15.
◇レイフ視点◇
「一旦、家に戻りたいんだが」
「そんな暇は無いわ。ただでさえ良い任務は強い派閥に属している者が優先的に持っていくのよ。横取りされる前に受注だけは決めておきましょう」
そう言いながらライラは受付中の任務が張り出されている掲示板へ急ぐ。目指すは大広間の東口傍だ。
写した資料を見られないよう、慎重に鞄を締め直す。
「強い派閥が高い報奨金や、騎士団への忠義や貢献を喧伝させるような案件を横取りしていくの。明文化されたルールではないけれど、慣習というやつね。掲示板に張り出されている段階で既に上澄みは奪われているから、派閥に属さない私達は残った案件から一番有能をアピールできる案件を探さなくちゃいけない。それが上手くいけば騎士団長やその他上級騎士から特命で有益な任務が舞い降りてくるわ」
それも知らなかった。皆そんな話をどこで知るのだろうか。騎士団に入ってから二日目。村では感じたことのない人付き合いの重要さを痛感する。本当はカタリーナやヨハンナばあちゃんがずっと俺を繋ぎとめてくれていたのだ。そんなことに、今更になって気づく。
一方でルーナの事は絶対に知られてはならない。交友関係を広さと相関するようにそのリスクは上昇する。
どのみち俺は友人の作り方など忘れてしまった。俺はこの不便さと一生付き合うしかないのだろう。
「着いたわ」
目の前に広がるのは夥しいほどの注文書の数。これらは王都周辺だけではなく、各地方騎士団の支部で解決しきれない案件も転送されてくる。中央騎士団が最後の砦なのだろう。
「この中から選びましょう。国民の声だから掲載はするけれど、護衛や採集のような穏便で、中央の価値を理解していない一部民間からの任務じゃ駄目。私たちは騎士中の騎士を目指すのだから、地方騎士団が音を上げて中央へ首を垂れざるを得ない程に強力な
「了解」
歩き出そうとした瞬間。後ろから声を掛けられる。
「ライラ様。これから出発ですか!」
振り向くと髪は栗色、細身で背の高い男がライラに話しかける。まるで愛犬かのように己の愛を懸命にアピールしている。
誰だろう?
ライラの知り合いなのだろうか。
「……いえ。これから任務を選ぶところよ」
「選ぶ!? ライラ様は梟の騎士隊の任務へ同行しないのですか?」
「私にはレイフさんという補佐がいるの。忙しいのでこれで」
……レイフさん?
そんな呼び方は最初に回廊で声を掛けられた時だけだ。
しかも補佐ってなんだ?
俺たちは五分のバディじゃないのか?
その瞳に宿る冷気は正に氷の女王のそれ。やはり彼女の心情は掴み切れない。女王はお構いなしに任務の選別へ向かっていった。
「ライラ様ー! 次は俺と任務に行きましょうねー!」
女王の背中へ声を投げるも反応は無く、男の愛は空しく大広間に散っていく。
「おい!」
栗色の男は踵を返してこちらに向かってきた。嫌な予感しかしない。
「お前! どういうことだよ! なんでライラ様と任務に行けるんだよ! まさか二人か!? 二人なのか!?」
男は必死に俺の肩を掴む。
「どうやったんだ!? ライラ様は昨日の懇親会ですら一瞬顔を出しただけなのに! マテウスだって振られたんだぞ!?」
一つだけ確かなことがある。こういう人間に関わってはいけない。
「誰だか知らないがあんたには関係ない。じゃあな」
振り切ろうとしてもその栗色は必死に付いて来る。
「知らないってお前! 叙任式で一緒だったじゃないか。ボリスだよ! 俺たちは同期だぜ!?」
知らなかった。だが興味は無い。
「待て! 待ってくれ! 話を訊いてくれ! 同志よ。お前も氷の近衛兵なんだろ?」
「氷の近衛兵? 何だそれ」
足を止めず振り向かずに訊き返す。
「そりゃあライラ様のファンの集いだよ。人付き合いが苦手で勘違いされやすいライラ様をお守りするのが俺たちの仕事だ」
あいつにファンなんていたのか。
まあ、確かに顔は美人だからな。
……いや、そんなことより、俺をその変な集団の同類と思われては困る。訂正が必要だ。足を止めて振り返る。
「全然違う。俺たちは利害が一致しているだけだ」
バディという言葉は憚れた。回廊での約束は俺の勘違いだったのだろうか。しかしボリスは悟ったような顔で同意してくる。
「分かる。分かるぞ。同志よ。認めるのが恥ずかしいんだな。俺も最初はそうだった」
は?
なにやら栗色男は物事を自分に都合の良いように解釈するタイプのようだ。
「氷の近衛兵に入るということは、自分がマゾ豚と認めるに等しい。でもな、同志よ。俺たちは敵じゃない」
栗色男は迷いのない純真な瞳を向けながら両の肩に手を置いてくる。
「違うって言ってんだろうが! 俺はマゾじゃない」
ボリスの両手を払いのける。全く等しくない。どんな拡大解釈だ。
「じゃあなんだ!? おっぱいか!? あのおっぱいに釣られたのか!?」
「違う!」
笑顔だよ!
と言いかけて止めた。危ない。俺は彼女の容姿で釣られた訳じゃない。
「良いんだ。どちらにしても恥ずかしいことじゃない。素直になるには時間が掛かるだろう。俺たちは待ってるぞ」
……こういう人間に何を言っても無駄だ。口の軽そうな栗色男が俺の誤った性癖を広めないことを祈るばかり。こいつは本当に中央騎士団に初期配属された精鋭なのか?
「しかし同志とライラ様は派閥に入らないのか? それでは色々と不便だろう?」
「それは承知の上だ」
引き換えに俺たちはスピードを手に入れる。両立は出来ない。
「よし分かった。俺が隼の騎士隊に入れた暁には同志にも情報を流してやろう。実は昨日の懇親会でマルティナ派の中核と懇意になったんだ。そして明後日の出撃に同行させてもらえることになってな。上手くいけば俺も隼の騎士隊へ入隊出来るかもしれない!」
栗色の男は得意げだ。
「それはありがたいが……何のために?」
「? だってそうじゃないと同志も困るだろ?」
当たり前だろといった表情。
……良いやつなんだろうな。きっと。
騎士団にもこういうやつがいたんだな。
「そ、その代わりといっては何だが、今度ライラ様と話す場を設けてくれないか? 同志よ」
「はは。それが目的か」
思わず笑い出してしまう。欲望に忠実な男だ。
「俺にそんな力は無いよ。自分で頑張ってくれ」
「そこを何とか! 頼むよ!」
「……善処する」
絶対無理だ。俺のお願いを聞いてくれる人間ではないだろう。
「ありがとう! 同志よ!」
「同志じゃない」
「良し! そうと決まれば何が何でも隼の騎士隊に入らなくてわ。俺は鍛錬場に行ってくる! じゃあな同志よ!」
そう言ってボリスは意気揚々と走り去っていった。
まあ悪いやつでは無いのだろう。走り去る栗色を見送る。
七年前のあの日以来、初めて友人と呼べる人が出来たかもしれない。
……本当に変なことを言いふらさないでくれよ?
「ちゃんと探すか。あまり待たせると女王様がご立腹だ」
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