大体ウソ、時々ホンネ

dede

第1話


「何してるの?ほら、鍵を渡してそこを退いてよ。私、忙しいんだよ。それに、ほっぽらかされた山田先輩もきっと今頃お冠だと思うよ?

あとさ、何であんなこと公言しちゃってるの?Aカップの女の子が好きなんて。いや、AでもBでもCでもEでも別にいいんだけどさ。周囲がどう思うか考えなよ?」

私はマキを見下ろしながら言った。

マキは音楽室の扉を背もたれにして座り込み、右手の人差し指で王冠をクルクルと回して遊んでいる。左手の中にはこの教室の鍵が握られていた。

「あれ、りっちゃん怒ってる?」

「よく分かったね。鶏冠にきてるわよ」

その言葉を聞いてマキはくすくすと笑う。

「その言い方好きだよね。昔一緒に見たアニメの敵役が言ってたヤツだよね?うーん、トサカ姿のりっちゃんもきっと可愛いだろうな」

まあでも、と言いながら立ち上がる。

私は立ち上がったマキの顔を見上げた。

「トサカがあってもきっと背は俺の方が上だろうね」

「そうかな?ああ、そういえば学校の王子様コンテスト一位、おめでとう」

「ありがとう。見ててくれてた?」

「友達の付き合いでね」

「うん、実はステージの上から見えてた。入り口付近だったよね。ねえ、りっちゃん?」

そう私に呼びかけると爽やかな王子様スマイルで笑いかけながら言った。

「今ならりっちゃんと釣り合いとれてるよね?」

「?……何の話?」

文化祭の午後で学校は騒がしいハズなのに、マキが鍵を閉めてからは外の喧騒が嘘のように遠くに聞こえる。ここだけ切り離されたみたいだった。


学校の王子様コンテストが中央ステージでやっている時、私はその観客席の片隅にいた。本当はこの後やる私たち吹奏楽部の演奏の準備をしなきゃいけないのだが、友達がごねたので折れた。

くだらない催しだなーと思いつつ、それを口にするのは恐いので黙ってステージ上を夢中で観てる友達を見ていた。

ありきたりであってもプログラムは埋めないといけないし、実際楽しんでいる人がいるのだから、下らなくても善い催しなんだろう。

「今年の王子様はマキ君で間違いなさそうだね」

「まだ途中だよ?さっきの姫様だって最後に僅差で山田先輩になったんじゃない」

「ううん、決まりだよ。もう空気作ってるのマキ君だもん」

「へーそうなんだ」

私の気のない返事に友達は不服そうに声を上げた。

「もう、ちゃんと見てる?……まあ、リツはマキ君見慣れてるんだろうけどさ。小学から一緒なんだっけ?」

「そうそう。一緒ってだけだけど」

でも実は家も近所だ。言わないけど。

「小学の頃からあんな王子様だったの?」

「あー、そうだね。顔キレイだったよ。背は小さかったけど」

小さな頃から顔立ちは整っていた。体が小さかったので運動はできなかったけど、優しさの溢れた言動でお姉さん、同級生、年下と年齢問わずに女の子を虜にしてきたのを私は見てきた。

あの頃のマキは見た目本当に可愛いくて天使だった。

まあ、それも中学まで。遅咲きだったマキは二年の頃からメキメキと背が伸びて体躯がよくなり、それに合わせて運動も出来るようになり隙のない王子様のような人間になった。

ところで一方私は早熟だった。小学5年まではクラスで一番背が高かったのだ。ただ、そこが私のピーク。ああ、私の輝かしい実績。

学年が上がるにつれて周囲に背を越されていき、今では身長順に並ぶと前から何番目だって話だ。いやいや、でも先頭じゃないハズ。確認してないけど同じぐらいの子、いたよ同学年に。

マキと話す時はいつも見下ろしていたハズなのに、同じ目線になり、あっという間に見上げる事になったのは衝撃だった。少なくとも中学一年頃はシンパシーを感じていたんだが。一方的にだけど。

私は小学5年から身体的成長がない。なので体については概ねコンプレックスだ。なお、体重の増減については成長として言及しないものとする。

そして仲間だったと思っていたのにあっという間に追い抜いていったマキは嫉妬の対象である。八つ当たりだと分かってるんだけどね?

「可愛かったんだろうなー?その頃のマキ君の写真ってある?」

「んー……卒業アルバムぐらいしかないや。今度うちに来た時ね」

「やったーありがとう」

いや、本当は家のハードディスクの中にマキの映った画像データそこそこあるんだけど、私も映り込んでるから恥ずかしいんだよな。

「あ、結果出た。やっぱりダントツだね」

壇上では頭に王冠を乗せたマキが表彰され、そのまま司会者からの質問に応答していた。

「ッ!マキ君の好きな女性のタイプ!司会者、ナイス質問!」

急に周囲の女性の声が聞こえなくなった。皆が耳を澄ませてる中、無関心だった私は本当に場違いなんだなぁとしみじみ思った。

「は?」

「Aカップ……」

私は呆れ、隣の友人は胸を押さえて絶望していた。ちなみに彼女はCカップだ。

よく見ると一帯の女性が胸に手を当てて絶望したり喜んだりしている、随分カオスな状況が出来上がっていた。

というか、あの男はマイク使って何を喋っているんだ。「まあ、好きになったら好みなんて関係なんてないけどね」なんてフォローを入れていたが、だったら始めから言わなきゃいいのに。

