第27話 騎士科 VS 王国騎士団①


 王国史上最大にして、最多の動員数を誇るブラヴィス円型闘技場。


 この闘技場には毎年国中の猛者が集まり、剣術大会が催される。


 そして栄えある優勝者は、中央入口の脇にある古びた石壁に、永遠に名を刻まれるのだ――。


「普段何気なく一緒に過ごしていますが、本当にすごい方だったんですねぇ」


 石壁に深く刻まれた『ジョルジュ・グラハム』の名前を見上げ、パメラは感嘆の息を吐いた。

 

 他の追随を許さないその強さは、今も語り草となっており、だがある年を境にその名は石壁から消える。


「山籠もりでお会いした時の厳しいイメージが強いですが、後進が育たないからと、自ら出場を取りやめたと伺いました。思慮深い、お優しい方なのですね!」


 刻まれたその名に、憧れの眼差しを向けるシャネアとその婚約者。


「まぁ確かに、イザベラ様にはすこぶる優しいですが……」


 そう呟き、パメラもまた石壁を見上げた。


 石壁に名を刻むことは、騎士にとって最高の栄誉。


 また、名高い騎士を雇い迎えることはすなわち、それだけの良い条件を提示できるという家門の力を、対外的に示す指標でもあるのだ。


 平素は物々しい雰囲気が漂うこのブラヴィス円型闘技場だが、本日は学生や家族連れ、貴族から平民まで種々様々な人々が集まり、賑わいをみせていた。


 フランシス公爵家の計らいで闘技場内に出店スペースが設けられ、審査に合格した民間業者たちが先程から声を張り上げ宣伝をしている。


 もちろんパメラもその一人……首から紐で下げた手持ち台に串焼きを乗せ、先程から観客席を回り、売り歩いているのである。


 その時、小さなざわめきと共に、闘技場内は突然静寂を取り戻した。


 最も見晴らしのよい中央の貴賓席に王族が……そして少し離れた位置にフランシス公爵夫妻とイザベラが座る。


 フランシス公爵が開会・・の挨拶を述べると、拍手の音に続けてひときわ大きな歓声が上がった。


「シャネア様、ご存知ですか。コレ、イザベラ様のお誕生日会なんですよ」

「ええそうね……あまり社交的な方ではないので、接する機会といえば学園内程度。改めて見ると、なんかこう……同じ貴族だけれど色々と別世界よね」


 少し緊張をしているのだろうか、顔を少し強張らせながら貴賓席で手を振るイザベラを見遣り、二人は溜息を吐いた。


「平民の私からしたら、別世界どころの話じゃないですよ。こんなに遠い方なんだなって、つくづく実感させられます」


 闘技場内はすっかりお祭りモード。


 当初の予定では、ギルと副騎士長ファビアンの手合わせとなるはずだったのだが、「どうせならもっと大々的に開催してはどうか」とジョルジュが発案し、騎士科 vs 王国騎士団の団体戦となった。


 あまり長引くと主賓のイザベラに申し訳ないため、三対三の勝ち抜き団体戦。


 騎士科からは、ジョルジュからの師事歴が長いレナードが先鋒、ギルが次鋒、と続いて三人目はいきなり大将。


 しかも大将はなぜか、『ジョルジュ・グラハム』その人である。


 ギルが負けたケースを想定し、これを期にファビアンを叩きのめしてやろう、という魂胆のようだが、ジョルジュの参加については反対の声も大きかった。


 そもそも騎士科じゃないだろうという当然のツッコミも多かったのだが、山籠もりで心を一つにしたので問題ないと若干ゴネ気味に言い張り、ゴリ押しして認めてもらった。


 こうなってくると無様には負けられない王国騎士団。


 先鋒に前剣術大会の優勝者である副騎士長ファビアン。

 次鋒は騎士科の指導教官も務める、副騎士長サルエル。

 そしてトリの対象は騎士団長グレゴリウス……。


 すべて剣術大会の優勝経験があるゴリゴリの現役騎士達。


 レナードとギルについてはファビアンが勝ち抜きで相手をするだろうし、ギルの実力を見るという本来の目的も達成できるので、そこは問題ないだろう。


 問題はジョルジュである。

 情けなく敗北しようものなら、王国騎士団の面目が立たない。


 ジョルジュを叩き潰す目的で急遽結成され、王国騎士団のエース揃い踏みで迎え撃つ本大会。


 なにやら趣旨が変わってしまったが、思い出してほしい。

 本当は、イザベラの婚約を認めさせるためのものである。


 やがてラッパの音とともに太鼓の音が高らかに鳴り響くと、出場者達が一列に並び、闘技場の中央へと歩みを進め、互いに挨拶を交わした。


 観客たちは声援を送りながら、その様子を見守っている。


「特進科の皆は、あの赤い垂れ幕のあたりに集まっています。もし御手隙になりましたら、是非お越しください」


 それでは、と一礼してその場を後にするシャネアとその婚約者。


 闘技場内には先鋒の二人、レナードとファビアンだけが残り、あとの四人は控え席へと移動した。


 試合の開始を告げるラッパが吹き鳴らされ、先鋒の二人はスラリと剣を抜く。


「な、なんで俺まで!?」


 先鋒での出場が決まった日、いつも余裕爵爵のレナードが泣きそうな顔で狼狽えていた姿を、パメラは不意に思い出した。


 巻き込み事故的に参加を余儀なくされたレナードは、ショックのあまり半日ほど虚ろな目をしていたと記憶している。


 お祭り的な感じで楽しみに来た観客達は、思いもよらぬ緊張感に息を呑み、相対する二人を見守った――。



 ***



「ところで、なぜ三対三なのですか?」


 ギルとファビアンの一騎打ちだと思っていたのに、いつの間にやら団体戦な上に、よく分からないメンバー選出。


 イザベラは怪訝そうに眉をひそめ、隣に座す父のフランシス公爵へと問いかけた。


「ジョルジュが……」

「?」

「ジョルジュが、そちらのほうが盛り上がると勧めるから……」


 そもそもは、お誕生日会の前座代わり。

 余興程度に催すはずが、これほど大々的に開催することになるとは……!


「無理をして、怪我をしないよう祈るばかりです……」


 緊張の面持ちで控え席に座るギルへと目を遣り、イザベラは不安気に頬へ手をあてると、小さく一つ、息を吐いた。


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悪役令嬢よ。お前はコソコソ、何をしておる? 六花きい @rikaKey

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