

「他に話はあるか?」

 大魔王に尋ねられた墓守のムーニームウ・ムッポンズが自作の詰まった秘蔵のテキストフォルダを開いた。

「こういうのはいかがでしょうか?」


 § § § § § § § § § § § § § § § § § § § 


§ 例えば、密かに思いを寄せていた彼が敵になってしまったら……。


「カーゥハッハゥハゥ! お前のような貧弱な騎士が、この聖処女魔女ビーオネガ・オメガ様にかなうと思っていたのか!」

 貧弱な美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスを強力な魔法で返り討ちにした聖処女魔女ビーオネガ・オメガは、息も絶え絶えな美青年の首筋に鋭い刃を当てた。

「このまま首を切り落としてやってもいいんだぞ、フフ、お前の血でシャワーを浴びてやろうか? 若くて新鮮な男の血を浴びたら、元から奇麗な肌が、もっと美しく光り輝くってもんさ!」

 筆者だが、それはどうかな……と思わなくもない。貧弱な青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスも、自分の血を浴びた人間が光り輝くとは考えていない。勇者の鮮血ならともかく、弱虫の彼の生き血を浴びて、何がどうなるというのか? どうにもなりはしないだろう。

 しかし聖処女魔女ビーオネガ・オメガは、結構マジに考えていた。彼女の美しさは若い男のエキスを吸収することで得られていた。美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスは手頃な獲物だった。それが向こうから自分を襲ってきてくれたのだ。ちょうど良かったといえる。身の程知らずにも程があるわけだが。

 貧弱な美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスが自分の実力を考えず聖処女魔女ビーオネガ・オメガの討滅を企てたのは、幾つかの理由がある。

 月に一度、惑星カリオロンドを回る五つの月が同じ夜空に浮かぶ夜は、聖処女魔女ビーオネガ・オメガの魔法の力が減弱することを、彼女のライバルである他の美魔女たちが美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスにこっそり教えてくれたのが、理由の一つ。

 二つ目の理由は、彼が所属する勇者パーティーの中に、彼の能力に対する異議申し立てをする者が多数現れてしまったため、自分の実力を示す必要に迫られていたこと。

 三つ目の理由は、彼が愛する純真無垢な美しい娘、マアジキッチナー・ロザセロリンドゥを自分に振り向かせるため。彼女に求愛する男たちは多い。それらのライバルを蹴飛ばすためには、近隣で畏れられている魔物を始末し、彼女から尊敬の目で見られるのが一番! という若干いや、かなり幼い発想が、この失敗を招き寄せたといえる。

 惑星カリオロンドを回る五つの月が同じ夜空に浮かぶ月に一度の晩を狙い、美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスは美魔女召喚の儀式を執り行った。呼び出したい美魔女の名前を全裸の体に書き――鏡を見ながら背中にまで書くのだから、耳なし芳一のところの和尚さんも驚くこと請け合いだ――太古の神殿跡地で待ち構えていたら、のこのこやってきたのだ、聖処女魔女ビーオネガ・オメガが!

 そして美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスは、コテンコテンにやっつけられた。血反吐まみれになって古代神殿の石畳に倒れる。間抜けな彼も、こうなっては観念するほかない。勝者に懇願する。

「聖処女魔女ビーオネガ・オメガよ、頼みがある、どうか聞いて欲しい」

 聖処女魔女ビーオネガ・オメガはせせら笑った。

「命乞いなら、聞かないよ」

 美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスは力なく顔を振った。

「そうじゃない、お願いというのは、僕が死ぬ前に、僕と関係して欲しい、それだけなんだ」

「へ?」

「僕は、女を知らない。僕が心から愛した女性、マアジキッチナー・ロザセロリンドゥに純潔を捧げるつもりだったんだ。だけど、その願いはかなえられそうにない。彼女のために、守り抜いたってのに! その夢がかなえられないのなら、大事に取っておいたって、仕方がない。死んだら純潔なんか自慢にならない。だから、聖処女魔女ビーオネガ・オメガよ、どうか貰って欲しい。命だけじゃない、僕の大事なすべてを」

