第39話 コール
スツールに座った千枝はコーヒーを一口飲んで、語り始めた。
「中吉兄さんにとって、大吉兄さんは憧れの人だったのよ。絵梨ちゃんの推理通り、ヒーローだったの。同じ顔して同じ声をしてるのに変なんだけどね。大吉兄さんは頭が良くて、大学行って先生になった。中吉兄さんは勉強では敵わないから、ひたすら絵を描いて芸大に行ったわ。中吉兄さんはいつも大吉兄さんの役に立てないかって考えていて、大吉兄さんが熱を出して寝込んだ時に、代わりに大学行って授業受けたりしてたわ。内容は判らないから出席取ったらすぐに逃げ出したって言ってたけど。私は歳が離れていたから、二人には可愛がってもらった。楽しかったな」
千枝は二人を見て微笑む。
「歳を取ってからは、不思議なことに大吉兄さんは白髪になったけど、中吉兄さんは黒々したままでね、いつも『お前は苦労が足りないからだ』って言われてた。ところが数年前に、大吉兄さんが亡くなった時、中吉兄さんは哀しみ過ぎて、一晩で髪が灰色になっちゃったのよ。半分、大吉兄さんが乗り移ったのかと思ったわ」
「それで、グレイだったんですか…」
三咲が呟く。絵梨は考えた。いや、実は本当に半分乗り移ってたんじゃないのか。一度否定したオカルトな現象が真実味を帯びて来る。千枝はテキストを拡げた。
「ま、中吉兄さんはまだ元気だからさ、あなたたちを一発嵌めてやろうって茶目っ気出したんじゃない? 昔から二人とも悪戯は大好きだったから。時々大吉兄さんと中吉兄さんが入れ替わって、私も散々騙されたわよ」
千枝のトートバックの中からスマホの着信音が響く。
「ちょっとごめんね。 はい、吉祥です。‥‥ え?」
千枝は立ち上がった。
「はい、そうです。は、はい… え? … はい、判りました…。すぐに行きます。えっと海辺総合病院、ICUですね」
スマホを切った千枝は二人を振り返った。
「ごめんね、ちょっと行くわ。噂をすれば…だから」
「はい? どうしたんですか? ICUって」
バタバタとテキストをトートバックに放り込んで千枝が言った。
「中吉兄さんが救急車で運ばれたんだって。公園で倒れたみたい。家族は私しかいないから来てくれって」
「え!?」
絵梨は立ち竦んだ。さっきまで喋っていた城先生、いや、弟さん。普通に元気だったのに…。
「そうだ、マスター! タクシー呼んでもらっていい? それから絵梨ちゃんの携帯番号、教えて」
「は、はい…」
滋が慌てて電話を掛けている。タクシーを待つ間に、千枝は絵梨のスマホにカラ電話を掛けた。
「これ、私の番号。何か判ったら電話するから」
「は、はい…」
「吉祥さん! タクシー来た!」
表に出ていた滋がドアを開けて千枝を呼ぶ。絵梨と三咲は何も出来ずに立ち尽くし、千枝がバタバタ出てゆくのを凍ったように見ていた。
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