第23話 白(11/23の分)

「そう言えばさ、おじさんは元に戻れた後ってどうするの?」

 ヒロコの質問に、香坂は真っ白になった。今まで元に戻る方法ばかりを考えていたが、戻ってからのことは全く頭になかったのだ。

「荷物も財布も身分を証明するものもないんだよね? 住む場所も引き払ってるし……」

 何気ない会話のつもりだったのだろう。驚愕した香坂の表情に、ヒロコも一緒になって驚くことになる。

「そうだね、どうしようかな……」

「しっかりしてよ、おじさん……」

 参ったように天を仰ぐヒロコに、香坂も謝ることしかできない。

 現実離れしたこの状況を飲み込むのに必死で、無職で住所もない現状を忘れていたのだ。

 一気に現実の問題に直面した香坂は、何も考えられなくなる。

「流石に、おじさんとルームシェアはなぁ」

「そ、そこまでお世話になろうだなんて思ってないよ!?」

「冗談だよ、冗談」

 慌てる香坂にヒロコは笑いかけるが、依然として問題は大きく立ちはだかっている。

「死ぬ気になれば何でもできるって言うじゃん? 一度死んだようなおじさんは、何かやりたいこととかないの?」

 言われてみれば、生首から元に戻れたのならばどんなことだってやってのけられる気はしないでもない。しかし今までずっと家族のために、会社のためにと働いて来たので、目的を失った今となってはやりたいことも欲しいものも思い浮かばなかった。

「もう一度、別れた妻に会いたい、とかはないの?」

 黙り込んでしまった香坂に助け舟を出すように、ヒロコは控えめに口にする。

「でも、今更じゃないか? もう二十年以上前の話だし、俺の後悔を伝えたところで……」

「でも、奥さんの方だって離婚届だけ置いて勝手に出ていっちゃったんでしょ? 案外、後悔してたりするかもよ?」

 確かに、彼女への償いのつもりで何も聞かずにいたが、香坂は何を不満に思ったかは全く知らなかった。彼女の連絡先は知らないが、彼女の実家や友人の連絡先がわからないわけではない。むしろ、向こうから連絡を取ろうとしてくれた時でさえ、自分が家庭を省みなかったからだと言って離婚の理由すら尋ねなかった記憶が蘇ってくる。

「何か目標があった方が、生きるの頑張ろうって思えるよ?」

「そうだな。もしも戻れたら、妻にちゃんと謝るのも良いのかもね……」

 香坂の言葉に、約束だからね、とヒロコは香坂に向けて笑いかけた。

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