「ええええ」

 うっすらと笑い、美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスは言った。

「そうか、そうだよね。キモいよね、童貞の騎士なんて、キモくて触りたくもないよね……ああ、聖処女魔女ビーオネガ・オメガよ、キモなお願いをして、本当に悪かった。本当に済まないと思う。早く僕を殺してくれ。死にそうだってのに、君に何かを期待して、体の一部分だけ元気になっているところを、首と一緒に跳ね飛ばして花瓶にでも生けてくれ」

 花を生けるように、自分の体を飾って欲しいというのである。

 筆者としては、それはどうかな……と思わなくもない。だが、美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスは真剣な面持ちで聖処女魔女ビーオネガ・オメガに懇願している。

 頼まれている聖処女魔女ビーオネガ・オメガは、混乱していた。マアジキッチナー・ロザセロリンドゥの名前を聞いて、彼女はパニックを起こしていた。

 聖処女魔女ビーオネガ・オメガの正体はマアジキッチナー・ロザセロリンドゥである。純真無垢な美しい仮面を剥ぎ取り、マアジキッチナー・ロザセロリンドゥが自分の本性をさらけ出すとき、それが聖処女魔女ビーオネガ・オメガの出現タイムなのだ。

 この秘密を知る者は、誰もいない。マアジキッチナー・ロザセロリンドゥ以外には、誰も!

 筆者が思うに、純真無垢な美しい娘マアジキッチナー・ロザセロリンドゥと聖処女魔女ビーオネガ・オメガの関係は、イギリスの作家スティーブンソンが記した『ジキル博士とハイド氏』のような一種の二重人格なのではないか。

 そして今、聖処女魔女ビーオネガ・オメガの中にあるマアジキッチナー・ロザセロリンドゥの人格は、美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスの無垢なる告白に激しく動揺していた。

 マアジキッチナー・ロザセロリンドゥは美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスに、密かなる思いを寄せていたのである。

 サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスは自分と結ばれることを求めている……聖処女魔女ビーオネガ・オメガではなく、マアジキッチナー・ロザセロリンドゥと!

 そう思ったとき、聖処女魔女ビーオネガ・オメガに変身したマアジキッチナー・ロザセロリンドゥの魔法が溶けた。惑星カリオロンドを回る五つの月に照らされた純真無垢な美しい娘の瞳に情欲の炎が揺らめいていることを、半ば意識のない美青年騎士サンサブリィ・エニブレ・ヴー・ローズライムセッスが見ているのか、どうか?


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 二つ目のテキストを読み終えた大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌが感想を述べた。

「これって、セーフなのか?」

 質問されたムーニームウ・ムッポンズは首を傾げた。

「やることやってないのですから、大丈夫じゃないでしょうか?」

「童貞とか処女とか、ガンガン書いても、許されるの?」

「駄目かもしれませんね」

「それじゃ、駄目じゃん」

「駄目元ってことで」

「ずいぶんとやけっぱちだな」

「時間がないんですよ」

 大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは嘆息した。

「それは大変だな」

「はい」

「じゃ、次に行くか」

「お願いします」


 § § § § § § § § § § § § § § § § § § § 


§ 例えば、突然女王候補の一人に選ばれ、彼とともに女王を目ざすことになったら……。


 巣穴人いわゆるビーハイブ人の労働者階級の朝は早い。幼虫のお世話があるからだ。正確には、幼虫のお世話に朝も夜もない。二十四時間の労働だ。相手は常に庇護を必要とする、か弱き存在なのだ。その世話をすることこそ、ビーハイブ人労働者階級の最大の仕事だった。

 そもそもビーハイブ人たるもの、幼虫の世話に文句を言ってはいられない。昆虫の一種から進化したビーハイブ人は幼虫の時代を経て成人となる。先祖代々、そうなのだ。その習性を捨てる時、ビーハイブ人はビーハイブ人ではなくなる、と言っていい。

