大文字伝子が行く190

クライングフリーマン

『かいめい』(後編)

 ======== この物語はあくまでもフィクションです =========

 ============== 主な登場人物 ================

 大文字伝子・・・主人公。翻訳家。DDリーダー。EITOではアンバサダーまたは行動隊長と呼ばれている。。

 大文字(高遠)学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。EITOのアナザー・インテリジェンスと呼ばれている。

 一ノ瀬(橘)なぎさ一等陸佐・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。皆には「一佐」または副隊長と呼ばれている。EITO副隊長。

 久保田(渡辺)あつこ警視・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。皆には「警視」と呼ばれている。EITO副隊長。

 愛宕(白藤)みちる警部補・・・ある事件をきっかけにEITOに参加。伝子を「おねえさま」と呼んでいる。愛宕の妻。EITO副隊長。

 愛宕寛治警部・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

 斉藤理事官・・・EITO司令官。EITO創設者。

 夏目警視正・・・EITO副司令官。夏目リサーチを経営している。EITO副司令官。

 増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。副隊長補佐。

 金森和子二尉・・・空自からのEITO出向。副隊長補佐。

 馬場力(ちから)3等空佐・・・空自からのEITO出向。

 馬越友理奈二曹・・・空自からのEITO出向。

 大町恵津子一曹・・・陸自からのEITO出向。

 田坂ちえみ一曹・・・陸自からのEITO出向。

 浜田なお三曹・・・空自からのEITO出向。

 新町あかり巡査・・・みちるの後輩。丸髷署からの出向。副隊長補佐。

 結城たまき警部・・・警視庁捜査一課からの出向。

 安藤詩三曹・・・海自からのEITO出向。

 日向さやか(ひなたさやか)一佐・・空自からのEITO出向。伝子の影武者担当。高木と結婚することになった。

 飯星満里奈・・・元陸自看護官。EITOに就職。

 稲森花純一曹・・・海自からのEITO出向。

 愛川静音(しずね)・・・ある事件で、伝子に炎の中から救われる。EITOに就職。

 工藤由香・・・元白バイ隊隊長。警視庁からEITO出向。

 江南(えなみ)美由紀警部補・・・元警視庁警察犬チーム班長。EITOに就職。

 伊知地満子二曹・・空自からのEITO出向。ブーメランが得意。伝子の影武者担当。

 葉月玲奈二曹・・・海自からのEITO出向。

 越後網子二曹・・・陸自からのEITO出向。

 小坂雅巡査・・・元高速エリア署勤務。警視庁から出向。

 下條梅子巡査・・・元高島署勤務。警視庁から出向。

 高木貢一曹・・・陸自からのEITO出向。剣道が得意。

 筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。警視庁からEITO出向の警部。伝子の同級生。

 青山たかし元警部補・・・以前は丸髷署生活安全課勤務だったが、退職。EITOに再就職した。

 財前直巳一曹・・・財前一郎の姪。空自からのEITO出向。

 仁礼らいむ一曹・・・仁礼海将の大姪。海自からのEITO出向。

 井関五郎・・・鑑識の井関の息子。EITOの爆発物処理担当。

 渡伸也一曹・・・EITOの自衛官チーム。GPSほか自衛隊のシステム担当。

 草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

 河野事務官・・・警視庁からのEITO出向。

 久保田嘉三管理官・・・EITO前司令官。斉藤理事官の命で、伝子達をEITOにスカウトした。

 久保田誠警部補・・・愛宕の先輩刑事だった。あつこの夫。久保田管理官の甥。

 藤井康子・・・伝子マンションのお隣さん。EITO準隊員待遇。

 中津警部・・・警視庁テロ対策室所属。副総監直轄。

 中津健二・・・中津警部の弟。興信所を経営している。大阪の南部興信所と提携している。

 西園寺公子・・・中津健二の恋人。愛川静音の国枝大学剣道部後輩。

 高崎八郎所員・・・中津興信所所員。元世田谷区警邏課巡査。

 泊哲夫所員・・・中津興信所所員。元警視庁巡査。元夏目リサーチ社員。

 根津あき所員・・・中津興信所所員。元大田区少年課巡査。

 南部寅次郎・・・南部興信所所長。

 山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。今は、非常勤の海自事務官。

