第7話 俺がモデル?

 マネージャーの谷崎さんから携帯が入った。

「龍志くん、急な用件ですまないが明日の昼間は空いているか、時間を作れるか? 沙奈江さんが君を貸してくれと電話が入った。確か沙奈江さんは本指名だったな。撮影と聞いたが行くか? こういう経験は無駄にはならないぞ、違う業界を見ることも必要だ。どうだ?」


 俺は指定されたビルに入った。巨大ではないが情報インフラに特化したスマートビルのようだ。13階に行くと視界が広がったフロアが俺を迎えた。

「龍志くん、来てくれてありがとう。冬用に売り出す商品の撮影中なの、協力してね。早速で悪いけどシャワーで世俗のアカを落として、その次はメーキャップよ。カメラはスタンバイしてるから急いでくれるかな、わかってくれた?」

 何が何だか理解できない俺を、女たちは無表情で下着まで剥ぎ取って全裸にし、シャワールームに追い込んだ。俺のアレは恐怖に縮んで情けない姿をさらしてしまった。シャワーを使った俺にドアが開き、バスタオルが投げ込まれた。これは何だ? 俺は違う星に拐われた囚人か? 夢か? 夢なら早く覚めろ!

 

「謝るわ。いきなり裸にされて驚いたでしょう。サイズを確認したらメイクで、それからは言われた通りに動いてね。龍志くん、そんな不安な顔はなしよ! 私を信じなさい」

 龍志はバスタオルのままメークされた後、タオルを剥がされてインナーを与えられ、数着の服に着替えさせられた。バラード調のBGMが流れる空間は、シャッター音と沙奈江の声が響くだけだ。俺は沙奈江に指示されるままに上半身を左に捻ったり、屈んだりしたが、沙奈江はタブレットを確認して首を振った。急にBGMはハイテンポに変化した。

「龍志くん、左右に腰を振って歩いて! 両手は腰! そうよ。そこでターン! もう一度!」

 休む間もなく、次のシーンの指示を飛ばした。

「はーい、もっとセクシーな目をして上を向いて。年上の女に媚びる雰囲気よ、龍志くんなら出来る! そう、そうよ。次はシャツを下げて背中を見せる! 左肩を少し下げてそのまま動かないでよ、バックから撮るわよ」

 媚びる雰囲気の次は哀しい目をしろと指示が飛ぶ。どうしたらいいのかわからない俺は緊張でクタクタだった。


「はーい、休憩! 慣れないワークで疲れたでしょ、ランチにしましょう。午後も撮影だからたくさん食べなさい」

「あの~ 社長、質問いいですか?」

「何でもいいわよ」

「この画像をネットにアップするのですか?」

「そうよ、動画もね。コンセプトは“普通の男の日常”なの。説明しなくて悪かったけど、説明すると龍志くんが考え過ぎると思ったの。それよりもウチの会社の服を来た龍志くんがどれだけターゲットの心を掴めるか、楽しみだわ」

「お言葉ですが、僕はプロのモデルのように背は高くないし、あんなに美形ではありません。無理でしょう」

「ああ、そういう心配したの? パリコレなんかのモデルは男は190センチ、女でも170以上かな。でも、そんな人が着た服が自分に似合うと思う人は少ないわ。龍志くんは普通の男より高いけど190はない、イケメンだけど超イケメンじゃないわ。だからね、ネットを見てくれた男は、この服を着ると俺もこんなふうに見えるかな? そう思って購入ボタンをプッシュし、タップするのよ」

「そんなものですか…… 僕にはわかりません」


「この前はヘルプの子に手伝ってもらったけど、彼らはノリノリでダンスして楽しんだのよ。背が低い子がいるでしょ、でもあの子はオシャレに着こなして、けっこう売れたの。男は背が低いと何となくファッションに後向きになってしまう、それを吹き飛ばしてくれたわ。わかるかな? ちょっと見て、これよ」

 パソコンに映し出された動画は、180センチのケンジと160あるかないかのサスケがコラボダンスに興じていた。

「少しだけわかりましたが、彼らのように楽しく動ける自信はないです」

「私が龍志くんをモデルに欲しかったのは、龍志くんにカゲを見たからよ。だから龍志くんに決めたの。この年代の男には自信はいらない、不安で当たり前よ。ファインダーにアイソ笑いやカメラ目線はいらないわ。ありのままの龍志くんでいいの。不安を隠したさりげない、いつもの龍志くんでいいのよ。さあー 行こう!」

 少しだけ普通の自分に戻れた俺は、気を取り直してカメラに向かった。


 午後のワークはさらに過酷だった。上半身を裸にされて細身のパンツのジッパーは半分降ろされ、片足を投げ出して床に座らされた。次のシーンは頭からシャワーを浴びせられ、滴が垂れる髪と濡れたシャツが肌に貼りついたショットだった。

「思ったよりいい体してるのね、シャツが映えるわ。それから、裸の上にコートだけってのはどうかしら」

 沙奈江は満足げに微笑んだ。

「この椅子に反対向いて座って、両足は投げ出す。うーん、誰にも相手にされない寂しさと孤独感が欲しいわ。哀しいことを思い出してみて。そう、それで行こう!」

 俺は画像チェックのモニターを覗いたが、俺じゃない俺が映っていた。

「龍志くん、想像以上よ、良かったわよ、感謝するわ」

 ふーっ、俺はやっと解放された。


 しばらく沙奈江は店に顔を出さなかったが、メールは何度も届いた。

「龍志くん、ありがとう。予想以上にオーダーがあって大忙しよ。今は輸入の交渉や検品で大変なの。悪いけど遊びに行く暇がなくてごめんね」

 龍志には撮影で着用した服の他に、サンローランのスーツが送られて来た。驚いたことに、それはオーダーメードのように全てのサイズがぴったりだった。


 俺はそのサイトは恐ろしくて見る気がしなかったが、美由には教えた。

「兄ちゃん、すごくカッコイイよ! モノクロ画像で濡れた背中を向けたのと、コートを着てゆっくりターンするムービーが最高! 綺麗だったよぉ。つい友だちに自慢してさ、高校の先輩だってウソ言っちゃったけどね。兄ちゃんはあんなことも出来るんだ、びっくりした。そうだ、お父さんが通帳を開いて、『良かった、龍志が生きていた』って泣いてたよ。兄ちゃん、ガンバレ!」

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