決戦 三

「ギャアアァァアァァァアア!」


 断末魔のような叫び声を上げ、八岐大蛇は暴れ出した。八つの頭がそれぞれ好き勝手に動き、火を消そうと試みている。地面に擦り付ける頭、勢いをつけて動かすことで消そうとする頭など。それでも青い炎は消えず、八岐大蛇を苦しめる。

 頭や身体が燃え、千早どころではなくなったのだろう。身体に巻き付いていた首も取れ、千早は地面に降り立った。


≪千早、大丈夫か≫

「だ、大丈夫です。それよりも、これは玉藻さんが?」


 青い炎が消えない限り、焼けたところから再生し、再生したところはまた焼けていく。地獄のような繰り返しだ。


「アァァアアアツイ! イブキィ!」


 伊吹の名を呼ぶ八岐大蛇だが、彼は地面に座り込み顔を俯けたまま動こうとしない。それに腹を立てたのか、燃えた状態の頭が一つ伊吹に迫った。千早は伊吹の元へ走っていき、彼の前に立って天羽々斬を構える。大きく振り上げ、近付いてきたところに振り下ろすと、斬撃で頭を身体がある場所まで押し戻した。

 何とか立たせようと伊吹の片腕を持つが、だらりと力を抜いており、立ち上がろうとしない。傍にしゃがみ込み、両肩を揺らして呼びかける。


「伊吹さん!」

「何でだ。何でわからないんだ。俺と千早は同じだろ。何で、何で。俺達は、悲しい存在なんだ。可哀想なんだ。俺は間違ってない、間違ってない」


 千早に気が付いているのかいないのか、伊吹はうつろな目をしながら小さな声で呟き続けている。


≪千早! 来るぞ!≫


 八岐大蛇を見ると、やけくそになったのか八つの頭が一斉に攻撃を仕掛けてきた。このままでは伊吹にも当たってしまう。立ち上がると、伊吹の腕を引っ張って強引にその場から動かす。

 何とか引き摺れるものの、これでは間に合わない。そのとき、パリン、と割れる音が聞こえた。千早の近くでガラス瓶が割れている。割れた瓶からは透明の液体が流れ、地面を濡らしていた。


「千早チャン、ちょっと下がって!」


 どこからか聞こえる玉藻の声に従い、千早は後ろへ下がる。次の瞬間、地面から青い炎が拡がった。


「これで時間はほんの少しやけど稼げるから、今のうちに!」

「……っ、ありがとうございます、玉藻さん!」


 青い炎の壁が八岐大蛇の進行の邪魔をするため、怒りの咆哮が響いた。ビリビリと空気が震える中、千早は伊吹を引き摺っていく。伊吹が小さな声で何かを言っているようだが、八岐大蛇の声でかき消され、まったく耳に入ってこない。

 気にはしつつも引き摺り続け、辛うじて残っていた木の近くまでやってきた。八岐大蛇からは見えないようにと後ろに回り、伊吹を凭れさせる。すぐに離れようとしたが、僅かに動く口に何を呟いているのかと膝を地面につけて耳を近づけた。


「間違ってない。間違ってない。そうじゃないと、俺は、どうすればいいんだ」


 鬼となり、両親を喰った。周りの者も多数喰った。挙げ句の果てには、妹である伊織も鬼にしようとした。恨みを晴らすために、スサノオの血を絶やすために。それが正しいと信じて。


「……もっと、話せばよかったですね。わたしと、伊吹さん」


 そう言って千早は伊吹から離れ、立ち上がる。力無く木に凭れかかる伊吹は、うつろな目を千早に向けた。


「お恥ずかしい話ですが、今になって話せばよかったと気付くことが多いです。伊吹さんともそうです、話していれば何かが変わっていたかもしれない」


 後悔しても、もう遅いが。

 それでも、まだやれることはある。


「生きてください。生きて、償っていきましょう」


 目を見開く伊吹に一礼すると、千早は元の場所へと向かった。

 走りながら、天羽々斬に力を込める。刀身が光を纏っていき、力を込めれば込めるほどそれは大きくなっていく。

 青い炎の壁が見えてきたとき、千早は玉藻に呼びかけた。


「玉藻さん! 炎を解いてください!」


 わかった、という返事と共に、青い炎の壁が消えていく。すぐさま八岐大蛇が攻撃を仕掛けてくるが、千早も負けじと天羽々斬を振るう。

 日本刀のような刀剣だったものは、光で大剣のような大きさにまでなっており、それを一気に放った。その光を喰らおうとしているかのように、八つの頭が大きな口を開けて食らいつく。

 やがて、バシュ、と音を立て、光は消えた。力比べに負けたようだ。


「……玉藻さん、まだいけますか」

「いけるで。もちろんや」


 酒の残りも心配だが、玉藻と協力しながら身体に近付き、心臓を探す。

 千早は天羽々斬を構え、真っ直ぐに八岐大蛇を見た。



 * * *



 千早の背を見送り、伊吹は頭を木に当てた。

 同じ金色の瞳を持つ者同士、考えていること、胸に抱いていることは同じだと思っていた。

 それがどうだ。まったく違った。千早は、自分を悲しい存在だとは思っていなかった。

 何故だ。あんなに蔑まれ、嘲笑われ。伊吹からは暴力もあったのに。

 わからない。自分ならきっと、と思ったところで、はたと気付いた。

 これは、思い込みだ。自分がこう思っている、こう思うのだから、千早も同じだろう、と。


「話せばよかった、か」


 千早が「話せばよかった」と言っていたことを、やっと理解できた。

 何かが変わっていたかもしれない。何も変わっていなかったかもしれない。それは話さなければわからないことだが、今となってはどうすることもできない。

 千早に教えられるとは。ふう、と息を吐き出すと、額に生えている二本の角を邪魔だと言わんばかりに折った。

 痛みが走るが、唇を噛んで堪え、よろけながらもその場で立ち上がる。折った角はその場で投げ捨て、ふらふらと歩き出した。


「……あの辺だったか」


 何をすれば償うことに繋がるのかはわからないが、今は自分ができることを。

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