 山城(南原)蘭・・・山城の妻。南原の妹。

 物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。故人となった蘇我義経の親友。

 物部(逢坂)栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いていた。物部と再婚して、出産した。

 依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。やすらぎほのかホテル東京支配人。

 依田(小田)慶子・・・依田の妻。やすらぎほのかホテル東京副支配人。

 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。今は建築設計事務所に非常勤で勤務。

 松下宗一郎・・・福本の元劇団仲間。

 本田幸之助・・・福本の元劇団仲間。

 豊田哲夫・・・福本の劇団仲間。

 服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

 服部(麻宮)コウ・・・服部の妻。

 村越警視正・・・副総監付きの警察官幹部。警視庁テロ対策室室長。

 原田正三警部・・・新宿署風俗担当だったが、福井県警に転勤。

 天童晃(ひかる)・・・かつて、公民館で伝子と対決した剣士の一人。EITO東京本部トレーニング顧問。EITO準隊員。

 高峰圭二・・・高峰くるみの夫。みちるの義兄。警察を退職後、警備員をしている

 高峰舞子・・・高峰の娘。

 鈴木栄太校長・・・高峰舞子の通う小学校の校長。

 山下いさみ・・・オクトパスの「枝」だった?拘置所に入っている。

 柴田洋之助・・・歌舞伎役者。

 南出藤太・・・洋之助のマネージャー。

 利根川道明・・・元TV欲目の社員コメンテーター。フリーのMC。EITO協力者。

 柴田監理官・・・警視庁監理官。ネゴシエイター(交渉)担当。


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 ==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==

 ==エマージェンシーガールズとは、女性だけのEITO本部の精鋭部隊である。==


 午後5時。EITO本部。司令室。

 ディスプレイに久保田管理官が映っている。

「実は、オクトパスこと山下の拘置所に行って来た。」山下は、一般の拘置所とは違う場所に留置されている。全てが極秘で、面会出来るのは久保田管理官だけだ。

「思い切って、レッドサマー、いや、フォッグブルーのことを聞いてみた。サンドシンドロームのことを知りたがっていたから、まず経緯を話してからな。サンドシンドロームは、大文字君に託したのだろう、と言っていた。一佐。奴は、いや、彼女は闘いの終盤になって現れたんだよね。大文字君は、離れた所で待機していた。彼女は大文字君が待機していることを知った上で、行動に出たんだろうと。そして、自爆した。怪我をせずに済んだのは、高遠君のアドバイスでドームの時計の時間をずらしていたお陰ではあるが、彼女は君に、もうすぐ時間だと教えたんだよね。詰まり、君が逃げる時間と、自分を救い出す手段がない時間を計ったんじゃないのか、と言うんだ。」

「そうか。何か違和感があったが、そういうことですね。私が逃げた場所を見た上でスイッチを押した。正確な時間は分からない。5時5分前の場合でも、5時5分過ぎの場合でも、自分のタイミングでスイッチを押した。」

 伝子の驚きに、理事官も驚いた。「詰まり、大文字君もエマージェンシーガールズも巻き添えで死傷しにくい道を選んだ。何故?」

「ひょっとしたら、本物の和知が死んだ原因になった毒、いや、ウイルスは、経口感染をしても飛沫感染はしない。組織に殺されるなら自殺して終わりにする。組織に逆らう決意をした。だから、大文字君達を庇った。そんなところだろう。それを踏まえて考えれば、今度の敵が『レッドサマー』であることは間違いない。メッセージの中でフォッグブルーに改名すると言ったのはフェイクだ。山下はそう言った。大文字君。何故最初に改名する必要がある?『改名』はヒントの筈だ、と山下は断定した。」

 久保田管理官が言い終わるよりも早く、草薙は返事をした。

「今年、改名した高校が15校あります。条例で、『工業高校』という高校の形式名が『工科高校』という名前に変わったんです。改名です。」

「よくやった。草薙。事を起すとしたら、登校時間だろう。明日早朝に、手分けして守ろう。」

「警視庁を通じて、明日各校に臨時休校させる。連絡先を教えてくれ。メールでいい。」

 久保田管理官の言葉に、「了解しました」と草薙は元気よく応えた。

「決まったな。なぎさ。打ち合わせだ。あ。3人目の『大文字伝子』は?」と、伝子が呟くと、「県警の原田警部が、ちゃんと保護してある、と言っていました。」と河野事務官は言った。

