第10話 まず1人

「え、部活を作るの?」

「ああ。だからお前の力を借りたい」


 この日の夜。

 塾終わりの眞水が、俺の家に立ち寄っていた。


 眞水は塾がある日はいつも大体俺んちに立ち寄って夕飯を食べていく。

 別に夕飯をたかりに来るわけじゃない。

 テイクアウトしてきたファストフードを俺んちで食べていくだけだ。

 すぐそこの自分んちで落ち着いて食べればいいのに、物好きなヤツである。

 ちなみに今日は牛丼だった。


「力を借りたいっていうのは、創部に必要な人数集めということ?」

「うぃっ。そういうことですっ」


 居間の食卓を一緒に囲んでいるラレアが頷く。


「部を作るには最低でも……えっと、46人でしたっけ?」

「4人な」


 坂道系じゃないよ俺ら。


「そう、4人ですっ。4人からじゃないと部のしんせーは出来ないらしいので、是非ともマグロの力をお借りしたいのですがっ」

「眞水! 誰が二夜連続放送よ!」


 つゆだくの牛丼をモグモグしながら、眞水は俺が用意した麦茶をごきゅごきゅ。


「ぷはっ。そもそも何部を作るつもりなわけ?」

「ナマハゲ部ですっ」

「アオハル部な」


 ハしか合ってねえ。

 いつから秋田の郷土信仰に目覚めたんだ。


「……アオハル部? それは何をする部活なの?」

「名前の通りにアオハルっぽいことをする部活動ですっ」


 改めて聞くとすげえ曖昧な活動内容だよな……。

 だからこそ、やれることは無限大かもしれないが。


「ふーん、まぁ悪くはなさそうね。力を貸してあげないこともないわ」

「ホントですかっ」

「ええ。私は帰宅部だし、塾がないときなら普通に参加も出来るでしょうしね」

「では――」

「――ただし」


 眞水がラレアの言葉を遮った。

 まぁ、条件付きってことだよな。


「巧己、ちょっといいかしら?」

「俺?」

「そうよ、巧己がとある要求を飲んでくれたら部員として参戦してあげるわ」

「……要求ってなんだよ」


 ろくでもないことじゃないといいが……。


 身構える俺に対して、眞水は牛丼をすべてかき込んでから、


「ズバリ――お姫様抱っこをして欲しいのっ!!」

「お姫様抱っこ……?」

「そう! お姫様抱っこをしてくれたらアオハル部でもナマハゲ部でも入ってあげるわ!」

「……なんでお姫様抱っこ?」

「(そ、そんなの好きな人にされるのは乙女の夢だからよ……!)」

「なんだって?」

「な、なんでもないわっ。とにかくそれをしてくれたら入ってあげるのはやぶさかじゃないってことっ!」


 まぁ……お姫様抱っこするだけでいいなら、条件としては安いもんか。


「分かった。じゃあ立ってくれ」

「へ、変なところ触らないでよね……」

「要求した側が言うなよ」


 立ち上がった制服姿の眞水に迫って、俺は持ち上げの準備に入る。

 こいつをまともに抱き上げるのはいつ以来だろうか。

 そんな風に考えながら、背中と、黒タイツの膝裏に両腕をセットして――ふんっ!


「――おおっ、おにいちゃん力持ちですっ!」


 くっ……なんとか持ち上げられた。

 さすがに昔と違って重い……。

 スレンダーだが、出るとこの出た豊満バディだからな……。

 

「ま、眞水……これでいいか?」

「え、ええそうねまぁいいわよ一応言っておくけれどこれは別に巧己のことが好きだから申し出たことではなくてあくまで現状のあなたが私を持ち上げられるくらいに雄々しい力を持っているかが気になっただけであってそしたらこんなに軽々と持ち上げられてしまって悔しいけれどキュンとしちゃってちょっとショーツが――」


 ……なんか変なことを言い出したので俺は眞水を手放した。


「ちょ、ちょっとなんでもう終わりなのよ!」

「……条件は満たしたんだからもういいだろ」

「そ、それはそうだけれど……」


 むぅ、と不満顔を見せられてしまうが、終わりは終わりである。

 重かったし、不覚にもその女体にドキッとしたし。

 その動揺がバレたら重箱の隅をつつかれたようにニヤニヤされそうだから、ボロを出す前に終了だ。


「ではマミズっ、これでアオハル部の仲間になってくれるのですよねっ?」

「まぁ約束だものね……それはきちんと守るわよ」

「やりましたぁ! ありがとうございますマミズっ」


 にぱっ、と嬉しそうに笑顔を咲かせて、ラレアが俺に目を向けてくる。


「おにいちゃんもありがとうございますっ。これであと1人ですねっ」

「あと1人なら学校で探せるだろうな」


 とはいえ、下心満載の男子が寄ってきそうなのがな……。

 その辺りの選別はきっちりやらないといけない。

 ラレアが楽しくアオハルするための、アオハル部なんだしな。


   ◇


 やがて眞水が帰宅し、我が家はいつも通りに俺とラレアの2人だけとなった。


「あの、おにいちゃんっ」


 風呂を済ませた就寝前。

 俺は自分の部屋で、ラレアの濡れた銀髪をドライヤーで乾かしている。

 初日からせがまれていることで、自分でやれよと思いつつも、頼られるのが嬉しいのでなんだかんだいつも乾かしてやっているのだ。

 ラレアが話しかけてきたのは、それが済んだあとのことだった。


「どうした?」

「マミズをお釈迦様抱っこしたじゃないですか」

「……お姫様抱っこな」

「うぃっ。そのお姫様抱っこをわたしにもしてもらうことって出来ますか?」

「え?」

「マミズばっかりズルいな、って思っちゃいましたので」


 ジッ、と見つめられる。

 それはさながら、拗ねた子供のような眼差し。

 あるいは、ショーケースの楽器を羨む幼子の瞳。


 結論から言えば、俺はそれを断れなかった。

 だって妹の頼みを叶えてやるのが、おにいちゃんってヤツだからな。


「わっ――すごいですっ!」


 腰をいわさないように気を付けて、俺は直後にラレアをお姫様抱っこしていた。

 ラレアの寝間着はいつもキャミソールとホットパンツだ。

 そんなラレアをお姫様抱っこすれば、触れる部位は当然ながら素肌満載。

 露出した肩周り、二の腕。

 もちもちの太もも、すべすべの膝裏。

 良い匂いを漂わせるラレアが、俺の手中に収まったまま満面の笑みを向けてくる。


「いいですねっ、お姫様抱っこっ♪ クセになりそうですっ!」


 ……無邪気にそう言ってくるんだから、逆に邪悪だよなと俺は思った。

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