第3話 VS日本食

「――おにいちゃんっ、わたしお腹ぺこぺこですっ!」


 出会ってから数時間後の、すっかり日が暮れた時間帯。

 自室で宿題を片付けていた俺のもとに――ばんっ。

 銀髪ウルフカットの美少女義妹ラレアが、ふすまを開けて駆け込んできたことに気付く。


「もうそんな時間か」

「うぃっ、そんな時間ですっ。聞くところによれば日本には『腹が減ってはWarが出来ぬ』という言葉があるそうですねっ。おにいちゃんっ、是非わたしをWarが出来る状態にしてくださいませんかっ?」


 いくさがWarに変わるだけでなんだか物々しさが増してくるな、そのことわざ……。

 

 まぁそれはそうと……メシの時間にするのに異論はない。

 俺も腹が減っているしな。


「――あ」


 ところが、台所に移動して冷蔵庫を開けた瞬間、俺は自らの失態を悟る。


「どうかしたんですか? おにいちゃん」

「……食材切らしてた」


 一応言っておくと、俺は自炊をする人間だ。

 その一方で、1人暮らしだからテキトーに済ます日も多かった。

 今週はちょうど買い出しおざなり週間だったので、冷蔵庫はスッカラカンなのを忘れていた……。


「……悪いラレア、買い物に行かないとダメだ」

「OH! ショッピングですかっ? じゃあわたしもトゥギャザーしますっ。日本のスーパーマーケットにはキョーミシンシンなのでっ」


 キラキラなお目々で迫られる。

 しかも俺の手をぎゅっと握ってくるのはなんなの。

 やめて。

 好きになりそうだから。


「ダメですかっ? トゥギャザーしたらダメですかっ?」

「い、いや別にダメじゃないぞ……じゃあ一緒に行くか?」

「行きますっ」

 

 ってことで、徒歩5分くらいのスーパーに移動した。


   ◇


「食べたいモノってなんかあるか?」


 スーパーに到着したので、カゴを片手に野菜コーナーから見て回る。

 ラレアは俺の隣を引っ付くように歩きながら、


「食べたいモノはナトゥーですっ」

「ナトゥー?」

「なんかこうっ、白いパックに入ってる豆の集合体ですっ!」

「あぁ、納豆な……」


 ちょっとカッコいい呼び方されたら分かんねーよ。


「……そもそもラレア、納豆イケるのか?」


 外国人って納豆ダメそうなイメージしかないんだが。


「何事もチャレンジだと思ってますっ」

「ってことは……初見なんだな?」

「ですっ! GOに入ってはGOに従え、という言葉が好きなので、日本の代表的な食べ物であるナトゥーに挑み、私は勝ちますっ」


 勝つらしい。

 まぁそこまで言うなら――


「OK。じゃあ是非チャレンジしてみてくれ」


 近くの納豆コーナーに移動して、3パックひと組のそれを手に取る。

 もしラレアがギブアップしても納豆スキーな俺が代わりに食べれば問題ない。


「他に食べたいモンは?」

「あっちの方に透明のパックに入ったオカズが色々売っていたのでそれを幾つかっ」


 出来合いの惣菜のことだろうか。

 ラレアがそう言うなら、今夜は簡単な夕飯にしとくか。


 一応、後日分の食材も買うだけ買った。

 こうして買い出しはサクッと終了。

 俺たちは帰宅する。


「――早速ナトゥーをいただいてもいいですかっ!?」

「ああ、すぐ準備するから待っててくれ」


 出かける前にご飯を早炊きでセットしている。

 炊飯器を開けてみると、もうしっかりと炊けていた。

 アツアツのそれを茶碗に盛り付け、納豆パックと一緒に、惣菜も含めて、ラレアが待つ食卓に持っていく。

 ちなみに買ってきた惣菜はラレアセレクションで、唐揚げ・メンチカツ・たこ焼きだ。

 

「ほらよ」

「ありがとうございますっ」


 瞳を輝かせるラレアをよそに、俺は自分のご飯と納豆も準備してラレアの正面に腰を下ろした。


「おにいちゃんっ、ナトゥーはどうやって開ければいいですかっ?」

「目印のところからめくる感じで、こうやってパカッとだよ」


 手本を見せると、「おおおおおお!」とラレアが沸いた。

 幼子みたいで可愛い。

 箸が転んでも笑ってくれそうだ。

 

「――わたしもパカッと出来ましたっ」

「よし、じゃあ今度は醤油とからしの小袋を外に出して、納豆に掛かってるフィルムを外さなきゃならない」

「これはイージーですねっ。こうやって指でぺろっと――」

「――喝だ!」

「!?」


 ラレアが普通に指でフィルムを剥がそうとしたので咎めた。


「それじゃダメなんだよ」

「Why!?」

「そうやって普通に剥がすと納豆が何粒かフィルムにくっついてきて勿体ないし、その粒をわざわざ箸で戻すのはダルい。このフィルムには綺麗に剥がすコツがあってだな」

「コツですか?」

「フィルムの真ん中に箸を刺すんだ」


 箸を刺して、クルクル回す。

 すると、納豆が付着しないままフィルムを巻き取ることが出来るのだ。


「ほらな?」

「――Amazing!! タクミのワザですね!!」

巧己たくみだけにな」


 まぁテレビの受け売りなんだけど黙っておこう。


「――わっ、見てくださいおにいちゃんっ! わたしもクルクル出来ましたっ!」

「よし、そしたらあとは仕上げだ。醤油をかけて混ぜる」

「かけて混ぜるっ」


 ぐりぐりぐりぐり。

 お互い無心で醤油をかけて納豆をかき混ぜる。

 くぅ~……しょっぱみのある芳醇な匂いが漂ってきたな。

 俺はたまらねえって思うものの、嫌いな人はコレがイヤなわけだよな。

 初チャレンジのラレアはどうだろうか。


「どうだラレア、匂いは平気か?」

「ちょっとくちゃいですっ。でもへーきですっ」

「なら良かった。じゃあもうご飯にかけていいぞ。からしはお好みで味変に使えばいい」

「ヤー!」


 なかやまきんに君かちいかわみたいな声を発しながら、ラレアがご飯に納豆をかけた。

 俺も同じようにかける。


 ――あ~、いいっすねぇ、たまらないねぇ。

 湯気をくゆらすアツアツのご飯に納豆……マジでたまらん。

 今夜はノーマルフレーバーだが、オクラやとろろ、生卵とミックスしてドロッドロの栄養満点フレーバーとしてかき込むのが好きなんだよなぁ。

 その旨さたるやもう口の中が無量空処や。


「――じゃあ先にいただきますっ、おにいちゃんっ!」

「ああ、たんと食べてくれ」


 ラレアが先んじて茶碗を持ち上げ、ワクワクした表情で器用に箸を使って納豆ご飯をパクリと頬張った。

 すると――


「――ふほおおおおおおおおおおお!!」


 目を見開いてヘドバンしている。

 これはどう見ても歓喜の表情。

 すなわち――


「うまし!」


 案の定、お気に召してくれたようだ。


「ナトゥーは匂いがアレですけどおいしーですねっ。匂いを嗅いだ時点では、箱だけ食べた方がマシなんじゃ? と思ってしまいましたけどっ」


 言いながら、自分で選んだ惣菜もパクパク食べて、そのたびに満足そうに唸っていた。


 外国人が日本に馴染めるか否かの境界線は、食の合う合わないがデカいと聞く。


 だからこそ、ラレアは大丈夫そうでホッとした。

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