「アンバサダー。新しい通信装置、忘れず持って行って下さい。」と、それまで黙っていた渡が言った。

 午前8時半。都立倉科工科高等学校。

 ワゴン車に乗った男達が降りて、登校している生徒を羽交い締めにした。

 男達の足下にシュータが刺さった。シュータとは、うろこ形の手裏剣で、先端に痺れ薬が塗ってある。

 思わず手を離した男達を、やって来たエマージェンシーガールズ姿の仁礼と財前がバトルスティックで倒した。財前は、バトルスティックを2つに割って、新兵器?のEITOホッパーを出して、スイッチを押した。EITOホッパーとは、簡易発煙筒である。なぎさは、『のろし』と名付けたが、これは正式名ではない。

 午前8時半。都立田角工科高等学校。

 どこかに潜んでいた、忍者姿の男達が、登校する生徒に暴行を加えようとした。その男達を止めたのは、天童と静音、そして、西園寺だった。

「極めて忍者らしくはないな。」と天童が言い、静音が長波ホイッスルを吹いた。長波ホイッスルとは、犬笛に似た通信機で、人間の耳には聞こえない。

 午前8時半。都立仲間工科高等学校。

 登校する高校生の何人かが、他の高校生の鞄を奪い、放った。そして、どこかへ連れ去ろうとした時、電動キックボードで近寄って来たのが、般若の面を被った、和服の男女だった。日向と高木である。彼らは襲った方の高校生を素手で倒した。

 警備員が駆けつけて来た。その中に高峰圭二がいて、笑いを堪えながら、捕縛をした。

 日向は、後ろを向いて、長波ホイッスルを吹いた。

 午前8時半。都立月並工科高等学校。

 登校する生徒達の中を逆走でバイクが走って来た。

 サイレンの音が聞こえた。やって来たのは白バイに乗った、早乙女と工藤だった。

 バイクの男の1人が言った。「俺達はまだ、何もやってない。無実だ。」

「正直なオッサンね。でも、ここ『一通』よ。」と、早乙女が言った。

 男達はナイフを出したが、2人は警棒で簡単に倒した。工藤が警察無線で連絡をした。

 応援の警官達がパトカーでやって来た。

 午前8時半。都立大川工科高等学校。

 登校する生徒達の何人かが、電動アシスト自転車に乗った、鞄のひったくりに遭った。

 ひったくり犯が逃走途中で、前のめりになり、5メートルほど飛んだ。テグスを張っていたのだ。

「何メートル?」「何メートルだろ?メジャー持って来るのを忘れたわ。」警察官姿の下條の問いに警察官姿の小坂は答え、警笛を鳴らした。すぐに応援の警官隊がやって来た。

 午前8時半。都立北戸島工科高等学校。

 登校する生徒達の中に、選挙の街宣カーが、音もなく近寄って来た。

 降りて逃げ惑う生徒達に、ナイフを振りかざして男達が襲いかかった。

「待ってたよ、お馬鹿さん。」そう言ってメダルガトリング砲でメダルを跳ばしたのは、何と中津健二だった。そして、DDバッジを押したのは、中津興信所の高崎だった。

 DDバッジは、本来居場所を特定するものだが、簡易通信機にも使える。

 間もなく、中津警部が警官隊を連れて来て、言った。「野次馬は後ろに下がって下さい。」

 午前8時半。都立練物工科高等学校。

 一見、高齢者のような感じの男が、高校生に尋ねた。「身代金は幾ら取れるかな?」

「お前には払わない。」そう言って登場したのは、EITOガーディアンズ姿の青山だった。青山は、ホバーバイクに乗ったまま、男を校門近くのブロックに『壁ドン』した。男は、ホバーバイクから延びているウッドフルーレとEITOランスを両脇の下に刺され、身動き出来ない。ホバーバイクとは、民間が開発してEITOが採用改造した、運搬または戦闘目的の『宙に浮くバイク』である。ウッドフルーレやEITOランスは、フェンシングが得意な青山が主に使っており、時にはバイクから外して直接闘うことも出来る武器だ。