 そう考えるとルブユアルトセラ・ニューオリントはビーハイブ人離れした性質の持ち主だといえよう。彼女は幼虫の世話が大嫌いだった。自分より社会身分度の高いビーハイブ人からの命令には服従するというのがビーハイブ人社会における暗黙のルールというか社会的生物としての習性なのだが、彼女はそれも無視した。遂には幼虫の世話役を外された。

 ビーハイブ人には女と男、二つの性がある。女は幼虫の世話など巣の中での仕事をするのが主な役割で、男は巣の外で餌を見つけてきたり、敵と戦うのがもっぱらの仕事だ。巣の中で幼虫の世話をする仕事を外されたルブユアルトセラ・ニューオリントは、外回り即ち、巣の外で働くことになった。

 一般的には、巣の外の仕事の方が危険は大きいと言われている。ビーハイブ人の食料は巣の外で収穫した動植物であるのだが、彼らの暮らす異世界チャイカライナ・オンメイルに大人しい生き物は存在しない。植物でさえ攻撃的なので、収穫作業とは狩猟しか意味しないのである。かくしてルブユアルトセラ・ニューオリントは、自分より大きな――ビーハイブ人の男女には体格差があり、概ね男の方が体は大きい――男たちと一緒になって獲物と格闘した。

 このハンティング・ライフは、ルブユアルトセラ・ニューオリントにとって非常に充実したものだった。彼女は狩猟に特殊な才能を発揮したのだ。繰り返しになるが、異世界チャイカライナ・オンメイルの動植物で大人しいものはいない。食糧の確保は、やるかやられるかの闘争となる。相手によっては、狩る側であるはずのビーハイブ人に犠牲者が出ることもあるのだ。ある意味、戦争に近い。ある程度の犠牲を計算に入れて、勝利を得ようとするからだ。その犠牲者になるのが、ビーハイブ人社会における重要な要素、社会身分度の低い階層である。死亡必至の特別攻撃を強いられるのが、社会身分度の低い階層だ。ルブユアルトセラ・ニューオリントも、そういう階層に位置する。従って、強力な敵に真っ先に突撃し、多くの場合すぐに死ぬのが普通なのに、彼女は生き延びた。理由は簡単。途轍もなく速く動き、敵の攻撃をかわし、そして相手の急所を鋭い牙や手にした槍で貫き、仕留めたからだ。狩猟で手柄を立てるうちに、彼女の社会身分度は上昇した。最低ランクだったのが、最低より少し上となり、それから平均よりかなり下へ、そして平均よりは若干下の階級にまで出世した。

 そうなると、不思議なことに、彼女は異性にモテるようになった。幼虫の世話役から追放されたときは女性失格の烙印を押されたような雰囲気だったのに、急にちやほやされるようになったのだ。

 ビーハイブ人の交際は、社会身分度に限定されず広い階層間で見られるが、婚姻は同じ階級間が普通である。従ってルブユアルトセラ・ニューオリントが結婚前提で交際する相手は、彼女と同じ階層の男性となるべきところだが、何しろ彼女は出世が早い。このままのペースを保ち続けるとしたら、貴族階級の仲間入りすら夢ではないと囁かれていた。そんな彼女に相応しい男性はどんな階級になるだろうかと、人々は噂し合っていた、そんなときである。

 ルブユアルトセラ・ニューオリントは異種族の男との交際を明らかにした。

 その男とはビーハイブ人の巣穴に勝手に居候している、キノコ人の亡命王子だった。

 キノコ人は菌類から進化した人間である。美味しくないのでビーハイブ人の狩猟対象にはならない。両者は共生関係にある。キノコ人は体内から殺菌力の高い物質を分泌する。その殺菌性のある物質は、キノコ人が居候するビーハイブ人の巣穴を消毒する働きがあった。いうなればキノコ人はビーハイブ人にとって、感染対策の必需品だったのである。

