第13話 ほーし

「――おにいちゃんっ、お背中お流ししますっ!」

「ちょ……っ!!」


 あくる日の夜のことだった。

 俺が浴室で身体を洗っていたら、紺のスク水を着用したラレアが特攻してきた。

 言うに及ばず、由々しき事態である。


「な、何しに来たんだよっ。なんだその格好は……!」

「ふふんっ、アオハルとは――ごほーしすることと見つけたりっ」


 ラレアはちょっと格好付けた感じでそう言った。


「世のため人のために慈善活動する学生というのも、アオハルをしょーちょーするひとつの風景だとわたしは思うのですっ」

「そ、それは否定しないが俺に奉仕してどうすんだよ……!」

「ほーししたい相手がおにいちゃんしか居ませんっ」


 ――う、嬉しい……。

 嬉しいが、そういうこと言われると好きになっちゃうからやめて欲しい。


「というわけで、わたしはアオハルの心を磨くためにおにいちゃんのお背中を流すことにしましたっ」

「ま、待て待て……勝手に決めるな」

「どうしてですかっ。まさかダメなんですかっ?」


 うるうる、といつだったかのように上目遣いで俺の良心を責め立ててくるラレア。

 うぐ……なんて小悪魔だろうか。


 しかもスク水姿……。

 子供っぽい言動だが、身体は大人だ。

 おっぱい大きいし、くびれがきゅっとしてるし、脚が長い。

 身長170の俺より若干低い程度のモデル体型。


 これにほだされるなという方が無理があるんだよなぁ……。


「わ、分かった……でもマジで背中を流すだけで頼むぞ?」

「――うぃっ。もちろんです!」


 俺が折れた瞬間、ラレアは嬉しそうに笑った。


 そんなこんなで、木製のシャワーチェアに座りながら背中を流され始める。


「痛くないですかっ?」

「ああ、大丈夫」


 背後を陣取ったラレアから泡まみれのタオルでゴシゴシされる。

 いざやられてみると、別に妙な気持ちにはならない。

 普通に心地が良くて、俺は自然とリラックスしてしまう。


「……なつかしーです」

「懐かしい?」

「うぃ。昔はこうしてパパの背中を流していたので」


 ……パパ、って言うのは、再婚した俺の親父じゃなくて、本当の親父さんのことだろうな。


「パパは、良いパパでした。でも事故で死んじゃったので、もう居ません」


 そっか……ラレアの親父さんは離婚して居なくなった、とかじゃなかったんだな。


「よくもまあ……ラレアのお袋さんはウチの親父と再婚したよな」


 死別なら、色々思うところもあるだろうに。

 ましてあんなちゃらんぽらんの親父なんかと再婚するとは。


「でも、マサシは良い人ですよ?」


 マサシというのは俺の親父のことだ。

 名前を呼び捨てるってことは、向こうで割と仲良くやっていたのかもな。


「マサシはシングルマザーのママのこと、いつも助けに来てくれていました。ママはもちろんパパのことを忘れたわけじゃないでしょうけど、それとは別にマサシのことを好きになっても不思議じゃないなって見てて思いました」


 ……なるほどな。


「そんなマサシからおにいちゃんの話を色々聞いていたので、おにいちゃんと会うのは楽しみだったんです、実は」

「へえ、どんな話を聞かされていたんだ?」

「小6までおねしょしてたこととか」


 ――クソ親父め!!!


「あとは頭が良いことだったり、1人で寂しい思いをしてるだろうからわたしに『日本に行ってやってくれないか?』って頼んできたりもされましたね」

「……親父の指示で来たのか?」

「ノンです。そもそもはわたしが日本にきょーみがあったので、まずはそれが大ぜんてーです」

「そっか……」

「うぃ。それで、わたしと同じさびしんぼが居るなら、いっしょに暮らしておたがいにたのしく出来ればいいな、って思って来たんです」


 なんともまあ、お優しいこって。

 

「わたしはこっちに来てからの毎日がたのしーですけど、おにいちゃんはたのしーですか?」

 

 正面の姿見に写るラレアの表情は、ちょっと不安げだった。

 だから俺はそんな表情を蹴散らすつもりで、


「楽しいに決まってんだろ」


 と言ってやった。


「――うぃっ。よかったですっ!」


 不安が解消されたかのように、ラレアが改めて俺の背中を懸命に洗い出す。

 俺はそんな奉仕に身を委ね、今宵は良い風呂の時間を過ごすことが出来たのだった。

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