 青山は、ホバーバイク上のスイッチの一つを押した。

 間もなく、警官隊がやって来た。

 高齢者風の男の連れが数人いたが、声も出せず、固まっていた。

 午前8時半。都立足摺工科高等学校。

 登校途中の生徒の中をバイクが走って来た。そのバイクを追ってきたバイクと反対側に警察犬が数匹、走って来て、バイクに吠え、飛びかかった。

 男がバイクから引きずり降ろされ、警察犬の一匹にマウントされると、追ってきたバイクに乗って来た警察官姿の江南が犬笛を吹くと、犬は噛みつきを止め、マウントしたままになった。犬は、福本家に預けられている、伝子の犬ジュンコだった。

 午前8時半。都立本家工科高等学校。

 この学校では、学校祭の為、皆早く登校していた。トラックに乗ってやって来た男達は、校舎に乱入しようとしたが、「そこまでだ!」と言って、拳銃を持った男達にエマージェンシーガールズ姿の田坂と安藤が、少し離れた所から、矢を放った。男達の靴先に刺さった、その矢は、シュータやバトルスティックに使用されている、痺れ薬が塗ってある。

 田坂は、脚のガラケーを振動させた。このガラケーは、通称「大文字システム」が組み込まれたガラケーで、本来は追跡用に使われるが、合図を送ることも出来る。

 午前8時半。都立葛切工科高等学校。

 登校途中の生徒達は、火の付いたダイナマイトを投げつけようとする男達から逃げまくっていた。エマージェンシーガールズ姿の金森は、片っ端からブーメランで火を消し、男達の顔面にブーメランを当てた。EITOで一番のブーメラン使いの金森は、3つのブーメランを自由に使いこなせる。

 EITOガーディアンズ姿の馬場は、そのブーメランを掻い潜りながら、男達にアタックし、背負い投げ、大外刈りなど柔道の技を決めた。金森は長波ホイッスルを吹いた。

 午前8時半。都立不備工科高等学校。

 登校途中の生徒達を探していたエマージェンシーガールズ姿の増田と大町は、生徒達が1人もいないことに気づいた。

 EITOに連絡した増田は意外なことを夏目から耳にした。

「そこは、試験中の為に午後からの登校だ。学校に言って、休校にして貰った。殆どの高校は連絡が間に合わず、休校になっていない。その高校はラッキーだったが、向こうからの返事がのんびりしているから、お前達に連絡出来なかった。一旦、オスプレイに戻り、次の現場に向かってくれ。」「了解しました。」

 午前8時半。都立町中工科高等学校。

 登校中の生徒達に交じって、教師がいた。彼は、勇敢にも、拳銃を持った男達に説諭、交渉をしていた。

「分かったよ。お前は珍しく教育熱心だ。その熱心に免じて、先ず、お前が人質になれ。」

「ハハハハハハ。」高笑いする声が聞こえた。男達が振り向くと、エマージェンシーガールズ姿の馬越と稲森がいた。彼女達は素早く水流ガンで、男達の拳銃を狙い撃ちした。

 男達は拳銃を発砲しようとしたが、グミ状になって発射された水で、男達の拳銃は使い物にならなくなっていた。

「先生、今の内に!!」馬越が叫ぶと、教師は生徒達と校内に逃げた。

 馬越と稲森は、バトルスティックで男達を打ちのめして行った。

 馬越は、長波ホイッスルを吹いた。

 午前8時半。都立大上工科高等学校。

 登校中の生徒達を守る為に駆けつけた、エマージェンシーガールズ姿の越後と葉月。生徒達がいない。

 ここでも、学校祭準備の為、何人かの生徒が既に登校していた。男達は校内に入り込み、放送室を乗っ取ろうとしていた。越後と葉月は、男達にブーメランを投げつけ、校庭におびき出した。待ち構えていた、エマージェンシーガールズ姿の伊知地が消火器で、男達に消火液を浴びせた。生徒達は勇敢にも、倉庫から出してきた、石灰の入ったラインパウダーの石灰を浴びせかけた。

 午前8時半。都立玉虫工科高等学校。

 登校中の生徒を守る為、やって来たエマージェンシーガールズ姿の結城とあかりは、高校生がお互いに殴り合う場面に遭遇し、躊躇した。

 後方からやって来た、男達は2人の後頭部に銃があてがわれた。

 男達に校庭に『連行』された2人は事態を飲み込んだ。教師達の首にナイフがあてがわれていたのだ。生徒達は、教師達を人質に取られて、仕方無く殴り合っていたのだ。

 午前8時半。都立田植工科高等学校。

 登校途中の生徒達を守るべく、到着した、みちると飯星は、校門に「臨時休校」のパネルがあるのを発見した。

 みちるは、EITOに連絡をした。夏目が出て、「鈴木先生の知り合いが校長をしている学校らしい。休校措置を執った、と折り返しの連絡をしてくれた。それより今、都立玉虫工科高等学校に行った、結城と新町から『危険信号』が送られて来た。正副のDDバッジが同時に押されたんだ。すぐにオスプレイで行ってくれ。他の『手空き』の者も向かわせる。」「了解しました。」

