第45話 桜の精霊

「それで裏も取れました。絵梨ちゃんは桜姫か…、そうでしたか」


 佳太は満足そうに微笑んだ。


「何か発見につながりましたか?」

「大いに。周防さんの仰ることはご尤もなんですよ。弟さんが意志を継ぐって充分考えられる。でも弟さんは芸大卒業で、テーブルの裏にだまし絵を描いたそうで、調べてみたら絵画教室の先生だったんですよ」


 あれ。1卓の裏に絵を描いたの、三咲ちゃんだけじゃなかったんだ。合作だったのかな。


「それのどこが面妖なんです?」

「絵画教室の先生が城址公園で植栽管理しますかね。まあ人それぞれではありますが、何だか僕には一本の筋が通っている気がするんです」

「筋?」


 佳太は厳かな顔をする。


「城址公園のオオシマザクラの精霊が現れて、喫茶さくら丸の桜の木を救い、蘇らせようとした。その精霊は城先生の化身であり、桜姫を救うためにこの世に現れた」


 カンナは吹き出した。


「ごっ、ごめんなさい。でも、何ですかそれ。桜の精霊? 老先生が? 似合わなーい。普通はキュートな女の子でしょ? オカルトじゃなくてコメディですよ、それ」


 佳太は照れて赤くなる。


「ご、ご尤もです。笑われる気持ちも良く判る。似合わないです、桜の精霊と老人の双子兄弟なんて。でもね、そう考えると何かと辻褄つじつまが合うんですよ。城先生が精霊になったと考えれば。きっと桜姫である絵梨ちゃんの想いが桜ルートで城先生に届いたのですよ。勿論、弟さんが演じていたって言うのも否定は出来ないですけど、断定も出来ない。もはや本人に聞くことも出来ない」

「うーん。先生が死して木に宿ったって言うのは、本人的には理想かもですけどね。草木になりたがってたし」


 カンナはレモンティーの中のレモンをスプーンでチョンチョンと触って掻き混ぜる。佳太も気持ちを静めるように、カンナを見つめながら同じようにレモンティーを掻き混ぜた。


「もう一つ。弟さんが植栽管理者だったと言うのが疑わしいのは、喫茶さくら丸の接ぎ木は、1本はその城先生がやったらしいんですけど、最近のもう一本は絵梨ちゃんがやったんですね。桜姫ならお手の物かも知れないですけどね。で、その時に吉祥さんが中吉さんの形見として持って来た植栽の手入れ道具を使ったそうなんですが、その中の癒合剤ゆごうざいが、実はアクリル絵具だったって。三咲は美術部なんで、『あんなの使えるの?』って後から僕に聞いて来て発覚したんです」


「絵具? ですか」

「まあ、アクリル絵具も使えなくはないんですけど、普通の植栽管理者は使わないです。きっと手持ちの中で近しいものを見繕って持っていたんだろうと思うわけで、やはり絵画教室の先生が、お兄さんである桜の精霊に操られていたんですよ。中吉さんの証言通り」

「ふうん。ロマンチックなような、そうでもないような」


 カンナの不思議そうな顔を満足げに見やっていた佳太が、目の前のティーカップを覗き込んで目を丸くした。


「あれ? これって、入ってましたっけ?」


 カンナも自分のティーカップを覗き込む。


「うわ、さっきは無かったと思うけど…」


 二つのカップの紅茶には、白とピンクの桜の花びらが数枚浮かんでいた。


「喫茶さくらの看板メニュー?」

「ですよね… え? まじ? やっぱ、精霊出現?」


 佳太とカンナはぐるりとフロア天井を見渡す。


 そこには宙に浮かんだ双子の老人が並んで舌を出して… いる筈もなく、ただ平日午前のざわめきだけが響いていた。


 佳太とカンナは身じろぎもせず見つめ合った。


+++


 二人のテーブルから少し離れたサービスカウンターでは、新任のアラカンパートがそれを見てほくそえんでいた。


「レモンの裏までは二人とも気付かなかったでしょうよ…」


 悪戯好きの双子兄弟の妹が、その教えを受けた悪戯娘に育つのは想像に難くない。しかし、ティーカップに浮かんだ花びらたちが、後に佳太の妄想通り、二人を双幹樹のように導くきっかけになろうとは、さすがの千枝も思いもしなかった。桜の花びらは、よく見るとハート型なのである。きっと、兄たる双子の老人が、恋が芽生えて実るタイミングもお見通しの上で、千枝をそそのかしたに違いない。


 桜の精霊の悪戯は、案外と奥が深いものである。



『 〽 およそ心なき草木も 花実の折は忘れめや    謡曲 西行桜より』



                           【おわり】


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