9 球場へ
伊織くんはホルンの子や、ユーフォニアムの子と付き合っているのかな?
ホルンの子を思い浮かべてみた。
いつもツインテールをしていて、幼い顔をしていて、とってもかわいい。
伊織くんは、梨沙ちゃんと内恋なのかな?
ユーフォニアムでは誰だろう。
芯の強そうな感じの子。伊織くんも体は大きい方なので、香澄ちゃんとならお似合いかも。
なんだか気になってきたので、英美里ちゃんに聞いてみた。
「ホルンキラー、ユーフォキラーって、そのパートの人達から伊織くん、人気あるってこと?」
「ん? そういう意味じゃないよ。ホルンやユーフォの子って、演奏中によく、伊織くんからアタックされてるの」
「なにそれ? 伊織くんは演奏中にそんなことしてんの? だめでしょ」
伊織くんは、ちょっと軽い感じがするなとは思っていたけど、まさかそんなことまでしていたとは。
「そう、アタック。結構びっくりするみたい」
「へぇ~、そうなんだ。私たち木管っていつも合奏の時、前の方に並ぶから、後ろでどんなことが起きているか、わかりにくいよね」
* * *
野球の試合、当日を迎えた。
私服で行っていいということなので、私は動きやすい服装を選んだ。
バケットハットをかぶって日差しにも備えた。これは私の一番のお気に入りの帽子。
もちろん、日焼け止めはたくさん塗った。準備万端!
バスを乗り継いで市民球場へと向かう。
途中で、フルートの英美里ちゃんと合流した。
英美里ちゃんの服装を見て、私は目を丸くした。
白いノースリーブのワンピースに大きな麦わら帽子……
ちょ、どこのお嬢様ですか……
髪は下ろして、なんとなくウェーブがかかっている。
「英美里ちゃん……かわいい……」
思わず口に出してしまった。
「そう? ありがと!」
そうか……私服でOKってことは、ファッションセンスを問われてしまうということなのか。
もうちょっと考えてコーディネートしてくればよかった。
学校は制服だから、普段はそんなことを考えなくていい。制服というのはいかに楽なのか、身に染みて分かった。
* * *
英美里ちゃんと並んで歩いて球場に向かう。
すれ違う人達が、ちらちら英美里ちゃんの方を見ている。
美少女を連れて歩いている私は幸せ者? それとも引き立て役だったりして……
英美里ちゃんは私が見てもドキドキしてしまうんだから、男子が見たら鼻血が出てしまうに違いない。
そんなことを考えながら歩いていると、市民球場が見えてきた。
トランペットやトロンボーンの音が聞こえてきた。
ホント、金管楽器の音って遠くまでよく聞こえる。
一塁側の客席に入ると、すでに何人か来ていた。
木管の子たちは、みんな私服だ。
「お! 英美里、かわいいじゃん!」
「英美里ちゃん、かわいい~~!! お嬢様~!!」
やっぱりみんな、英美里ちゃんのことばっかり褒めているような……
もっとおしゃれしてくればよかった……
「琴葉、その服いいね。似合ってるよ」
え? 誰? 私の服を褒めてくれるのは……
声のする方を振り向くと、そこには同じクラリネットの晴人くんが立っていた。
「そ、そう? ありがとう。晴人くんもかっこいいよ」
晴人くんは、私の言葉に少し照れたようだった。
晴人くんは、上は襟付きのシャツに、下はスラックスをはいていた。
なんとなく、学校の制服に近い感じの私服だ。
まじめで大人しい晴人くんらしいセンスかも。
「琴葉、その帽子いいね」
バケットハットに気づいてくれた。これ、私のお気に入りの帽子。
晴人くんに褒めてもらえて、なんだか嬉しい気持ちになった。
私の頬は、いつの間にか熱くなっていた。
「お! 琴葉、英美里、待ってたぞ!」
部長の上原先輩だ。
「うちの学校のかわい子ちゃん、ツートップのお出ましだな。これで、野球部も大喜びだろ」
相変わらず、調子のいいことを言っている。
同じトランペットの理紗子ちゃんが、部長の顔を冷たい表情でにらんでいる。
それに気づかず、部長はペラペラとしゃべり続ける。
「美人代表の英美里ちゃんと、かわいい代表の琴葉ちゃん」
うわ……これはまずい……
女の子がいる前で女の子を褒めるなんて……
「で、私は何の代表ですか?」
氷のような表情を浮かべて、理紗子ちゃんが上原部長に詰め寄る。
ほら、いわんこっちゃない。
女の子の多い部活の部長さんなんだから、女心もちゃんとわかってないと、ね。
冷たい表情の理紗子ちゃんと、文字通り、氷のようにフリーズした上原先輩。
その二人をじりじりと照らしている灼熱の太陽……
「あはは……英美里ちゃん、行こうか」
私たちはその場を離れた。
しかし、覚悟していたとはいえ、夏の日差しはとても厳しい。
日焼けしたらどうしよう……
そんなことを考えながら客席を歩いていたら、楽器の音出しをしていた伊織くんと目が合った。
そういえば昨日、屋外で吹くとやけどしそうになる、とか言っていたっけ。
私は聞いてみた。
「伊織くん、トロンボーン熱くなってる?」
「ちょっと触ってみるか?」
楽器を触ってみると、確かに熱くなっている。
「どうだ? ちょっと持ってみるか?」
そういうと、伊織くんはトロンボーンを私に手渡した。
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