 遡って、午前8時。歌舞伎役者の柴田洋之助の家。

 従兄の浦野助から電話がかかって来ていた。「襲名披露をですか。前代未聞じゃないですか。今更・・・しかし、にいさん。」電話はすぐに切れた。

 マネージャーの南出が、心配そうに尋ねた。

「何ですかねえ、早朝に。」「襲名披露を中止しろ、てさ。例のダークレインボーとかいうマフィアの組織が挑戦メッセージの中で『改名』という言葉を使ったらしい。襲名と改名は違いますって言ったんだけどね。相手は那珂国人だ。意地とお客とどっちが大事だ、と叱られたよ。」「浦野助さんは、確かEITOって組織に助けられたんですよね。」

「うん。会社からも中止を打診された。役者とお客だけは、来ないように手配するしかないな。」「え?洋之助さんは?」「私は、舞台で死ねれば本望だよ。」

 午前10時。都立玉虫工科高等学校近くの公園。

 オスプレイが2台駐まっている。

 橋爪警部補が、エマージェンシーガールズを高校に案内しながら、言った。

「今、柴田管理官が交渉に当たっています。」「人質解放条件は?」と増田が尋ねると、EITOの指揮官の命だと言っています。」と、愛宕が応えた。

「私が行くわ。隊長に一番背が近いのは私だから。いいでしょ、隊長補佐。」と、飯星が言った。

「敵が、レッドサマーが、今までの我々の情報をどれだけ把握しているか分からないからね。我々3人がフォローアップすることにしましょう。」と、結城が言った。

「愛宕さん、本部に連絡を願います。」と、言い残し、校門に近づいた。

 増田、あかり、結城は裏門に回った。

 飯星は、柴田に耳打ちし、校門(正門)に入って行った。

 午前10時。新国立劇場。オペラ劇場。

 渋谷区に建てられた新国立劇場には、3つの劇場がある。オペラ劇場、中劇場、小劇場である。今日の公演は全て順延となった。洋之助が羊羹に『襲名』する予定の公演は、オペラ劇場で行われる予定だった。

 オペラ劇場は、四面舞台で、特殊な造りだ。そのため、通常の公演は行われない。歌舞伎の公演は、通常の公演なら中劇場だが、洋之助達若手の『実験的』芝居はオペラ劇場で行われていた。今回はゲームを原作とした舞台で、洋之助も張り切っていた。

 オペラ劇場の照明室に明かりが点いた。

 オペラ劇場照明室。

 DDメンバーと、天童、そして、劇場支配人新倉が入って来た。

「天童さん、泊さん、根津さん、ありがとうございました。」DDメンバーを代表して、物部が言った。

「いやいや、中津興信所のお二人がいなかったら、危ない所でしたな。連中は、舞台に向かったようですな。」と、天童は、取り上げたスマホを見せて言った。

 天童達は、舞台以外に潜んでいた敵を倒してきたのだ。

「副部長、間に合って良かった。最近先輩から『お呼び』がないから、お邪魔虫かと思ってました。」「余裕だな、福本。松下君、本田君、豊田君。よろしく頼むよ。渡さん、準備は?」と、物部は通信用ガラケーに向かって言った。「オッケーです。」と返事が返ってきた。

 午前10時半。オペラ劇場。舞台。果たして、200人の武装した男達が現れた。

 ブーン、ブーン、ブーンという音を男達は聞いた。

 ドローンだ。数台のドローンだ。シャッフルドローンと名付けたドローンを客席の、死角になる所から操縦しているのは、渡と筒井だ。

 ドローンは縦横無尽に飛び回り、男達の銃火器、即ち拳銃や機関銃を狙った。

 身構えた男達に、今度はブーメランが飛び交った。

 舞台上の証明はブラックアウトし、幾つものライトが点いては消え、消えては点いた。

 福本達4人は、証明のスイッチャーとしてやって来たのだ。

 いつの間にか、男達の銃火器は半減していた。舞台に舞い降りた、3人のエマージェンシーガールズは、残りの銃火器をペッパーガンでこしょう弾を撃つことで対処した。

 ペッパーガンとは、胡椒等の調味料を丸薬にしたものを撃つ銃である。顔面に撃つと、四散した後、鼻孔を激しく刺激し、くしゃみをしたり、目も刺激されたりして、戦闘困難になりやすい。ペッパーガンを使った理由は、戦闘困難の為だけではない。もう一つの理由は、後の掃除がしやすいからである。

