第37話 だまし絵
甘酸っぱく、ちょっぴり苦い想いを胸に、二人は喫茶さくら丸に戻って来た。
「それでさ、なんで1卓を反対から見るの?」
1卓を前に、三咲が絵梨に問う。
「これね、元々が反対向きで入ってたから、私が向きを変えたのよ。昔の落書きを見つけて気がついたの」
「ふんふん。それで?」
「さっき、弟さんが言ってたじゃない。見る向きで色が変わる絵って」
「お?」
「取り敢えずやってみよう。三咲、手伝って」
二人は苦労して1卓を引き出す。
「三咲! そっちから1卓の下に入って、桜の絵を見上げてくれる?」
「ら、じゃあ」
ごそごそと三咲が1卓に潜り込む。そして叫んだ。
「うっわ! 蕾だ! 描いた時に見たまま。なんで? えー?」
「そのままこっちに出て来てさ、こっちからも絵を見てみて」
三咲はごそごそと1卓の下を
「うわ…、まじだ。咲いてる…。え? これって」
「そう。だまし絵よ。そっちから見たら蕾だけどこっちから見たら咲いてるように見える。凄いテクよね」
1卓の下から這い出した三咲は腰を伸ばした。
「これはきっと弟さんのテクだね。流石は芸大だ。ウチの美術部総がかりでも敵わない」
改めて絵梨は1卓に潜り絵を見上げた。城兄弟、1卓の桜にも花を咲かせてくれた。
「三咲、なんだかさ、やられた感満載よね」
「うん。美術部員が見抜けなかったのがとても悔しい。でもね、蕾を描いた時に弟さん、綺麗に咲くように願をかけといたって言ってたんだ。まじだったわ」
絵梨はどこかで舌をペロッと出している双子の老人を思い浮かべた。
+++
「じゃ、謎が解けたところで1卓を戻そう」
二人は力を合わせて1卓を押し込んでカウンターに揃える。そして並んでスツールに腰掛け、丸窓の外を眺めた。
「三咲、私、言い忘れてたことがある」
「ん?」
「あの接ぎ木の桜ね、古い方の切り株に
「うん。城先生の掘り出しものって言ってたね」
「そう。あれって伐採した桜の木と双子なの」
「え? 木が双子?」
「うん。土の中で繋がってたの。その部分はもう埋めちゃったんだけど、双幹樹って言うって、接ぎ木した夜に城先生が教えてくれた」
「先生だけでなく桜も双子…」
絵梨は接ぎ木桜に目を細めた。
「シンクロするよね、桜と城兄弟」
「そうね」
もしかして、あなたは桜の精霊でしたか?
丸窓の向こう、きっと空のどこかで絵梨たちを見守っている城先生に、絵梨は語りかけた。
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