第9話:器物損害時ライバー事務所『パワハラ会議』

「なりたい自分になる」という夢を叶えるためにメタバース世界へと来る人は多い

しかしそれは周りも同じであり、それは結局現実世界でも、仮想世界でも、メタバース世界でもやってることは同じ

人同士の醜い争いであり、それらが発生する理由の一つとして考えられるのは経済学用語で言われている利潤率低下の法則に基づくのだろう

これは何を意味するのかと言うと、最初は利益が出ていたことでも、周りがどんどん参入し、「俺も稼ぎたい、俺も稼ぎたい」と次々と溢れていき、当然周りに利益は分配され、最終的にはそこまで稼げなくなり、「これじゃ他の仕事と変わらないな」という現象である

Youtube業界が広告収入が目減りし、TecToka(テックトッカ)が若者に流行、ショート動画を出すYoutuberも多くいるが当然動画再生時間が短い分、広告収入も目減りされているので、まさに利潤率低下の法則となり、リスクとリターンはやがて釣り合ってくる


他にもツイッツーも収益化できると当初話題を呼んだが、インプレッションのみで稼ぎが出来ないという話を聞く

理由はYoutubeと同じく、参入者が溢れかえっているのが現状なのと、Youtubeと違って悪質なのがbotがひたすらバズツイートに対して

無意味なリプライが多いことから、本来稼げたはずの広告主の収益が奪われているような状況下にあるとされている

お金をただ稼ぎに来たという安易な考えがいかに愚かなものかが、実際の損益分岐点を見ればよく分かる事例となっているのだ


香奈梨は現実世界に戻っていた

昨晩起きた恐怖の出来事、ライバー事務所勢達の存在、勿論全員が全員そういうわけではないことも分かる

極一部のライバー達が粗相を行うことで、そこがピックアップされてしまうのである

それを経営者は皆「アミノ酸の桶の理論」と呼ぶことがある

アミノ酸の桶の理論は、アミノ酸も偏った摂取の仕方ではなく、バランスよく取らないと効果が得られないという例え

何処かが少なすぎると、本来水を満タンに出来る桶でも、そこから溢れてしまい、十分に溜まらないという状態

つまり「もったいないことをしている」ということである

もったいないことをしていることに誰も気づかず、どんどん失われていく

お金も、時間も、知識さえも、そして人生そのものも・・・それがREALTY症候群へ近づいてしまう原因であるのかもしれない


だが一部の人間の悪事がピックアップされて、自分達真面目な人間までも同じ人種と思われるのには甚だ侵害な部分がある

代表的な例で言えば、香奈梨は鉄道マニアがどれだけ存在するかなんて分からない、具体的な人数がどれほどいるか

仮に1万人撮り鉄がいたとしても、そのうちの100人のマナーの悪い撮り鉄がいたらどうなるだろうか?

ツイッツーやマスコミに、その100人の行動をピックアップされ、あたかも撮り鉄は態度の悪い連中かのように仕立て上げられる

残りの9,900人の真面目に頑張ってる人たちも、当然そのイメージを持たれ、親や友人に話しづらくなっていく

たった1%のくだらない人間のせいで、残り99%の人間の肩身を狭くするのが、アミノ酸の桶の理論で説明がつくというわけだ

それほど集団行動というのは大事であり、これがもし企業の看板を背負ったもの、ライバー事務所勢ならば自分のせいで周りの評価を下げてしまうことを意識しなければならない


器物損害時ライバー事務所の会議の出来事を今から説明するとしよう


「頭を垂れて這いつくばえ」

そう言葉を発するのが、器物損害時 無様(きぶつそんがいじ ぶざま)社長であった

「ははぁ~」と上弦の鬼6人と下弦の鬼6人が頭を下げた。


「昨日のご当地ポスターラスランだが、見事に上弦の鬼1は1位入賞で終わった。これで我が社の存在はより世間へと知られていくであろう

だが私が甚だ気に喰わなかったのは、下弦の鬼1も参加していたにも関わらず、10位というのはどういうことか?

あれだけの応援を入れて、他のライバーに圧倒されているのはどういうことか?いい加減私はお前たちの存在意義が分からなくなってきた」


下弦の鬼4:失礼ではございますが、ご当地ポスターは1位~10位まで掲載されれば、アバターが掲載されるので、順位はさほど重要ではございません

10位以内にさえ入っていれば、それで問題ないのではないでしょうか。


「誰が喋っていいと言った?」


下弦の鬼4:も、申し訳ございません


「私に聞かれた事のみ答えよ。何故下弦の鬼はここまでスコアが出せないのか

いつだって他のライバーを圧倒し、この世界から葬ってきたのは上弦の鬼たちだ

上弦の鬼はライバー事務所設立当初からここ3年間、顔ぶれが変わっていない

だがお前たち下弦の鬼達は何度入れ替わった?」


下弦の鬼6:(そんなことを俺たちに言われても・・・)


「そんなことを俺たちに言われても?なんだ申してみよ」


下弦の鬼6:(なにぃ!?思考が読めるのか、まずい・・・!!!)