 そして、3人のエマージェンシーガールズは、バトルスティックで敵を倒して行った。

 午前10時半。都立玉虫工科高等学校。

 一団のリーダーらしき男が言った。

「お前が、隊長の大文字伝子か?」「違って、どうする?」「お前、生きていたのか?」「お前、視力は幾らだ?いいメガネ屋を紹介してやろうか?『大税メガネ』も置いてるぞ。」

「てめえ。舐めやがって。」と、リーダーは飯星に手をかけようとした。飯星は『延髄切り』をお見舞いした。部下達が動こうとしたその時、シュータが跳んできた。あかりは腕を上げ、10個のシュータを一度に投げる事が出来るようになった。シュータの先端には、痺れ薬が塗ってある。男達は、足の指先が麻痺して動けなくなった。

 そこに、結城と増田がブーメランを投げ続けた。

 男達が膝を折った時、先生の合図で生徒達は校舎に逃げた。

 それを見届けた、結城が柴田管理官に合図を送り、警官隊が逮捕連行にやって来た。

 午前11時半。新国立劇場。

 3人のエマージェンシーガールズはまだ闘っていた。伝子、なぎさ、あつこである。

 各校から移動してきたエマージェンシーガールズが加勢に入った。

 正午。闘いは終った。なぎさは、長波ホイッスルを吹いた。

 午後1時。オペラ劇場楽屋。

 利根川と洋之助、それとマネージャーの南出がいた。

 伝子達が訪れると、洋之助と南出は土下座をし、深々と頭を下げた。

「いいものを観させて頂きました。春の公演の参考にさせて頂きます。」と、洋之助が礼を言った。

「いいえ。仕事ですから。それから、利根川さん。毎度お世話になります。」

「いやいや。間に合って良かったですよ。私は、EITOに任せておけば、大丈夫と、お口添えしただぇですし。」と利根川が笑った。

「午後の公演は、改めて上演し、今日の観劇料は無料または差し戻しに致します。」と南出が言った。

 午後1時。千葉県柏市。東京大学大気海洋研究所。

 山城、井関五郎が久保田警部補と共に、来ていた。準備室に座っていたが、久保田警部補のスマホが鳴動した。「うん。うん。そう。了解。」

 電話を切った久保田は言った。「引き上げてもいい、って。」久保田は、警察官に指示する為に出て行った。

 セミナーは午後1時半から。この研究所所有の調査船が『かいめい』。それで、3人と、地元警察の警察官が派遣されていた。

「僕たち、何か役に立ったかなあ。」とぼやく井関に、山城が言った。

「役に立ったよ、アリバイ作りに。」「アリバイ?」「うん。先輩は、コンマ以下のパーセンテージだと思った。でも、誰も配置しないと、記者会見の時に突っ込む記者がいないとも限らないと考えたんだと思う。政治的なことは嫌い先輩だけど、理事官がイジメに遭うからね。」「ふうん。優しいんだなあ、隊長。でも、何で山城さんは分かったんですか?」「南原さんは塾のテスト、服部君はレコーディング。依田さんは、宴会が混んでいる。比較的自由になれる人間で、福本さんは演劇人だから、劇場に、僕と井関さんは、特に理由はないかも。いや、井関さんは、爆発物の専門家じゃないの?久保田警部補は、警察官だから。まあ・・・深く考えなくてもいいんじゃない?で、どうするの?セミナー。」「折角だから、受けてから帰ります。」

「右に同じ。ああ。『3人目の大文字伝子』さんは、婚約者との婚姻届を先に出したらしい。我らの大文字さんと間違えて狙われていたこの可能性はあったが、ゼロになった。」と、久保田警部補が2人の会話に割り込んだ。

「レッドサマーも、初戦から黒星だ。悔しいだろうな。」3人は笑った。

 ―完―

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