第2話 目覚めて思ったこと


 ――ユウキは、青空の下で目を覚ました。仰向けに寝転がって、空を見上げている。

 最初、ユウキ少年は自分に見ているモノが何なのか、よくわかっていなかった。


「天井……きれいな青色に塗ってくれたのかな……」


 ぼんやりとつぶやく。

 天宮ユウキは、生まれてからこの方、青空を真下から見上げたことがなかったのである。

 千切れ雲がゆっくりと青空を泳いでいる。風の感触や梢の音が心地良い。空を見上げたままうとうとしてきたユウキは、そのままもう一度目を閉じた。


 ――そして、すぐに飛び起きる。


「あれ? あれ? 僕は、どうして」


 確か、死んでしまったはず。

 これは夢?


「でも、死んじゃったときのことは覚え……てる……し……」


 独り言をつぶやきながら、口元に両手をやる。

 そして今度は喉へ。

 さらに両腕やお腹、足を触る。


 呼吸器を付けてない。

 点滴もない。

 血が滞らないように足に付けていた器具もない。

 服は入院着ではなく、温かい長袖の服に長ズボン。これまで数回しか身につけたことのない、普通の衣服だ。


 ユウキは手のひらを見た。骨と皮ばかりの細く真っ白だった手が、年相応にふっくらと肉が付いて、健康そのものの血色を取り戻していた。何度か握って、開く。自分の思い通りに動いた。

 ドキドキしながら、自分の頬をつまむ。ぐいっと力を入れると、緩やかな痛みが広がった。

 薬の痛みや手術後の痛みとはぜんぜん違う、涙が出るほど優しい痛み。


「夢、じゃないんだ」


 ユウキはごくりと唾を飲み込んだ。

 膝に手を突き、ゆっくりと立ち上がる。

 ふらつくことは一切なかった。両脚は、力強く身体を支えてくれる。


 二本の足でしっかりと立ち上がった瞬間、少し強めの風がぶわっと吹き抜けた。殺菌された空気とはぜんぜん違う、濃い緑の匂いを含んだ空気を胸一杯に吸い込む。

 そしてもう一度、空を見上げた。

 優しげな目を細める。柔らかい黒髪を風にたなびかせる。10歳らしい可愛さと同時に、男の子の凜々しさも兼ね備えた顔に、微笑みが浮かぶ。


 自由に呼吸する。自由に喋る。自由に立ち上がり、自由に笑う。

 これまでできなかったことができるようになった感動で、ユウキはブルブルと震えた。


「夢じゃ、ないんだー!」


 両手を突き上げて喜んだ。

 そうしてしばらく辺りを駆け回っていたユウキは、ふと、我に返った。


 でも、だとしたら……ここはどこ?


 改めて、辺りを見回す。

 周囲には森が広がっていた。ユウキがいるのは、そこにぽっかりとあいた広場の真ん中だ。

 もちろん、病院周辺とはまったく違う。

 人の気配はない。

 ここがどこか、どこに行けばいいのかもわからない。


 ユウキは、自分の頬に右手を当てた。手のひらの温かさで、血が通っているのがわかる。


「うん」


 ひとつうなずく。


「なんかなるよ。生きてるだけで、もうじゅうぶんだし」


 心の底から言う。

 ユウキ少年にとって、生前はあまりにもつらすぎた。それがかえって、彼に普通の10歳児にはない鋼のメンタルをもたらしていたのだ。

 つまり――『生きているだけで儲けもの』である。


 もうちょっと探検しようかなと、むしろワクワクしながら辺りを見回すユウキ。

 そこへ――。


『ああっ、良かった。目が覚めたのですね』


 これまで聞いたことのないような綺麗な声で、ユウキは呼びかけられた。


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