「何がまずいのだ?申してみよ」


器物損害時無様は上級心理学者(メンタリスト)、相手の思考や行動パターンが見えると言う

彼にとって他のものは単なる道具や手段に過ぎず、一番は自分の欲するもののみを考える上下関係の激しい事務所を設立

実力順という単純な思考回路から、普段不動産営業や保険営業をしている会社員からも人気な事務所となっている

だがその分当然入れ替わりも激しく、そして多くの者は命を落とすとも噂されている諸刃の剣のような事務所であった


下弦の鬼6:も、申し訳ございません無様様!!どうがお慈悲を!!


下弦の鬼6がその場から消えた

おそらく死んだのだと思う

どうやって殺したかは不明、だがきっと恐ろしい恐怖から一瞬にしてREALTY症候群になったのだろう

心理学者は心のケアをすると同時に、人間の心を簡単に破壊することの出来るスペシャリスト

悪用されると、こうも厄介なことはない


「さて一人一人問いていきたいのだが、まず下弦の鬼5、お前は昨日のご当地ポスターイベントにて下弦の鬼1の応援に来なかったと聞く。その理由をこの場で述べよ」


下弦の鬼5:昨日私は蜘蛛リスナー達を引き連れて、あるライバーを潰しに掛かろうと考えていました

母さんが糸で相手のリスナーを操り、姉さんが繭の中で人間を溶かし、そして父さんが喰うという手法でしたが、相手の中に厄介なリスナーが存在していました

蟲蝶(むしちょう)と名乗る毒使いと、水岡(みずおか)と名乗る凪使いでした

この二人のお陰で私のリスナー達、まあ正式にはREALTY家族(リアルティかぞく)と呼ぶ、実際に血のつながりのない家族なんですが


「つまりお前は負けたということか?」


下弦の鬼5:はい


「お前はREALTY家族(リアルティかぞく)だのくだらないものに拘りを持っていたな

家族には役割があるだの、恐怖で従わせるだの、私からしてみればそもそも家族という存在自体がくだらない

要するにお前は私の役に立てなかった、死に値する」


下弦の鬼5がメタバース世界から姿を消した

次々と事務所メンバーが消えていく

これがまさにこの事務所の特徴『パワハラ会議』別名『死の会議』


「次は下弦の鬼4、お前は前回のオリジナルギフトイベント時、灼熱のアカツキライバー事務所所属の大蛇麻呂(おろちまろ)とかいうやつの禁術『黄泉転生』にビビリ、途中で歌枠を放棄をしたと聞くが、お前はいつもそうやって自分より強いライバーを見かけたら逃げて回るのか?」


下弦の鬼4:申し訳ございません、どれだけコメント禁止やブロック、通報をモデレーターと一緒に行っても次々と溢れかえるbot集団に成す術がございませんでした


「そういうものは術者であるものを先に死に追いやるものである。勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなしだ

自分が負けた理由は必ずあり、お前はそれを反省することもなかった。よってお前のような腐ったミカンを事務所に置いていても周りに腐敗するだけだ

消え失せろ」


下弦の鬼4がメタバース世界から消えた

次々と消されていく。つまりこれは下弦の鬼というチーム自体の崩壊

それはすなわちこの場にいることは死を意味すること

ならば・・・。


下弦の鬼3はその場から逃げた

社長が追いつけない速度で逃げた

・・・つもりだったが、気づいた時には顔と胴体が二つに別れていた

一体何が起きたというのだ?ありえぬ


「即時業績向上法によると、人にはそれぞれ『人財、人材、人罪』という3種類がいるという

率先して会社に貢献できるもの、常に+αを提供できるものは人財。上司から指示を受け、その通りに動けるものは人材。そして自ら行動しないもの、屁理屈ばかりでごねるようなものを人罪と聞くが、お前はその3種類の人間のうちどれだ?」


