05 ハレルヤ求婚
シニロウさんの両親て、んな方だったのかしら。
勘違いしないでね。嫌味じゃありませんから。
あなたが、孤児院に捨てられていたことは、承知してます。
幼いころ引き取って育ててくれた鍛冶屋夫妻のことです。
あまり話してくれませんが、懐かしい景色をみつめる優しい笑顔になりますよね。
時代もあるでしょうけど機械修理の道を選んだのは、ご両親の影響なのでしょう。
私の両親?
生きていればどこかにいるでしょう。
□ 〇 □ 〇 □ 〇 □ 〇 □
マリアはあてがわれた2階の部屋の窓から、ぼんやり外をながめていた。
外れの森に連れられてから、ひと月がすぎた。
赤い三角屋根の家の建坪は住んでいた家を3軒並べるほど広い。うなる大自然の森には異質な絢爛さも湖の畔にマッチしてる。
森にはたくさんの動物や小鳥が住み、退屈になりがちな目を楽しませてくれた。コンコンと湧く泉には魚が泳ぎ、流れる小川に架かる橋から竿を垂らせば、面白いように魚が釣れる。精霊が棲んでもおかしくないほど、平凡で退屈な美しい光景があった。
バルバリの馬車はたくさんの衣類と食糧を置いていった、それは7日ごとに定期的に運ばれるとのこと。執事、庭師、コックが交代で常駐。不自由はないどころか裕福な待遇はすべて少年ひとりの世話を焼くため。マリア用に侍女も派遣されてきた。斜陽していく貴族。このお金はどこから出てるのだろうか。
「ねぇえぇマリア。こんな薬草をみつけたよ。図鑑で調べたらキラーボール草だって。錬金術に使えるかな」
麗しい美貌の少年が、窓の下で手をふっている。ハレルヤ・オスタネス。兄の口車にのせられ、爵位を継ぐ権利を手放した頭の悪い15歳。
マリアの関心を気を惹こうと、毎日のように森の中に入り込んでは、珍しいものを集めてくるのだ。今日は植物。昨日は一角トカゲで、その前はミミナシウサギだった。
キラーボール草は毒をもつ傘針キノコの群生地にだけ生える植物。月と大陽が同時に登った早朝の数時間、一本だけ生えてくる。
一角トカゲは岩の斜面に住む憶病なトカゲだ。動物の気配に敏感で枯葉の音でも身を隠す。手に入れるには、天敵の河口コウモリが捕まえたのを奪う。
ミミナシウサギはウサギの形態をとるスライムで、捕まえるのは不可能とさえ言われている。流れの速い渓流に潜み魚を食べる。自由に姿を変え近づく動物の頭部にまとわりつき窒息させる。水中では無敵な生物をどうやって捕えたのかは不明だ。
「どれもが貴重なものだと承知してます。努力と苦労は認めます」
「また脱走でもするつもりかい」
マリアは何度か脱走を試みてるが、そのたびに連れ戻されてる。逃げる方向は人の住んで南しかなく道は一本しかない。いち早く察知したハレルヤが馬で追いかけ見つけるのだ。万が一見逃してしまうとバルバリの情報網に察知され殺されてしまう。ハレルヤは必死だ。
「無駄とわかったのでもうしません。ですがあなたと結ばれるつもりもありません」
がっくりと肩を落とすハレルヤ君。貴族の伝統が産んだ美形は、悲しい表情にさえ画になり、艶と憂いには女性の心を融かす魔力があったが、マリアは無関心を貫いてる。
「そんなことより、父さんや母さんはどうなりましたか」
居場所くらいは教えてほしい。逢いたい。生きていてほしい。やさしく撫でてほしい。そのうち報せるといったきり、バルバリからは音沙汰なし。配下が捕まえた云々の話は、彼女を従わせる嘘だとしても、情報を集めるのはわけないはず。
「催促の手紙を書くよ。兄さんはああ見えて優しい人だし。アップスロウプさん達は無事だ」
「優しい方は、ご自分の奥方を弟の侍女にしないものですけど」
それは、先日連れてこられた侍女メイラのことだ。
黒髪の彼女は男爵家の出でバルバリの奥方だった。女好きなあの男は、子供を増やすのは貴族の務めとばかりに、気に入った女を囲い込んでは衣食住を与えていた。
メイラは奥方の務めとして手癖の悪さを注意する。それをうるさく感じたバルバリは離縁し、渡りに船とばかりに連れてきたのだ。正妻の地位から侍女。それも逃げ出すこともできない外れの森。まだ20歳の元妻への仕打ちはむごすぎた。
男爵家には手切れ金を渡し、ユカイではない理由をこじつけて泣き寝入りさせたらしい。
「それも……兄には深い考えがあるんだ」
「さぞや深いことでしょうね。いまだ一人も子ができませんもの」
「それは大丈夫。乾燥スペルゲン苔を送っておいたから時機に成果がでるさ。ねぇ。ぼくらもそろそろ」
実は、ハレルヤとは結婚式をあげていた、いや、挙げさせられた。バルバリの従者の中に神官の資格をもつものがおり、略式ながら夫婦の誓いをたてさせられたのだ。
「なにをしようというのです。弟を目の前に失いいまも両親のことで心がいっぱいの私に」
ハレルヤは庶民の敵貴族で憎いバルバリの弟。誰が夜伽をともにしたがる。
「キミは……僕のなにが足りない。どうしたらこの愛を受け取ってくれるんだ」
「無理やり犯せばよろしいのでは。力づくで。非力な私は殿方の暴力の前にカンタンに屈してしまうでしょう」
