第拾壱話

「おい、あんまキョロキョロすんな。転校生だってバレるだろう?」


「うっさい。正真正銘転校生なんだから問題ないし。ってか、同じ転校生に上から物事を言われたくありませーん」


「転校生ではあるがお前よりも先に転校してきたから、一応先輩やぞこっちは」


「うっざ。同じ転校生なのにどうしてそんな余裕なんだか」


 『それはループがあるからだ』。

 なんて言えるはずもなく出掛かった言葉を喉奥に押し込んだ駿之介は職員室までの案内を続ける。とは言え、


「よ、よろしゅく……よろしくお願いします」


 担任教師の前でも緊張しまくっていてはこの先が思いやられる。思わず噴きそうなところでなんとか堪えたのは良かったものの、横から睨まれたので『なんだよ』的な意味合いを含んだ視線を駿之介が送り返す。

 その後、担任に彼女の机と椅子を運んで行って適当に空いたところに置きなさいと言われ、それに従っていたら――


「おや旦那、隣ですかい~?」


「何が言いたい」


「別にい~? ただここまで来ても『俺の女に手を出すんじゃねえぞ』的なことをしますかね~?と思ったまでですよ。うんうん」


「何せ必死になってまで拾ったんだしい? 部屋まで隣同士と聞いたし。なあ?」


「ねえ~」


「お前らなあ……」


 意味ありげにニヤニヤと笑っている二人が眼前に居たら嘆息もしたくなるもんだ。おまけに、彼らは事情を知っている内部の人間だ。ここぞとばかりにからかいたいという魂胆が見え見えで、呆れせざるを得ない。


「萱野君。今日、転校生来るの?」


「お、やっぱ転校生? 男? 女?」


 三人の話を聞きつけて続々と群がってくる同級生達。短い間に二人も転校生が同じ教室に来るのは非常に稀有な出来事だろう。明らかに違うクラスの連中も来たけど一先ず無視しよう。


「ああ、同じ寮に住んでいるから知ってはいるな。ちなみに女だ」


 女子達は小さく喜び、男子達は「よっしゃー!」と騒ぎ立てる。昔の彼にもああいう時代があったなあとしみじみと思いながら次々と質問を捌いていくと、担任教師と本日の主役が登場。


「はーい。皆さん、席についてくださいねー」


 わらわらと戻って行く生徒達をよそに、ようやく質問詰めに解放されてホッと一息つく駿之介。一瞬、大蔵の視線と合ったがすぐに窓の方に向けて頬杖をついた。


「萱野君に続いて、この教室になんと二人目の転校生が入ってきました。パチパチパチ~。では自己紹介をお願いします」


「え、ええと……大蔵華凛です。……よろしく」


「それじゃあ大蔵さん、空いた席に座ってください」


「うん……あ、はい」


(おい。こいつ、教師に向かって『うん』って言ってなかったか?)


 目上の人になんてことを言うんだと一瞬よぎったが、余程緊張していたんだなと結論付けた彼は無音の溜息を吐き出す。隣から椅子が引っ張れる音がして、頬杖をついたままその方を見やる。


「よろしゅくな、隣人」


「うっさい。誰がアンタなんかとよろしくするかっつの。一人でよろしくしてやれば」


「へえへえ」








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※








「おい」


 休憩時間に駿之介が話し掛けると、なにと振り向いてきた大蔵の顔は実に退屈で極まりないといった様子だった。二人共揃って転校してきてまだ間もなく、教科書を所持していない状況だ。だから他の者から借りて机をくっつけて一緒に読むしかないが。

 一限目から他人の教科書を堂々と落書きしていたもんだから、次の授業が始まる前に注意しておかないと。


「次の授業は数学だから真面目に聞けよ」


「真面目に聞いたって意味ないでしょ。どうせ習ったんだし……」


「なら、せめてフリだけでもしろ。ただでさえ皇国人は狙われやすいんだからな」


「は……? 何それ」


 見開く深紫の双眸に、駿之介も少しばかり驚く。


「まさかお前、知らないのか?」


「いや、知ってたけどさ。ここでもまだ問題が続いてるの?」


「ここでもだ。だからフリだけでもちゃんとしろ。狙われたくなければな」


「ふぅーん。そう……そっか……」


 何やら一人で勝手に納得しているようだがこれで伝わったのだろう、と彼は次の授業の準備をすることにした。暫くすると隣から「ねえ」という声が聞こえ、彼女の方を見ずにそのまま返事する。