下弦の鬼3:私は・・・


「死ね。お前のようなタイムカードだけ切っている窓際社員のようなライバーなどいらぬ。

状況がまずいと思ったらすぐ敵に背を向けて逃げるような腰抜けなど、単なる給料泥棒に過ぎぬ

お前ひとりを雇うのに、周りの売上を上げたライバー達の利益の水から金が支給されている自覚を持たぬものなど、解雇である」


下弦の鬼3の姿がそのまま崩れ、朽ち果てていった。

残る下弦の鬼は2人となってしまった


「最後に言い残すことはあるか?」


下弦の鬼2:私はまだあなた様のお役に立てます!もう少し猶予が欲しいです!!きっとお役に立ちます


「具体的にどれ程の猶予を?そしてお前はどう役に立つ?今のお前の実力でそれが実現できるのか?」


下弦の鬼2:チを・・・ガチャチケを頂けないでしょうか!!私は声優学校に通っていたので、声には自信があります

機材もおっしゃった通りAG03を準備し、イケボということで多くのリスナーから好評です

しかし私に不足しているのはアバター衣装、全然金クマが出ず、どれだけ中身を取り繕っても見た目が良くございません

大量のガチャチケがあれば、私はより強力なライバーとなり戦います


「何故私がお前の指図でアバターポイントを消費してまでガチャチケを投げなければならないのだ

そもそもガチャチケ乞食と呼ばれているお前が何故自分で課金してガチャを回さないのか分かっている

手に入れたライブポイントも、給料も全部現実世界でパチンコとキャバクラで消費していることも全てお見通しだ

元プロ野球選手のイチロー、将棋界の羽生(はぶ)、フィギュアスケートの羽生(はにゅう)、これらの選手は誰かが何かを与えたか?

彼らは自分で自分を磨き、そして努力をした、それは誰かの為ではなく自分の為に多くの時間を割き、頑張った結果だ

最近藤井という若手が将棋界で八冠王となっているが、彼もまたお前のように何か乞食をしたとでも思うか?

イチロー選手によると『近道は決してない。結局回り道するしかなく、それが一番の近道だ』と言われているが、お前は何の努力をした?

甚だ図々しい。身をわきまえろ」


下弦の鬼2:違います!違います!!私は


「黙れ。私は何も間違えていない。全ての決定権は私にあり、私の言うことは絶対である

お前に拒否する権利はない。私が正しいと言ったことが正しいのだ。お前は私に指図した。死に値する」


下弦の鬼2も消滅した

残るは下弦の鬼1のみである


「さてお前は昨日ご当地ポスター10位とギリギリであったが、私が納得できる理由があるのであろうな?」


下弦の鬼1は顔を少し赤らめながら、こう述べた


下弦の鬼1:そうですね、私は夢見心地でございます

哀れな推し活をしているリスナー達にたくさんの課金をさせ、たくさんの投げ銭をさせ、そして入賞を逃す

私はラスト1分でランキング20位から10位に登り詰めました

元10位の人も、11位の人も、自分こそはご当地ポスターに掲載されると思ったでしょうが、最後に私がそいつらを蹴落とした

だけど幸せですよね?23時59分まで自分こそ入賞者だ!と幸せな夢を見れるわけなんですからね

0時直前で私はそいつらを蹴落として入賞を逃させる、私は幸せな夢を最初に見せてから人が歪んだ絶望する顔を見るのが好きです

そしてランキング9位以内の者たちもそうです

本来私と近いスコアポイントのボーダーであれば、無駄な投げ銭をせずとも入賞できたものの、枠の雰囲気だの、まるでお祭りに来た時に1回500円はするであろうしょぼい景品付きのくじ引きを引かされ、実は中に1等のくじが入っていないのにその場のノリだけでお金を消費する

頭の悪い小学生たちのようにたくさんお金を消費させて生活を困窮させるのも、すごくすごく好きなのです


「ほぉ・・・それはつまり今回ランキング1位だった上弦の鬼1に対して、喧嘩を売っているということか?」


下弦の鬼1:そうですね、いくら仲間とはいえ、10位以内にランクインすればいいだけなのにお金の使い方は馬鹿だったと思います

1位になれば何か特典があるわけではなく、ただ10位以内に入ればいい、だから私はスコアポイントはそこまで高くないかもしれませんがギリギリ入賞し、ご当地ポスターに上弦の鬼1と同じく掲載されるというわけでございます


「私が言っているのは何故他のライバー達に圧倒されているのか?ということを理解していないのか貴様は」


下弦の鬼1:ええ、ええ。仮に私より上のライバーがいたとして、それはつまり多くのリスナー達に支えられているわけです

私はただ入賞を逃したライバーが泣き叫ぶ姿だけでなく、必死に自分の生活費を切り詰め、課金したがために毎日カップラーメン生活をし、家賃滞納、奨学金未払い、親に借金など勝手に自分で自分を追い詰めていくリスナー達の姿を思い浮かべると、とても高揚です

