10 精霊と錬金術



 ソーマには、生まれたときから、『声』を聞かせてます。

 あの子は物心つくまえから口ずさんでます。


 一度だけ、シニロウさんが「なんの歌だ」と不思議そうな顔をしてた唄。

 あれがそうです。

 発声が妙な子守歌といったふう。子守歌なので寝るときくらいしか歌いません。

 外に漏れる危険は少ないはずです。


 そんなソーマも10歳。

 錬金術は、あっという間に基本を吸収し、メキメキ才能を伸ばしてます。

 とっくに私を追い抜いて、教えられることはあまり残ってません。






 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □





 錬金術は物質を変換する技術。水・土・木・火・金。属性物エレメントの素材があれば何かしら創り出すことができるが、その関係は、1対1の物々交換。


「極論すれば、吐いた息の空気と水分だけでも、椅子が作れるのですよね」


 根底が魔術使いであるせいであろう。メイヤは驚異的な速度で、マリアが教える理論を吸収していった。教え甲斐があると教師の講義にも熱がこもる。教科書は手書きノートしかない。教育速度がおいつかないため黒板に白墨で記すようにした。


「理論上はできるでしょうが濃度が問題です。椅子に相当する炭素と水分を空中から集めるようとすれば、見渡す限りの地平の空気が必要となります。とてつもない規模の錬成陣は描けないし、できたとしても真空上体になるので、そこに周囲の空気が殴り込んで空前絶後の嵐がおこるでしょう」


 そのまえに術者が窒息するけどね、とマリアは普段語で付け加えた。彼女は丁寧な言葉使いを心掛けてるが、気持ちの緩んだ相手と話すときには、たまに崩れる。


「そうであっても錬金術は便利です。魔術は精霊の力がないといけませんから」


「でも精霊は嵩張る素材とちがって持ち運べますよね。どこでも自由に魔術が駆使できるのに、どうして貴族の力は弱まったの」


「その精霊が街にいなくなったからです」


「逃げたの? あなたちにこき使われるのが嫌で」


「こきつかってないし精霊にそんな感情はありません。あ。いえ存在するにはしているのですが数が減って力も弱まってるのです。カンタンな魔術でも消えてしまうほどに」


 マリアはふと思い出した。バルバリは、腕の下にズラリと瓶を提げていた。


「それじゃあバルバリ卿の瓶は、力の弱さを数で補っていたのかしら」


「その通り。彼は配下に命令かき集めさせるんです」


「てっきり貴族ファッションかと思ったわ」


「あんなみっともないファッションなんてありませんよ」


 メイヤに苦笑いにマリアがふきだす。


「あははっ。メイラも、みっともないって思っていたのね」


「そんなことは。あははっ、お、お腹が、あは」


 2人は顔を合わせた笑いが止まらなくなってしまった。


「ふぅ――奥さまはやっぱり変な人です」


「やっぱりってなによ。しょうがないでしょ知らなかったんだもの。おしえてくれないかしら。どうして貴族たちは錬金術師を貶めたいのでしょう」


「精霊がいなくなった原因が錬金術にあると、思い込んでるからです」


「は?」


 マリアが笑顔が凍りついた。


「どうしてそうなるの。発動理論は魔術と違って、精霊とは無関係なのに」


「私もこうして習ってるから違いが分かりした。けど精霊がいなくなったのは錬金術が台頭したタイミングなんです。理屈じゃなしに決めつけてます」


 かつての錬金術は手品よりも眉唾だった。体型的な理論が構築されたのは、注目されてる蒸気機関を筆頭とした科学発達のおかげなのに。分からないらしい。


「庶民も巻き込んでましたしね。街に戻れても迫害されそうで怖いです」


 街の景色もかわりはじめ古い常識が壊れつつある。封建制度もそのひとつで、しばりつけられていた市民や農民が反旗を翻した。その庶民の矛先が錬金術師にも向かうよう、バルバリが仕組んだ。


「オスタネス卿ですね。どの貴族よりも本気で滅ぼそうと企だててます」


「知ってますが滅ぼそうとしてる割には一息に殺そうとしないのは変ですね。牢に閉じ込めたり、性奴隷にしようとしてたりと一貫性がない。どうしてだと思いますか」


「それは、私には分かりません」


「そうですか。うーん……あれ?」


「なにか思い当たりましたか」


「違うことを思いつきました。魔術には精霊。精霊はいたるところにいるけど、強く光らない精霊を見ることができるのは魔術師だけ。ねぇメイヤ。部屋にこもってばかりじゃ息が詰まらない? 外で試してみたいことがあるの」


「私と一緒ならかまわないと思いますが。なにをするんですの?」


「ちょいと造ってみたくなったの。賢者の石を」


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