第20話 社労士誕生?

 10月の第1週に社労士の試験結果が発表された。自己採点で合格できそうだと思ったが不安な気持もあり、厚生労働省のホームページで自分の受験番号を確認して、やっと70%の喜びに浸った。筆記試験に合格しても実務経験がない者は社労士になれない。約4カ月間の事務指定講習と面接指導を受けて合否が決まり、合格して初めて社労士になれる。だがここまで辿り着けばゴールは目前だ。

 龍志は真っ先にヒロシに伝え、美由とシンジに知らせた。誰から聞いたのか凛子や三千円からもメッセージが届いた。すぐシンジから携帯が入った。


「やりましたね! 早速ですが父に会ってくれませんか? 五反田で会社をやってます。NTT関連の情報企業ですがまだ社労士は入ってません」

「紹介したい人はお父さんだったのか。シンジの気持ちは嬉しいが無理するな」

「無理なんかしてません。僕は非嫡出子ですが認知されました。現在の父は子供がないので僕が跡継ぎなんですよ。バカたちから殺られて死にかけたときに、初めて父と会いました」

「そのとき初めて会ったのか…… 次期社長か、君にはいつも驚かされるなあ! それで大学の勉強を始めたのか、君が少しわかったよ。だが俺は筆記試験に受かっただけで、これから4カ月間の講習と面接を受けて初めて社労士になれるんだ。そのときでもいいか? 君の気持ちは嬉しいが少し待ってくれないか」

「そうなんですか、すぐなれると思ってました。じゃあこの話はそのときにします。それより聞いてください。僕の店でも大学生ホストを入れましたが、さすがに飲込みが早いです。もう稼動してます」

「ひとつ訊くが、君は大卒の資格を取ったらホストを辞めて、お父さんの会社に入るのか?」

「ホストは辞めるかもしれませんが、違う会社に就職して社会勉強しようと思います。ホストしか知らない僕は父の跡を継げません、会社を潰してしまいそうです」

「そうか、君の気持ちはよくわかった。また電話入れるよ」

 父親と初めて会ったのは瀕死のときだったのか。「現在の父は子供がない」と言ったが、何か事情があるのだろう。ホストしか知らないあいつが、セカンドステージに立つために勉強するのか。俺は今のシンジと同じ歳に家出した。そんな俺と比べるとシンジはしっかりしている。頑張れ、シンジ!


 俺の出勤をおめでとうコールの大合唱が待っていた。

「龍志、おめでとう! 良かったな。資格が取れたら真っ先に長瀬エンターの労務を見てくれとオーナーの伝言だ。おごりだ、未成年以外は飲んでくれ。坊やたちはコーラだ。カンパーイ、いくぞ!」

 乾杯の声がコダマしたパウダールームで、俺は嬉しかったが少し恥ずかしかった。


 携帯が鳴った、三千円だ。

「お兄さん、おめでとう! 継母が店に行くと言ってたよ。ねぇ、お兄さんは恋人いないんでしょ、私と付き合ってよ。お兄さんが好きなんだ」

「悪いけど断る。筆記試験に合格しても講習や面接があるんだ。遊んでる時間はない」

「だったらさ、時間が出来たら付き合ってくれるんでしょ。うん、わかった」

「おい、そうじゃない、ちょっと待て!」

 プツンと切れてしまった。ヤバイなあ、嫌いじゃないが苦手な子だ。その夜、継母の沙奈江が来店した。合格おめでとうと祝杯を重ねながら、

「ねぇ、娘のアンと真面目に交際してくれないかしら。龍志くんなら安心できるわ。あの子が一人前になったら美容室をやらせたいの。アンは龍志くんをよっぽど気に入ったみたいで、お兄さんはどうしてるっていつも聞くのよ。付き合ってあげてよ。ゆくゆくは私の会社も任せるわ」

「先輩、いい話じゃないですか逆玉ですよ、うらやましいなあ」

「沙奈江さまを継いで次期社長ですよ、おめでとうございまーす!」

 ヘルプ・ホストたちが騒いだ。

「身に余るお話ですが、ご辞退させていただきます。やりたいことがありますし……」

「あらどうして、アンが嫌いなの? 私が20歳若かったら龍志くんにプロポーズしてるわよ。ちゃんと考えてね」


 俺が苦戦していると誰か告げたらしく、ヒロキさんが艶やかな笑顔で挨拶に来た。

「ご無沙汰しております。沙奈江さまはいっこうにお変わりなく何よりでございます。今はマネージャーのヒロキです」

「あらあ、珍しい、ヒロキさんもちっとも変わってないわね。どうぞ、座ってくださいな」

「お口に合うかどうか心配ですが日頃の感謝の気持ちを」

 ヒロキさんはシャンパンを出した。気を良くした沙奈江は人を使うコツや経営の基本などを話し始めて、俺はほっとした。


 営業が終わって、龍志はヒロキに頭を下げた。

「オマエも知ってたのか、娘のアンは半年くらい新宿でタチンボしていた子だ。性格は悪くなさそうだが、何をしでかすか見当がつかない子だ。オマエが断る気持はよくわかる。それに沙奈江さんは強引だから、オマエは問答無用の婿養子で振り回されるだけだ、やめた方がいい。何を勘違いしているのか知らんが、金や地位だけで人の心は動かないもんだ」

「タチンボの話は有名なんですか?」

「夜の新宿に長い人間はたいてい知っている。あの子が金持ちの娘だとわかって、みんなが驚いたことがあった。バカ娘がこれ以上オマエにのぼせる前に、ちゃんと恋人がいると言った方がいいぞ。恋人ぐらいいるだろう?」

「いません」

「いないのか? 恋人がいると言ったら会わせろと迫るかも知れないな。もし会いたいと言ったらカミさんを貸してもいいが、腹ボテじゃまずいだろう、話がおかしくなる」

「いませんが、ニセの恋人になってくれそうな人はいます」

「沙奈江さんは言い出したら引かない人だ。ウソでもいいからそのニセモノに話を通した方が安全だ。それからな、別件で相談がある。またアイツらだ。外に貼っているホスト・メニューをムービーにした方が効果的だと言い出した。ミュージックやトークも入れたいそうだ。今どき画像だけでは確かにインパクト不足とは思っていたがな、オマエはどう思う?」

「そうです、大賛成です! 他の店先で見ました」

「オーナーに相談するが、その前に準備や見積もりが必要だ。まったくアイツらは俺をいいように使い倒す!」

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