カレン ~episode 17~

 私は人気のない廊下を行ったり来たりしながら颯真が来るのを待った。

『話がある』とメッセージで颯真を呼び出したのだ。

「お待たせ。」

颯真の声が聞こえて、私の鼓動が速くなる。

「ううん」

振り返ると、いつも通りの笑顔をこちらに向けていて、私は胸が苦しくなった。どれだけ頑張ってこの笑顔を作っているんだろう。本来なら『あの子』に向けるはずだったその笑顔を。

「なんかあった?」

私の深刻そうな表情を見て、颯真が顔を曇らせた。心配そうに私の顔を覗き込む。優しくしないでほしいのに。

「あのね」

色々台詞を考えていたけど、全て吹っ飛んでしまった。どうすべきか、自分の中で導き出した結論だけが頭の中にはっきりと浮かび上がる。

「別れよう、私たち。」

ストレートに伝えてしまった。回りくどく言うと私の諦められない好意が伝わってしまって颯真に申し訳ない思いをさせてしまうかもしれないし、一度口に出してしまうと、思ったよりも心が軽くなった。

「え…。」

颯真が困惑した表情をしている。

「なんで?僕なんか嫌なことした?」

颯真が焦ったように言った。

「ううん、そんなことは全くないんだけど。なんかね、颯真といると疲れちゃうの。私の問題なんだけどね。」

私は力強く首を横に振った。颯真に自分のことを責めることだけはしてほしくなかった。嘘告、みたいなことは冗談でももう他の子にやってほしくはないけど。

「僕、改善できるよ。どういうときに花蓮が疲れちゃうのか教えてくれれば。僕―」

「違うの。そうじゃなくて…。言葉では言い表せないんだけど、ダメなの。」

私は颯真の言葉を遮った。『あの子』のことが好きなんでしょ?別れてあげるって言ってるの。嬉しいんじゃないの?あんなに苦しそうな声で話してたじゃない。なのに、なんでそんなに悲しそうな顔をするの…?

「これは私の我儘なんだけど、劇が終わるまでは別れたってこと皆には黙っててほしいの。一緒に帰ったりとかはもうしてくれなくていいんだけど、接し方は普通にしてほしいっていうか…。私たちの関係がぎくしゃくしたせいで、クラスの皆を不安にはさせたくないから。」

本当は別れ話をするのも劇が終わってからにしようかと思っていたけど、それは私が耐えられなかった。別の人のことを好きな颯真と一緒に帰ったりお昼を食べたりするなんて、想像しただけで胸が張り裂けそうだった。

「…分かった。」

颯真が頷く。

「劇本番の一日前に、僕も聞いて欲しい話があるんだ。いいかな?」

恋愛相談でもしてくるのかしら、と私はぼんやりと思った。まあ私がふったんだし、私側に未練はないと思うのは当たり前よね。耐えられるかなぁ、と少し不安に思う。でもその頃には気持ちの整理がついているかもしれない。

「うん、いいよ。」

私は頷く。いざとなったら真綾と玲奈も呼んで、公園かなんかで話してもらおう、と思った。二人が颯真に殴りかからないかは少し心配ではあるけど。

「ありがとう。」

颯真、いや、橘くんが頷くと、私に背を向けて歩いて行った。私は一人静かにその背中を見送る。


 これで良かったんだ、と自分を納得させる。このままだらだらと付き合い続けていたら、もしかしたらいつか橘くんが『あの子』のことを忘れて私にちょっとは好意を寄せてくれるかもしれないけど、私はずっと橘くんの気持ちを信じられないまま付き合うことになってしまう。それに、自分の好きな人の苦しんでいる姿を見るのは一番したくないことだ。しかもその元凶が自分である場合は、特に。


窓から外を見ると、どんよりとした曇り空が広がっていた。

「お空は、私の味方ね。」

私は一人、小さく呟いた。

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