第40話 花咲じじい

 三咲が突然叫んだ。


「絵梨! あたしたちも行こう! あの木の下に!」


 絵梨は我に返った。そ、そうだ。弟さんの、いや、城先生の無事を祈るのはあそこしかない。二人も慌てて飛び出した。


+++


 陽は落ちつつある。


 絵梨と三咲は海高のベンチに座り、時々、裏門を振り返った。


「先生、来ないね」

「うん。流石に、今回は、来れないよ…」


 昼過ぎには今と同じようにここに腰掛けて、中吉さん、いや城先生と喋っていたのだ。嘘のような数時間。


「三咲、なんか桜の花、増えてない?」

「そう言えば…昼間は咲き始めって思ったよね」

「そうか…」


 絵梨は思い出した。


「中吉さん、桜の木に願をかけたんじゃない? 1卓の裏の絵みたいに」

「そっか。それで一気に咲いたんだ。まるで花咲じじいだよね」


 三咲は何気なにげに口に出す。確かに花咲じじい…、絵梨もそれを認めた。


 その時、絵梨のスマホに着信が入った。千枝の番号が表示されている。


「は、はい。はい、はい…」


 絵梨の声は次第に小さくなる。三咲は絵梨の肩をそっと抱いた。こんなこと、以前にもあったな。絵梨は心のどこかでそれを意識する。そう、あれは朝から教室を飛び出して、あの桜の木の下で泣いた時だ。


 千枝との通話が終わる。三咲の指に力が入る。絵梨はただ首を横に振った。


「そう…」


 三咲にも会話の内容は十分に伝わっている。


 絵梨はオオシマザクラを見つめた。大好きだったお兄さんが命懸けで守って桜を、中吉さんは最期に花咲かせた。


『お疲れさまでした』


 普段使うこともない言葉が自然に沸き上がった。


 一瞬のつむじ風に舞い、白い花びらたちが、天に向かって花道を作った。


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