 ルブユアルトセラ・ニューオリントと交際しているキノコ人は、異世界チャイカライナ・オンメイルの地下深くにある菌類王朝の王位継承者として生まれたのだが、血みどろの謀略に巻き込まれ、幼い頃に地表へ出た。そしてルブユアルトセラ・ニューオリントがいる巣穴で生活するようになったのである。

 その亡命キノコ人王子とルブユアルトセラ・ニューオリントは幼馴染だった。種族は異なれど、二人の愛は深く、その絆は強かった。しかし、ある日、二人を重大な危機が襲った。

 ルブユアルトセラ・ニューオリントが突然、女王候補の一人に選ばれたのだ。

 これは破格の選出だった。ルブユアルトセラ・ニューオリントは元々、社会身分度の低い階層の出自である。女王候補は貴族階級の女性から選ばれる。それは幼虫の世話の上手な、女性的な人間であることが多かった。社会身分度が低く、幼虫の世話が苦手な女性を女王候補にするなど、今まではなかったのだ。

 さらに、ルブユアルトセラ・ニューオリントの交際相手が異種族のキノコ人であるということも大問題だった。異世界チャイカライナ・オンメイルにおいては魔法の力により、異種族間でも交配が可能である。ただし、貴族や女王といった存在になると話が変わってくる。種族としての純血性が求められるのだ。

 女王候補を選定する有力者会議がルブユアルトセラ・ニューオリントを候補に選んだ理由について、様々な憶測が流れた。一番信ぴょう性が高いと思われたのは、ビーハイブ人社会のガス抜き説だった。社会身分度が低い階層に、無意識に貯まるであろう上流階級への憎悪を、彼女を女王候補に選ぶことで少しでも和らげようというのだ。

 従ってルブユアルトセラ・ニューオリントは当て馬、本当の女王候補は別にいる、というのが多くの見方だった。

 そうは考えない者もいた。

 自分たちが属する、このビーハイブ人社会は異世界チャイカライナ・オンメイルにおいて革新の風を起こそうとしている、というのだ。その一環がルブユアルトセラ・ニューオリントの女王選出である。そして亡命キノコ王子との子供が、新たな時代の幕開けを告げるであろう……と言っているのだが、どうなることやら、といった状況だ。

 ルブユアルトセラ・ニューオリント本人は、女王を目ざすことに前向きだ。交際相手である亡命キノコ王子との仲も円満である。彼のキノコに夢中! と下品なことを言う輩はいるが、まったく気にしていない。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 三番目のテキストを読み終えた大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌが率直な感想を述べた。

「最後、どうしてこうなるんだよ?」

 質問を受けてムーニームウ・ムッポンズは首を傾げた。

「私にも分かりかねます。誰が書いたのでしょう? その人物に聞かないと分かりません」

 大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌが尋ねる。

「お前が書いたものじゃないのか?」

「これらの作品は『世界を変える運命の恋』中編コンテストに投稿されたものです。それを選んで大魔王様にお読みいただいているのでございます」

 ううむ、と大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは呻き声を上げた。

「こんな変な作品を、真面目に読む奴がいるとしたら、それは大変だな」

 元宮廷道化師で現在は墓守のムーニームウ・ムッポンズは何度も強く頷いた。

「とてもじゃないですけど、最初から最後まで読んでいられないと私も思いますよ」

「今さらだけど、今読んだ、この小説、おかしくないか? 昆虫の一種から進化したとか書いてあるけど、それって人間じゃないわけで、ちょっと求められている物語とは違うんじゃないかなあ」

