第13話 流行(11/13の分)

 自分が殺されたかも知れない。思いもしなかった推測に、香坂はぎょっとする。

「別に、恨まれる覚えも理由もないぞ!?」

「あくまでも一つの説として。おじさん自身が何もしてなくても、知らずに目撃者になってたり何かの秘密を握ってしまった可能性だってあるからね?」

 なんて事はない顔で話すヒロコだが、香坂としては気が気ではない。

「だとしても、口封じするにしたって首だけ切り落とすことは無いんじゃ……」

「いや、頭髪からのDNA鑑定や歯型みたいに、頭から得られる情報って凄く多いんだよ? 身元不明遺体は、歯医者さんに残されたデータとの照合で見つかることも多いみたいだし」

 犯罪がすぐに露見しないようにするため、犯人により身体から首を切り落とされる自身を想像して寒気がする。殺された挙句に遺体を弄ばれたのであれば、無念で成仏できない気持ちもわからないでもなかった。

「もし犯人がいたとしても、おじさんが生首として生きてるとは思わないだろうけど」

「そりゃね。俺だって、いまだに信じられない気持ちだから」

 そうだ、とヒロコは何かを思い出したように荷物を取りに行く。見れば、新しく香坂のために買われた歯磨きセットと口を濯ぐための風呂桶、そして更に見慣れないものがある。

「前に歯磨きの重要性は言ったじゃん? で、実際に私がおじさんの歯をちゃんと磨けてるか気になってね。チェックさせて欲しいんだよね」

「はぁ!?」

 思わず大きな声を出すが、ヒロコは気にせずに香坂の首に軽くタオルを巻きつける。

「ヒロコくん、あのねぇ!! 俺は正直、毎日の食後の歯磨きだって恥ずかしいのになんだってわざわざ」

「万が一、虫歯でもできたら大変でしょ? おじさん、歯医者にも連れて行けないし。インプラントとかホワイトニングとか、口内ケアって結構流行ってるんだから」

 ヒロコは全く聞く耳を持たず、ストローを刺したコップを香坂の口元に運んでくる。

 生首になった謎の解決に協力して貰っている以上、こうなったら従う他に手はない。諦めてストローで水を吸い上げ、口を濯ぎ風呂桶へと吐き出す。

 ヒロコはいつもよりも念入りに香坂の歯を磨いた後、歯垢チェッカーを綿棒に染み込ませ香坂の歯に塗っていく。練習と称して前もって綿棒だけでデモンストレーションをしたお陰か、鏡に映る香坂の歯はお歯黒の如く綺麗に赤く染まっている。

 ほのかに感じる人工的なイチゴの風味に自然と唾液が出そうになるが、なんとか堪える。

 最初に使っていたホテルのアメニティとは比べを物にならない、歯茎のマッサージも可能な柔らかいブラシが優しく磨き上げていく。子供が母親にやって貰うようなブラッシングに気恥ずかしさは消えないが、生存のためと言われると太刀打ちできなくなる自分が情けない。

「へぇ、意外と綺麗に磨けてる」

 鏡に向かってにいっと歯を剥き出しにした香坂の歯は白かった。やるじゃん私、と自慢気なヒロコに大して笑いかけているようにも見えて、香坂は喜んでいいのか怒ればいいのか複雑な表情のまま生首の自分と向き合っていた。

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