「そう注意してきたからにはさ、まさか遭ったの?」


「ああ、そうだよ。この間、数学の教師にやられたけど、追い返した」


「ふーん、やるじゃん」


「こっちは追い返せたのはいいけどさ、お前は? 大丈夫そう?」


「まあ……大丈夫なんじゃない? ……多分だけど」


「多分だけかよ」


 それから二人は特に口火を切らず、次の授業が始まった。ピアースが入るなり、横が思いっきり噴き出したのがいけなかった。

 とは言え、常に人を寄せ付けないような大物感の空気を漂わせているストイックな男の頭がショッキングピンクになっているのだ。思わず笑いたくなるのは無理もない。


「おい、今笑ったやつは誰かね? まだ授業すら始まってないですよ」


「ご、ごめんなさい」


 叱られて焦り出し立ち上がる大蔵に額を押さえる駿之介。

 この嫌な流れに既視感を覚えながら。


「貴様、見ない顔だね……」


「は、はい。今日転校してきたばかりで……」


「貴様もか」


 溜息交じりに言ったそれに大蔵は「うん?」と首を傾げる。


「そこの萱野君、ちゃんと転校生を躾けるように」


 なるべく事を荒立てたくなく、こちらも立ち上がって「はい」と答えて座ると、大蔵も徐に腰を下ろした。とりあえずこんなものか、と駿之介が一息入れるところで再び隣に小声で話し掛けられることに。


「ねえ。まさか、あれはアンタが?」


「ああ、禿げだったのでな。髪を付けてやった」


「ふふふ、やるじゃん」


「気に入ってくれたようで何よりだよ」


「ええ。あれほど笑いたくなるような芸術作品、一度も会ったこともないぐらいよ」


「おいやめろ。禿げ教師にカツラを被せただけで芸術作品に例えるとか。ズルいぞ……」


 腹を抱えながら最大限に笑い声を抑える駿之介に大蔵はしたり顔だ。


「ふふ、例えがいいでしょ」


「危うく噴き出しそうなぐらい、傑作だったよ……」


「てか、まだ腹抱えてるし……」


「そっちこそ……」


 二人が声を出して笑いそうになるのを腰を曲げることで懸命に堪えていた。

 しかし何も反撃を仕掛けて来ないとは、やはり反省したのだろうか、とこれで一件落着したかと思いきや。


「ではこの問題を……大蔵さん」


「はい」


 駿之介の能天気な思考が見事に裏切られた。

 ピアースが事あるごとに、大蔵に黒板の例題を解かせていたのだ。最初に呼ばれた時には彼女も焦りまくったが、次第に緊張感が薄れ、ごく自然な足取りで黒板に向かう後ろ姿を凛々しくさえ感じてしまう程。

 おまけに一問目からずっと難問の連続で、最早地獄と言っても過言ではない。駿之介の時に失敗に終わったから今回の標的を大蔵に変更したようだが、


「できました」


「……正解です。お見事だ、席に戻りなさい」


「分かりました」


 彼女が全問正解したとのことで、今回も失敗に終わりそうだ。

 普通の生徒がケアレスミスをするのであろう箇所を全部踏み抜いて、見事に勝利を収めた大蔵に羨望の眼差しが集まるのは最早必然的であろう。無論、その逆もた然り。

 しかし大蔵はそれら全部一身に受け止めても一切の隙を見せず、着席。


「お見事」


「別に……一応習ったことあるから」


 「だとしても凄いことだ」。

 しかし駿之介がそう褒めたくてもできずにいるのは、彼女が何やら思い詰めた顔をしているからだ。言う時機を失い真面目にノートを取っているフリをしていたら、急に隣に呼ばれた。


「ねえ、こういうの、よくあったりするものなの?」


「さあな。俺も転校生なんだから何とも言えないが……あの教師の態度を見る限り多分そうなんじゃないか?」


「そ……」

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