「そうですね」

「この昆虫人間がどんな姿形をしているのか、書いて欲しいよ」

「牙があるとか書いてませんでしたっけ?」

「それだけじゃ足りないって、全然不足だ。もっとちゃんと描写して欲しいよ」

 大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは言い足りないようで、早口で言い足した。

「ビーハイブ人の巣穴社会とか書いてあるけど、それが具体的にどんなところなのか、何も描写されていないのも駄目だと思う。これじゃ、アリみたいに地面に巣穴を掘っているのか、それともミツバチみたいに外に巣を作るのか、さっぱり分からない」

 元宮廷道化師で現在は墓守のムーニームウ・ムッポンズも同意見だった。

「物語の主要な舞台となる巣穴の描写がないのは致命的なミスだと思います。それとハンティングの場面が描かれていないのもどうかと思いました。狩猟は過酷なものだった……とか言っておいて、何も書いてないのは……さすがに弁護ができませんよ」

 大魔王タカネサリ・テワクトゥンヌは苦笑いを浮かべた。

「『世界を変える運命の恋』中編コンテストに、この作品が入選したら、驚きだよ」

 ムーニームウ・ムッポンズも笑った。

「驚きですよね」

 二人は声を揃えて笑った。そのうち、笑い声は収まった。

「まだ読めるものはあるか?」

「あります」

「じゃ、片付けるか」

「そうしますか」


 § § § § § § § § § § § § § § § § § § § 


§ 例えば、自分の中に眠る能力が開花し、それを求める彼が現れたら……。


 学校からの帰り道、わたしは変質者に襲われた。

「ぐふぇふぇふぇふぇ、おい、そこの女! いやらしい体をしているじゃあねえかよ! グヒヒヒヒ、エッチな女だなあ、おい! 触らせろ、いいや、触らせるだけじゃあ、物足りない。攫わせろ、攫わせるろってんだああ!」

 意味不明のことを言われ、追いかけられた。助けを求めて叫んだけど、誰も通りかからない。暗い夜道をわたしは、泣きながら走った。後ろでは、変質者がまた何か叫んでいる。

「うひょひょひょひょ! エチだ、なんてエチなんだ、エッチスケッチダイダラボッチだ! うぎゃぎゃ、舌を噛んじまった! くそう! これというのも全部、お前のせいだ! お前が逃げやがるからだ! 許せない、許せないよ、ママ! こんなことってありかよ、マジでシャレになんないよ! 父ちゃん、俺に力を貸してくれ! それから××豆、あれもくれ! くれってんだよおおお!」

 家に向かって走っているつもりだったけど、いつの間にか、家とは逆に向かって走っていた。わたしが人通りの少なくて暗い方向へ走ってしまっていることに、後ろの変質者が気付いた。

「ああああ! どうしてこっちへ逃げるんだよ! 馬鹿かオマエ! 馬鹿馬鹿馬鹿あ! 莫迦! そんなにオレッチに抱かれたいのかよ! そんなにビッチで、こんなに若いうちからビッチビチなんて、人生、終わっている……いや、その逆だ! 人生が始まっているよ、凄い幕開けだって! 大開幕、大開帳だよ! くそオ、俺だって、負けてられない。悔しすぎるもの! 絶対に負けられないんだからネッ!」

 とうとう、わたしは追いつめられてしまった。前は入り江で、暗い海が広がっている。左右には高い防波堤があって、登れない。わたしは震えおののいて振り返った。変質者のギラギラした目が、少しずつわたしに近づいてくるのが見えた。

「こ、こないで、来ないでったら!」

 わたしは足元の石を拾って変質者に投げた。石は変質者の頭のゴンと当たった。変質者は頭を抱えてしゃがみ込んだけど、すぐに立ち上がった。わたしは、続いて別の石を投げた。今度も石は変質者に命中した。顔の真ん中に当たった。変質者は「ギャッ」と悲鳴を上げて引っ繰り返ったけど、すぐに体を起こした。再び、わたしの方へ歩き出す。わたしは三投目の石を探したけど、手頃な石が見あたらなかったので、ずっと持っていたバッグを投げた。これは変質者の顔から胸にかけて当たった。重い物が入ったバッグだったので勢いそのものは弱かったけれど、重い分だけ衝撃は強かったようで、変質者はバッグを抱えたまま後ろに倒れた。しばらくそのままだった。なかなか起き上がらないから、逃げるチャンスだとわたしは思った。変質者の脇をダッシュで駆け抜けようとしたら、相手が体を起こした。わたしは悲鳴を上げて元の位置に戻ってしまった。

