狼頭人身の留学生(4)

「立てよ」

 真紅の美少女が傲然と告げてくる。

「全然手応えねえんだよ。ふざけんな?」


 そのとおりだった。グレオヌスは告白をした校庭の並木の下に倒れ伏しているが気を失ってはいない。


「きっちり抜いてきやがって。てめぇ、なにもんだ?」

 美少女の台詞とも思えない。ソプラノボイスだが少年のものだった。

「君こそ何者だ? これほど見事な蹴りはそうはお目に掛かれない」

「言いやがる」

「申し訳ない。とんでもない勘違いだったみたいだ」

 素直に認めるしかない。

「そういう趣味じゃねえのか。俺は男だぜ?」

「失礼だとは思うが、てっきり少女だと思っていてね」

「失礼極まりねえじゃねえか」


 埃を払って立ち上がる。せっかく新品の制服が早くも台無しだ。色々な意味でため息が出る。


(初日からやらかしてしまったな。これは冷やかされてしまう)

 気持ちは決着したが暗澹たるものが残った。


「勘弁してくれたまえ。君だって鏡くらい見たことがあるだろう?」

「自分の顔だ。よーく知ってる。そりゃ、一方的に非難はできねえがよ。せめて確かめろよ」

 もっともな指摘である。それくらい舞い上がっていた。

「済まない。それしか言えない」

「悪いと思うんなら、もう少し付き合え」

「本気か? 僕は戦闘職の中で育ったんだが」

「最高じゃねえか。行くぜ?」


 構えが堂に入っている。きちんと学んだ者のそれである。グレオヌスは素人を相手するほどの加減の必要性を感じなかった。


(ウェイト差を考えないほど無謀なのか?)

 心得があるほどに考慮するものだ。


 気づけば瞬時に懐に入られている。下からつま先が伸びてきた。胸の中央を貫かんばかりの勢いである。

 右の手刀で払う。つま先は落ちていくが、代わりに軸足が飛んできた。受けで前傾になっていたグレオヌスのこめかみを狙ってくる。腕の甲ですりあげながら間合いを外した。


(速いうえに流れがある。侮ってたらやられる)

 本能的に勘づく。


 一足に詰めて足刀が宙を駆ける。二段、三段と徐々に上がってきた。三段目は完全に顔を狙っている。上体を反らして避けた。


(大振りな攻撃ばかり。隙があるように見えるが踏み込むのは危険。これは誘いだ)

 グレオヌスはミュウがこちらをつぶさに観察しているのに気づいている。

(乗ってみるか)


 引き足と同時に間合いを詰める。拳を打ち込む予備動作をした。美少女に見える面の口端が吊り上がる。

 スピンした身体が足元に入っている。見えない位置から拳が突き上げられた。読んでいた彼は平手を入れて受けている。


(なに!? 重い!)


 身体のサイズにまったく似合わない一撃だった。まともに当たっていたら悶絶確定である。グレオヌスのウェイトでも軽く浮かしかねない衝撃が平手を襲っていた。


「今のが入らねえか。打たせやがったな?」

「流せていれば終わってたんだけど」


 受けた拳を流していれば、そのまま後ろを取って押さえ込めるはずだった。しかし、中途半端に軸をずらすと受けきれないと途中で気づいたからやめていた。


「お前、そんじょそこらの腕自慢じゃねえな?」

「それなりに鍛えられてるさ。とんでもない先生が周りにいたんでね」


(なにかがおかしかった)

 引っ掛かりを覚えている。

(拳も普通じゃない威力を持っていたけど、その前になにか。あり得ない動きをしていた気がする)


 思わぬパワーに気を取られていると大怪我をするなにか。これまでの経験で無視してはいけない勘がグレオヌスに告げている。


「楽しませろよ」

「ご期待に添えると幸いなんだけど」


 構えを低くする。本気を出さないと、とても太刀打ちできない相手だと認めた。肘、膝、人体で最も打撃に適した部分も使わないといけないほど。


(足を払う。ジャンプしたら詰み)

 回避できない一撃を使える。


 拳を握り込まない自然な構えを取っているミュウに低く足払いを掛ける。相手は跳ねて躱した。その程度だったかと少し残念に思う。


(く!)


 寸止めするつもりで放った肘が両手で受けられている。勢いを殺され、肘を取られた。右足が絡んできて身体で右腕を奪われる。そこから左足が飛んできた。咄嗟に首をずらして避ける。頬の毛が衝撃で弾けた。


「こいつもか。堪らんぜ」

「ミュウ、君、今のは?」


 なにが起きたのか理解した。正確にはなぜそうなったのかを。


「ちょ、なにしてんの!」

 声が割って入る。

「どうなったのか見に来たらどうしてバトルしてんのよ、ミュウ! グレイ君も!」

「なんだよ、ビビアン。組手の相手を紹介してくれたんじゃねえのかよ?」

「違うわよ!」

 ミュウは器用に飛び降りている。

「人が悪いな、君は」

「う、ごめんなさい。勘違いしてるのはわかってたんだけど」

「まあ、いいさ」


 ちょっとした悪ふざけだ。戦闘艦内で行われるような大人の悪ふざけに比べると可愛いほう。


「グレイか、なるほど」

 覗き込まれる。

「ああ、それでいい」

「俺はミュッセル・ブーゲンベルク。そのまんまミュウでいいぜ」

「わかったよ、ミュウ」

 握手する。

「もしかして……」

「じゃ、うち来いよ。メシ食わしてやる」

「は?」


 ニンマリと笑った美少女紛いの少年にグレオヌスは引きずられていった。


※本日12時にも更新します。

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