この世に生まれてきたこと、REALTYと出会ってしまったこと、Vライバーと出会ったことを後悔させて、悪夢を見ながら自ら首を吊って命を絶たせることが好きなのです


「つまり負けはしたがライバーだけでなく、その応援しているリスナーもろともじわじわと生き地獄へ導くと?中々気に入った。お前には特別にガチャチケ10枚くれてやる」


下弦の鬼1:ありがたき幸せ


下弦の鬼は6人いたが、5人はその場で命を落とし、1人だけが生き残った

そしてすぐさま無様は上弦の鬼に目を向けた。


「ところで上弦の鬼3よ、お前は昨日REALTY攻略サイトとかいうくだらないサイトを持つ男の元へ向かったようだが、何故始末できていない?」


上弦の鬼3:私の持つウイルスを無効化出来る魔法使いが1人いたため、仕留め損ないました

しかしあの場にいたリスナーの眼を焼き、枠自体を閉鎖に追い込み、ライブ配信に対する恐怖を植え付けてきました


「お前は何か勘違いをしているようだな?事務所勢が個人勢に勝つのは当然のことだ」


上弦の鬼3の身体にヒビが入り、口から血を嘔吐した


「お前には失望した。嫌気術まで使ったというのに、それを1人の魔法使いに妨害されたなど、単なる言い訳に過ぎん

孫子の兵法曰く『其の来たらざるを恃むことなく、吾が以て待つ有るを恃むなり』という教えがある

これは敵が来ないことを期待するのではなく、敵がいつ来ても迎え撃てるように万全なる準備を行うことという言葉だ

ビジネスの世界で社長達はランチェスター戦略と、孫子の兵法を物凄く勉強するぐらい人気の書物の一つである

お前は自己啓発書の一つですら読まないのか?本も読まない、新聞も読まない、ずっとスマホばかり弄っているのだろ?

ただし実行するのは難しく、かつて武田信玄は孫子の兵法を物凄く勉強したが、織田信長に敗れたという

それは何故か?織田信長にはスピード感があったからだ

どれだけイベント企画を立てても、素晴らしい経営企画を用意しても、現場にすぐ反映されないようなこと

新商品がコンビニに入荷したとして、それを棚に並べなければ売り上げを逃すのと道理

お前にはその判断力とスピード感がなかった、『有言実行』が足りなかったのだ、だから中途半端に終わったのだ」


上弦の鬼3は血を吹き出しながらも、話を聞いていた


「ラストマンの気概を持つことだな。下がれ」

※ラストマンとは、実際には社長ではないが、自分が社長だったらこういう行動をするなど自覚をもって、経営者目線で働きかけることを意味する


上弦たちには社長も特に手を出さなかった

上弦は役職で言う部長のような存在、下弦は課長のような存在である

こうして器物損害時無様によるパワハラ会議は終わった


その頃、現実世界で香奈梨は同級生の菜緒と電話していた


「もうびっくりだよ!!バーチャル世界(メタバース世界)で顔出しせずにライブ配信出来るっていうから気軽に始めたアプリなのにさ

なんか見たことあるような展開ばっかだよ、特に昨日ライバー事務所の特徴聞いたんだけど、明らかに鬼〇の刃、ハンターハ〇ター、ワ〇ピース、NA〇UTOに出てくる組織名のパクリよ」


香奈梨は怒り気味で話してた

それを菜緒が「うんうん」と聞いていた


「まあそれだけ漫画やアニメを見ていて、自分もこういう存在になりたいっていう一種の『憧れ』からきてるんじゃないかな?

現実世界では叶えられないことでも、仮想世界ならそれが叶えられる、まあ名前パクリなのはいいのかどうか分からないけど」


「いやそんなことよりライブ配信中に地震が来たりとか言ってたのよ!!これもしかしたらゴムゴムの~~~とか、そういう展開も当然来るのかしら?」

「どうだろう?超人系能力より、自然系(ロギア)の能力を使ってくる人多いんじゃないかな?」

「いやだからみんな普通にライブ配信しろっての!!どっかのテニス漫画みたいに『でかすぎんだろ・・・』みたいな展開じゃあるまいし!!普通にライブ配信しろ!」

「あはは、楽しそうだね、香奈梨」

「楽しくねえわ!命が懸かってるわ全く!!」


香奈梨はぷんぷんしていた

菜緒はその話を聞いてくれていた

大切な友人だ、絶対失いたくない

菜緒とは100歳まで、あと85年はずっと一緒にいたい

そんな存在である

だから香奈梨は死ぬわけにいかない、戦いはこれからだ

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