身体的特徴は努力だけではどうにも変えられない。大きくもならないし小さくするのも難しいものらしい。どうにか出来るのは体重ぐらいか?もう何かと諦めてるのでダイエットとかする気も起きないけど。

壇上の袖に控えてた山田先輩も胸に手を当てていた。Eカップぐらいかな?スタイルもいいよなー、ダイエットとかも頑張ってるんだろうなぁ。

「マキ君、山田先輩とやっぱり付き合うのかな?」

「なんで?」

「毎年、王子様と姫様が付き合うこと多いんだって。ベストカップルだけど、あー、私のマキ君がー」

「ふーん」

思えば山田先輩はマキにずっと熱視線を送り続けていた。きっと付き合い始めるのも時間の問題だろう。

「さ、終わった終わった。戻って演奏の準備するよ」

ちなみにこの後一位の王子様と姫様はお披露目で一緒に行動するらしい。二人が山車に乗ってパレードみたいなことをする。その時の演奏を行うのが、私達吹奏楽部だ。



「リツ、ごめん、ちょっとまだ衣装合わせが終わらない!音楽室にみんなのスコア取りに行ってくれない?」

衣装合わせやら楽器なんかの最終チェックをしてたら友達がそんな事を言い出した。

「え?なんで今頃。もう時間ないよ?」

「本当にゴメンよ。でも今動けるのリツだけなの、お願い!」

「ハァ。わかった。すぐ戻るから準備進めててね」

私は友達から音楽室の鍵を受け取ると、駆け足で人込みを掻き分けて音楽室に向かった。

普段と違い、廊下や階段に見慣れないモノが至るところに置かれ、壁にはあれこれポスターが貼られ、生徒に一般入場者の人が溢れかえっている。

平行世界というか非日常というか。同じ場所でもこんなに空気が違うのかと感心する。駆け足で通り過ぎたけど。

やがて音楽室につくと鍵を開けて中に入る。鍵はいつもと通りに入り口わきの鍵かけにひっかっけた。

「お、あった」

教室を見渡すと、隅の机の上に、スコアをまとめた袋が無造作に置かれていた。

私はスコアを回収すべく教室の隅まで移動する。

すると、背後で扉が閉まる音、鍵が掛かる音がした。

振り返る。マキがいた。そして冒頭。



音楽室だけあって遮音性が高い。扉を閉めると途端に静かになったのでお互いの声がよく聞こえた。

「んー?釣り合うとか、そんな話をしたことあったっけ?」

「覚えてない?俺は覚えてる、小学5年の時だったよ」

そういえば、そんな話をしたか?でも、そう、その話をしたのってマキじゃなくてクラスの女子だったハズ。

確か、『マキ君とよく遊んでて仲いいよね?好きなの?』って聞かれて、それに私は『まっさかー。釣り合わないよー』っと笑って答えたと思う。

すると相手の女子はあからさまにホッとした表情をしていた。きっと幼いながら、けん制のつもりだったんだろう。

私も当時から人気者だったマキと親しくして、クラスの女子を敵に回したくなかった。実際釣り合わないし。私が見劣りする。

ただ、その時の会話を聞かれてたとは思わなかった。しかも覚えてたなんて。

「それからだったよね。俺と遊んでくれなくなったの。なかなか話しかけてもくれなくなったし。あの時は悲しかったなぁ」

そう言って泣く演技をしながら微笑んでいる。こいつ、優しいって評判だし、他の女の子と話してる時は優しいのを実際見てたので知ってるんだけど、私と話してる時はちょいちょい意地悪なんだよな。

「高学年にもなって男の子と遊ぶわけないでしょ?それに悲しかったって、ずっと女の子に囲まれてたよね」

「俺はりっちゃんと遊びたかったんだよ。で、今は?」

「釣り合わないよ。私は平凡なの。山田先輩と仲良くしたらいいんじゃない?ちょうどピッタシだよ。じゃ、この話はココでおしまい。鍵返してそこをどいて?」

今度はハッキリと私が劣ると明言した。どうでもいいけど、コイツ、好きとは言わないのな?そっちの方が助かるけど。

言われたらハッキリと断らないといけない。ただ、付き合うのも恐いが断るのも恐い。どちらを選んでも知られたら私の学校生活が脅かされる。

そういう意味では今の状況も非常にマズかった。学校の王子と密室で二人きり。吹奏楽の準備の事もあるが、それ以上に一秒でも早くここを脱出しないと私がヤッカミの的になりかねない。

