世紀の一戦 /三題噺/冠/カップ/鍵

雨宮 徹

世紀の一戦

 目の前で世紀の一戦がまさに始まろうとしている。もしかしたら、今日は歴史的な日になるかも知れない。そうは言っても、命がかかっている戦争などではない。将棋である。


 藤井聡太竜王・名人対永瀬拓也王座。将棋に興味がない人でも、今日の対局の行く末を注目しているだろう。藤井先生が勝てば、史上初の八冠達成となる。

 僕は藤井先生のファンである。ただし、二十九連勝を達成した時に初めて知り、追いかけているミーハーだ。

 僕はマグカップからコーヒーをすすりながら思う。メディアや出版社はこぞって藤井先生の勝利を望んでいるに違いない。なにせ史上初の八冠誕生となれば、それをネタにいくらでも記事を書いたり、本を出版できる。

 しかし、それは永瀬先生に失礼である。永瀬先生は「軍曹」と呼ばれるほどの努力家だ。永瀬先生の負けを求めるのであれば、すなわち、努力は無駄だと公言するようなものだ。それでは、世の中救われない。もちろん、世の中から「天才」と評されている藤井先生の努力も並大抵ではないだろう。

 僕はどちらも応援したい。だが、勝負はいつも残酷だ。勝者がいれば、必ず敗者がいる。

 いずれにせよ、この対局は初手が鍵だ。藤井先生の初手が注目される。さて、どうなるか。中継サイトを観ながら、ドキドキする。

 藤井先生の初手は――お茶だった。予想通りだ。僕はひとりごちる。

「初手を当てた僕って天才かも」

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世紀の一戦 /三題噺/冠/カップ/鍵 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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