本気で思う。めちゃくちゃにするなら、そうしろって。毒の準備ならある。
「そんなこと……キミの心がますます離れてしまう」
「そうですか。私はいつものように錬金術にいそしみます」
「水差しだね。好きにするといい。キミが好きになってくれるならなんでもする」
「ではあとで。夕食の時間に」
窓の下でうなだれるハレルヤは、キラーボール草を地面に投げつけようとして止める。メイラを呼びつけると、その採取が困難な貴重な薬草を渡す。踵を返し、森へと入っていく背中は、老けた老人のようだった。
マリアは冷たくみつめる。優しい男。軟弱といっていい。なにも放りだすこともできず、兄に逆らうこともできない。15歳にして隠遁生活を享受した哀れな人は、ヒマを持て余す。もてる才能を注ぐ先は時代遅れの狩りと採取。
「ほんと哀れだわね。彼も私も」
ドアがノックされ、どうぞと返事をするまえにメイラが入ってきた。目を合わせようともせず、薬草をぶっきらぼうに差し出す。
「奥さま。旦那様からこれを」
「奥さまじゃないけど。そこのテーブルに置いて」
マリアは言葉で突っぱねる。奥さまなんて認識をすりこまれたくない。
「キラーボール草はネズミ除けですよね。奥さま。私にも少し分けていただけませんか。奥さま」
貴族出のメイラは庶民を小ばかにする嫌味な侍女だ。ただし、コックや庭師にはここまであからさまではない。ここまで嫌うのはマリアだけ。
「いいですよ。あとで調合したものを渡します」
「薬の心得がありますので自分の魔術で調合します。奥さま。錬金術なんか信用できませんもの。あ、決して奥さまの腕を下等に見下してるわけではないのですよ。奥さま」
「……。」
「いかがなさいました?」
ぐぬぬ。怒りで手と足が一緒にでそうだが、できない。メイラは貴族の端くれ。どんな攻撃魔術をもっているか、知れたものではない。黒こげにされたうえ貴族に手を出した罪で極刑だ。立場はハレルヤの嫁でも、身分は庶民のマリアだった。
「用事がないなら出て行って」
「かしこまりました。御用のせつはお呼びください。万が一手が空いていたら駆け付けますので」
呼んでも来ないつもり満々だ。自分の都合を最優先して、最低限のことしかしない侍女。それはそれでいい。マリアだって嫌いな人間と仲良くなりたいと思わない。
扉がバタンと閉じると、樹々のざわめきが耳鳴りのようにうるさく、それはかえって静かさを連れてくる。
「くそっ。くそっ、くそっ」
ひとりになったマリアは、調度品に八つ当たりした。
「みんなキライ。大嫌い! こんな家嫌い。ハレルヤもキライ。くそメイドもキライ。死ねみんな死ね!! 死んでしまえ!」
花瓶を壊し、本を破り捨て、誰かの肖像画や壁かけをぶちぬき、カーテンを引き千切って、椅子をぶつけて壁を傷つけた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ひとしきり暴れた。屋敷の隅々まで騒々しさがいきわたったと思うけど、扉はノックされない。誰も。ひとりも、なにかあったのかと、形ばかりの声もない。嘘でも心配してくれるのは森に行ったハレルヤくらいだ。
「ふーーーー……」
嵐が散らかしたような部屋をながめる。いけ好かないオスタネスが所有する空間に傷をつけてやったこと、すこしだけ溜飲がさがった。頭を切り替える。
「さて。うまくいくかな。悔しいけど性分だから……〔現状復帰〕」
部屋にはそれとわからない錬成陣が描き込んであった。発動させると時間が逆転したように、壊した物が元通りに修復されていった。
バルバリは「陶芸家が作れる錬金術など価値がない」と言った。マリアのことを底辺錬金術師と思い込んでいた。出来損ない錬金術のお遊びで、薬師の真似事をしてる無能者と信じ込んでいた。
職人が作る物が同じ精度で作れることこそマリアの強みだった。父たちが作りだす武器はオリジナリティが高い模造品で一目で錬金術とわかる。けど彼女の作る水差しは本物そのもの。素材さえあれば一度みて作ったものは、何度でも再現できた。
水差し。コップ。お皿。ビーカー。量り。望遠鏡。眼鏡。錬成板。投光器。実験机。
ここではなにをどれだけ研究しようと、関心をもつ人間はいない。
与えられた部屋の隣りはクモの巣だらけの開かずの間。マリアは扉を設けて、自分専用に研究室に作り変えた。
「せっかくの薬草と珍品だからね。調合しなきゃ損でしょう」
キラーボール草はネズミ除けの劇薬だけど、分量を調整すれば男性は一時的な不能に陥る。一角トカゲの角は強い精強剤になる。ミミナシウサギを調合したものは怪我を直す万能薬だ。そしてほかにも。
「瞬発性は魔術におよばないのよね。弟のスクロールアイデアはよかったけど枚数を持ち歩かないといけないのよね。なんとかできないものかしらね」
マリアの頭には、両親から教えられた錬金術の知識が刻まれてる。研鑽の時間も飽きるほどあった。
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