第30話 代行者〜魚座〜

十三日後。


「イクエス様」


やつれた顔でイクエスに声をかけるバーキ。今にも倒れてしまいそうなほど顔色が悪い。


「バーキ。どうした。顔色めっちゃ悪そうだけど大丈夫」


バーキの前に一瞬で移動するイクエス。


バーキに名を呼ばれる前までは、同じ上級神と称される神を半殺し状態にし白を半壊させていた。


「ようやく見つけました」


水晶を見せながら代行者を見つけたことを報告すると「本当か!今すぐ戻ろう」そう言うと上級神の胸ぐらを掴んでいた手を離し、急いで部屋に戻ろうとする。


「待て!待たんかイクエス!許さん、許さんぞ!イクエス!貴様だけは…」


上級神はイクエスにむかって大声でそう叫ぶも、イクエスは気にした様子もなく最後まで言い終わる前に指を鳴らして部屋に戻る。


「さぁ、バーキ。見せてくれ」


目を輝かせてそう言う。


「はい」


水晶に神力を注いで一人の人間がその力で光を放ち、バーキの隣に映像として作り出された。


「一人だけか?」


「はい。この人間以外にイクエス様に似ている人間はいません」


自信をもってそう言うバーキ。


「そうか。バーキ、君を信じるよ」


バーキを信じているというより自分の勘を信じているイクエス。


「行ってくる」


そう言うとすぐ人間界へと降りる。


「どうか、ご無事で」


イクエスが消える前に立っていた場所を見つめ無事を祈る。




「あっ、しまった。何処にいるか確認せずに降りちゃったな」


とりあえず、人間が住んでいる町の空にいるがどこにいるか把握せずに降りてきた。仕方ないので神力を使ってその人間がどこにいるか捜し始める。


「見つけた」


パチン。指を鳴らして一瞬で人間の前に移動する。



ボトッ。食べかけのハンバーガーを落とす男。いきなり目の前に現れた化け物に殺されると思い死を覚悟する。


「初めまして。俺の名はイクエス。よろしくな」


怖がらせないように笑顔で挨拶するが、男には凶悪な笑みを貼り付けた化け物に見えている。


「あっ、うん。よろしく」


「俺、君に頼みたいことがあるんだけど聞いてくれるよね」


声は優しいが断ることは許さないと笑顔で圧をおくるイクエス。


「あー、それは、内容によるかな」


下手に頷いてその頼みが危険なのだったら嫌なので言葉を濁す。


「心配しないで。そんな難しいことじゃないから。むしろ、簡単簡単。ただ、俺の代行者になって一緒に楽しいことしてくれればいいだけだから」


男の周りをぐるぐるして一緒に楽しいことをしようと誘う。男がまだ乗り気じゃないので仕方なく神力を使って水の魚を作り出し男の周りを囲むように泳ぐ。


「楽しいこと?」


水の魚を夢中で見るも楽しいこととは何かを尋ねる。


「そうだよ。一緒に楽しもう」


両手を広げてそう言うと男に神力を纏わせて一緒に空へ向かって飛んでいく。


「ハハッ、すげぇー。何だこれ。一体どうなってるんだ。あんた一体何者なんだ」


「俺?俺は神だけど」




「…ってことだけど理解できた?大丈夫?」


自分は水瓶座を司る神でこれから他の黄道十二星座の神と戦わなければいけないことを説明し、それが理解できたか確認する。


「つまり、俺は水瓶座の神様の代行者として他の代行者た命を賭けた戦いをこれからすると」


「うん、そうだよ。俺の代行者になってくれる?」


にこやかに笑って言うも、男には凶悪な化け物がこれから人を殺そうと楽しんでいる顔にしか見えていない。


「ああ。勿論だよ。是非やらせてほしい。そんな楽しそうなことをやらないなんて選択はないよ」


壊れた人形の両目を見開き笑い出す。


「うん。いいね、いいね。その意気だよ」


親指を立てて男を褒めるイクエス。


「(アスター。俺の代行者が今決まったから降りてきて)」


神力を使いアスターに呼びかける。


「お呼びでしょうか。イクエス様」


天界から降りてきたアスター。


いきなり知らない男か女かもわからない存在が現れて口を魚のようにパクパクさせる男。


「おっ、早いね。流石アスター。彼が俺の代行者。これでいいんだよね」


代行者が決まったらアスターに報告しないといけない決まりになっている。報告したからこれで問題はないだろうという確認を一応するイクエス。


「はい。大丈夫です」


イクエスに頭を下げそう言った後、男の方を向き名を名乗る。


「初めまして。私はアスターと申します。以後お見知りおきを」


「俺は西園寺蓮です」


少し顎を引いて名を名乗る。


「では、これからイクエス様には蓮様の体の一部に代行者としての証を刻んでいただきます」


「オッケー。それはどこでもいいよね」


「はい。大丈夫です」


アスターがそう答えると蓮にどこがいいか尋ねるイクエス。


「じゃあ、ここに」


左の二の腕を出してここにいれて欲しいと指差す。


「オッケー」


二の腕に手を置き神力を注いでいく。


「これでいいの?」


紋章が入った二の腕をアスターに見せる。


「はい、問題ありません。では、私はこれで失礼します」


そう言うと天界に戻るアスター。


「そてと、今から何する?」


いきなり何するかを尋ねられ困る蓮。


「何って何を?」


「そりゃあ、楽しいことっしょ」


当たり前だろと言わんばりに胸を張って言うイクエス。


蓮がそれもそうかと納得し「いいね」と言おうとする前にイクエスが指を鳴らした。


パチンと音が聞こえた直後、蓮は海の中にいた。


いきなり海の中に連れてこられパニックに陥る。


溺れる、息ができないと焦りこのままでは死ぬでしまう。イクエスに助けてと目で訴えるが「何してんの?」と言われ「楽なしなよ。息できるから」と呆れられてしまう。


蓮はイクエスの言葉に嘘じゃないだろうなと疑いながらも言われたように体を楽にし思いっきり息を吸う。


すると、地上でするように自然に呼吸ができた。


「嘘だろ」


目をカッとこれでもかというくらい見開き子供のようにはしゃぐ。


「凄い。凄い。凄すぎる。これが神の力。本当に凄すぎる」


絶対に人間にはできないことをやってのけるイクエスにお前は神なのかと心の中で叫ぶ。


イクエスは神だと知っているのに心の中で神なのかと問う蓮はあり得ない出来事に考えることを放棄して、今この瞬間を昔の頃のように楽しむことにした。


「ほら、いこう」


イクエスが先導して海の中を泳ぐ。


蓮は泳ぐのが得意ではなかったがイクエスの力のおかげで、プロの選手より上手に泳げた。


イクエスと泳いでいると魚達が近づいてきて代わる代わる一緒に泳いだ。



この瞬間だけは何にも縛られることはない。自由だと。蓮はこの自由な時間を、幸せな時間を守りたいと心の底から願った。


イクエスのおかげで本当の自分を見つけた蓮。


もう二度自分に嘘はつかない。何にも縛られることなく自由に生きていく。それが自分が幸せになるための手段だと気付いた。


それを教えてくれたイクエスに恩返しするためにも、必ず勝つと心に誓う。


イクエスを勝たせるためなら、自分は何でもできると思った蓮。

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