マヤ ~episode 17~

 私はあふれ出しそうになる涙を堪える。頑張ろうって決めたって、そうすぐに事態が好転するわけじゃない。そんなの分かっていたけど、やはり立で羽分け以上を出せないのは辛かった。一旦外に出て気持ちを落ち着ける。弓道場は外部活の更衣室の上に造られているから景色が良い。私は弓道場のすぐそばにある桜の木を見つめながら先程の射の悪かった点を反省した。一本目の射は確実に横の伸び合いが足りなかった―

「栗原」

私を呼ぶ声が聞こえて、私は振り返った。タッキーが仁王立ちで私を見下ろしている。

「はい」

私は慌てて気持ちを落ち着け、タッキーを真っ直ぐに見つめた。

「今の立の振り返りをしてみろ。」

「はい」

私は頷いて頭の中で考えていたことをより詳しくタッキーに説明した。

横の伸び合いが足らなかったこと、第三で力んでしまって綺麗な離れが出なかったこと、弓手の伸ばす向きが的方向にしっかり出ていなかったこと―

「栗原」

最後まで聞いて、タッキーが言う。

「はい」

「おまえ、今の振り返りをしているようじゃ、強くはなれんぞ。」

私はうつむき、先程の射をもう一度頭の中で繰り返した。

だってあのとき後ろにいったのは弓手を最後に振り回してしまったからだし、あのとき少し上にいったのは離れのキレが良くなかったからで―

「確かに自分の良いところしか見えないやつは、一向に上達はしない。」

タッキーが言った。

「自分の間違えを認められず、自分の弱さと向き合えないやつは成長できるはずがないんだ。」

私は頷いた。だから私は自分の反省点をいつも見つけて、次回改善できるように頭の中で何度も繰り返している。

「おまえみたいに謙虚に反省できるやつは、ある程度までは伸びるんだ。反省できないやつなんか、相手にもしないくらいには強くなる。でもな、一番にはなれない。」

私はその場で凍り付き、タッキーの言葉に耳をすませた。

「離れを出すとき、伸び合いは左右均等に出さなければいけない。引き分けてくるときだって、どちらかの手が先に下りてきてはならない。何事もな、重要なのはバランスなんだ。」

タッキーは私を見つめたまま続ける。

「自分の悪いところばかり探しているようじゃ、ダメなんだ。心のバランスを保って、自分の射の良いところ、悪いところ、両方に向き合えるようにならないと一番にはなれない。自分の弱さと強さの両方を完璧に理解して、栗原の射マスターにならないと天才たちに勝てるはずがないんだよ。」

私は小さく頷いた。下唇を噛みしめる。こんな単純なことに気がつかなかったなんて。

「栗原、俺は嘘をつかない。おまえなら出来ると思っているから、こんだけ手をかけて育てている。期待もしている。俺がこのチームでいけると言ったら、絶対その通りになるんだ。これ以上強いチームはない。栗原、俺はおまえを信じている。そしてそれはチームのメンバーも同じだ。だから栗原、今度はおまえが自分を信じる番だ。」

私は先程までとは別の種類の涙がこぼれそうになって、慌てて上を向いた。私の頭上には、澄み切った青空が広がっている。

「はい」

心を落ち着けタッキーを見ると、タッキーが大きく頷いた。

「ん」

それだけ言うとタッキーは私に背を向け、道場の方へ歩いて行く。

「先生!」

私が声をあげると、タッキーが振り返って眩しそうに私を見つめた。

「本当に、ありがとうございます。」

「ん」

タッキーがにやっと笑って、グーサインを私に向かって突き出した。

「私、頑張ります!」

そう言って、私もタッキーに向かってグーサインを作ってみせた。それを見るとタッキーは大きく頷き、弓道場の中に姿を消した。そんなタッキーの背中を見送り、私は自分に喝を入れる。


『よしっ』


「真綾いる?」

まーくんが道場からひょっこり顔をのぞかせている。私と目が合うと、にっこり笑った。

「あらあら、真綾さん、その顔は俺がよく知ってる顔だぞ。」

まーくんが私の顔を嬉しそうに覗き込んで言った。

「ちょっとずつ戻ってるなとは思ってたけど、これで完全に勝利の女神、真綾様のご帰還だな。いよっ、待ってました!」

「まーくん」

ノリノリで言うまーくんを私は真っ直ぐに見つめた。

「ん?」

「ありがとう。」

まーくんが少し驚いたような表情を見せ、それからにやっと笑って私の背中をバシッと叩いた。

「今更だろ?」

道場に顔を引っ込めたまーくんの後に私も続く。


私の後ろでは桜の枝が、空に向かって真っすぐに伸びていた。

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