けれど私の焦りをよそに、マキはリラックスした声で

「りっちゃんが平凡なんて、そんな訳ないじゃん。あと折角だからもっと話そうよ?久しぶりに二人きりで話せてとても嬉しいんだ」

思えばマキは最初からご機嫌だった。私は苛ついてるんだけどね!私の苛つきを察した上で、その反応を楽しんでるってのも更に腹が立つ要因だった。

あと、マキの私への評価が謎に高過ぎる。

ダメだ。このまま話していても埒が明かない。

私は説得を諦めて、ひとまずスコアの入った袋を回収する。そして窓際に寄ると外を眺める。外では大勢の人が変わらず思い思いに歩いていた。なかには走っている人もいた。私もここでのんびり会話してる場合ではないのだ。

それから私は考えながらピアノの前にくる。何となく鍵盤に指を滑らせて鳴らすとポロロロンと、いつも以上に非日常な音がした。

「りっちゃん、何してるの?」

「どうやってココから脱出しようかなって、考えてた」

まあ、正直手段を選ばなければいくつもあるのだけど。

悲鳴をあげる→大事になる。

窓から逃げる→3階なのでちょっと危ない。

奥にマキを呼び出し、その隙にロックを外して外へ→戸締りできない。

そう、結局出て行くのは難しくないのだけど、戸締りできないのが困る。ここにはまだ部員の荷物があるので防犯上開けっ放しにはできない。

「窓からは危ないから止めてよね?」

「しないよ」

「しそうだから言ったんだよ」

しないよ。戸締りできないから。

「ねえ、Aカップの胸が好きなんだ?」

「そうだよ。りっちゃん、胸のサイズは?」

「セクハラ。訴えるよ?」

「ごめんなさい。言わなくていいです」

「Dだよ」

「え?」

「Dだよ」

「え、D?え、それ、Dなのっ!?小さくない!?」

「小さく見えるブラってのがあるんだよ。あーあ。私好みじゃないんだー」

「え、いや?聞き間違いでしょ?俺はずっとDカップ言ってたよ、うん。デェーカップって」

苦しい。そして見苦しい。

でも、ま、そろそろ私も覚悟を決めるか。

「……まあ、好みでも好みじゃなくても、もう、私には関係ないや」

私はマキのそばまで近づく。私のまとっている空気が変わった事にマキは警戒を強めた。

「え、急にどうしたの?」

「あのね、何で私の態度が変わったと思ってる?」

「俺に関心なくなったからじゃないの?」

「違うよ?」

あ、やばい。緊張してきた。声が震える。うまく最後まで言えるだろうか。

「やっかみを買いたくないから……ってのが建前」

当時の私の気持ちを思い出す。伏し目がちになったまま丁寧に言葉を選んでいった。

「あの時の私、自分の気持ちを諦めたんだ。成長が止まった私じゃどんどん可愛くなっていく君の回りの女の子に対抗できないって」

言い訳して、無関心を装って、それでも今でも私は目で追い続けている。見苦しい。

「そんな、俺はりっちゃんの事を」

私は微笑む。

「うん。益々格好よくなって遠くに行っちゃったって思ってたけど。そう言ってくれるのなら、もう一度自分の気持ちに素直になろうと思えたよ」

私は更に半歩マキに近づく。泣きだしそうになるのを堪えながら、私はまーくんの顔を上目遣いで見上げた。

「私ね、ホントはね、ずっと前からまーくんの事が……」

「……りっちゃん」

「スキあり」

「え」

私は素早くマキの左手から鍵を奪い取ると、扉の鍵を解錠し、扉を開け、まだボーっとしているマキを音楽室の外に押し出して私も外に出て、また音楽室に施錠した。

ふーっ、任務完了っと。

「え?え?」

「ほら、行くよ。この後吹奏楽の演奏でパレードやるんだから出て貰わないと困るんだよ」

まだ赤い顔して混乱しているマキの背中を押して進む。

「……今のって演技?」

「そうだよ」

「吹奏楽部じゃなくて演劇部の方が合ってるんじゃない?今の演技を俺に、自然にできる時点でやっぱりりっちゃんは平凡じゃないって」

「そうでもないよ」

顔には出てないだけで、心臓は今でもバックンバックン言ってうるさくてしょうがない。手にはかいてないだけで背中は汗でべっとりだ。

正直、誰にも見られてない二人っきりの環境下で、相手がマキじゃなかったら絶対こんなことしてない!というかこんな事、2度とゴメンだ。したくない。急いでたからこんな手段を使ったけど。

ガソリンを投下したらしいと自覚はあるのでマキが今後グイグイ来る可能性が出てきた。平和な学校生活。ノーモアやっかみ。……自業自得か。私自身が望んで招いた節もあるし。こらえ性がなくて中途半端に口から出ちゃった。

そういえばマキがついたちょっとした嘘を思い出したので確認しとこうと思う。

「ねえ?」

「なに?」

「マキ君、そもそも実は胸より足とかお尻の方に興味あるよね?」

「ふわぁ!?なんでそれを」

「さぁ、なぜでしょう?」

まあ、そんなもん視線で分かるって気づけよって話。

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