 顔や頭から流れ落ちた血で血だらけの変質者が、わたしを見てニイっと笑った。

「ぐふぇふぇふぇええ、お嬢ちゃん、良いコントロールしているね……体つきが良いと思っていたけど、肩も良かったんだ。走りっぷりも見事だった、本当に良い足腰をしている。ああ、何か運動をやっているのかい? きっとそうだろ? スポーツ万能なんだろ? 分かるよ、一目見ただけで分かったよ。お嬢ちゃんには、才能がある。スポーツの才能が、絶対にある。スタイルが良い。これは本物だ」

 この変質者、何を言っているのか……と、わたしは思った。わたしは運動が苦手だ。勉強も不得意で、何のとりえもない普通の子だ。可愛くもないし、スタイルだって! それなのに、この変質者は、何か変なことばかり言っている。変質者だから、当たり前だけど。

「なあ、今こんなこと言うのは変だって自分でも思うけど、お嬢さん、もしよかったら、おっちゃんと世界を目指さないか? こう見えて、このおっちゃんは、昔はかなり鳴らしたものなんだ。世界だって、目指せる位置にいたんだよ。あんなことや、こんなことさえなければ、今頃は……まあ、そんなことを言ったところで、何も始まりはしないし、お嬢ちゃんには何の関係もないことだ。だけど、分かってくれ。お嬢さんには眠っている才能がある。これは絶対に確実だ。その才能を、眠らせたままにしておくのは惜しい、惜しすぎるんだ! お願いだ、どうか、このおっちゃんに、お嬢ちゃんのコーチをさせてもらえないかな。何だって教えてあげるよ。手取り足取り、懇切丁寧に指導するって約束する。体罰なんて、絶対にしない。嫌がるようなことはしないって、神様に誓う! だから、お願いだ。一緒に、世界の頂点を目指そう」

 そう言って変質者は、わたしに違づいた。わたしは叫んだ。

「いやあああ、来ないでええええ!」

 わたしに向かって伸びていた変質者の右手が、そのときグチャっと潰れた。右手の先がグチャグチャになり、そこからたくさんの血がビュービュー吹き出し、大量の血が変質者の足元に流れ落ちた。その間も、変質者の右手には大きな変化が続いた。今度は右腕が先の方から砕け始めた。血が流れるのは続いていたけど、血が噴き出るビュービュー音だけではなく、今度は骨が砕けるようなバキッ、ボキッという強い音も聞こえた。

 この変質者に遭遇してからずっと異常な事態が続いているけど、こいつの右腕に起きている現象は、その最たるものだった。右腕が完全にグシャグシャとなったところで、変質者は崩れ落ちた。今度は右腕だけではなく、体の方までもグシャグシャになり始める。わたしは逃げることも忘れ、その光景を眺めていた。何だか分からないけれど、どう考えても異常な状態だった。

 元が何だったのか分からない血と骨と肉の塊を前にして、わたしは気が遠くなった。その場に倒れかかった、そのとき。

 物凄く格好のいい美少年が、わたしを抱きとめた。

「君の中に眠る能力が開花する瞬間を目撃させていただいた。君こそ、僕の求めていた女性だ。頼む、僕と付き合ってくれ。お願いだ、僕に君のことを溺愛させてくれ」

 それが、わたしたちの交際のきっかけだった。


 × × × × × × × × × × × × × × × × × × × 


 四番目のテキストを読み終えた大魔王は言った。

「二万字を越えたから、こんなもんでいいんじゃね」

 墓守は頷いた。

「そうですね」

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