第五十話 争いの予兆

「……よし。あっちは終わったかな?」


 レイは物言わなくなったエリーから目を離すと、馬車の方に視線を向ける。

 すると、馬車の荷台から荷物を下ろす仲間たちの姿が目に入った。

 そこから、戦いが終わったことを察したレイは、常時回復オートヒール限界突破オーバーロードを解除し、再びエリーの死体に目を向ける。


「取るか」


 短くそう言って、レイは腰から革袋を取り出すと、金目のものを漁り出す。

 そして、そのままハリスの方も済ませると、レイは死体から背を向け、走り出した。

 ここで2人の死体を処理しないのは、死体の処理すらしようとしない、爪の甘い雑魚盗賊であると見せかけるためだ。幸い、周辺にはそんな盗賊が存在する。

 その後、皆の下に辿り着いたレイは、ルイの下へ行って成果を報告すると、そのまま拠点へと帰って行った。




 一方その頃、1人の男が丘の上から隠れるようにして、丘下にいる集団の動きを見ていた。


光輪月の舞踊ムーン・ワルツが上空に見えたから何事かと思って来てみれば、まさかこんなことになってるとは……」


 男は苦虫を噛み潰したような顔をしながらそう言う。もう少し早く来ていれば、彼らを助けられたのに――と思うも、直ぐに頭を振ってその思いをかき消す。

 下にいる集団は十中八九盗賊だ。だが、今まで彼が冒険者として潰してきた盗賊とは毛色が違い過ぎる。


「ったく。何だよあれ。手際良すぎだろ。しかもAランク冒険者たる俺と同等クラスまでいるな……」


 1人は最前線で逃げた2人を倒したように見える男。そしてもう1人は馬車の方にいた男。

 あの2人とは1対1で戦っても良くて五分五分だと、自身の直感が告げている。


「ちっ こりゃ高ランク冒険者で固めた討伐隊を組まなきゃやべぇことになりそうだ」


 男はそう言うと、盗賊たちが森の中へ全員行くのを待ってから丘下に下ると、死亡した冒険者たちの遺品――冒険者カードを回収してから、拠点であるリベリアルへと戻った。


 ◇ ◇ ◇


 リック視点


 冒険者になってから1年の月日が経った。

 あれから俺は直ぐにパーティーに入り、程なくして「お前を追放する!」というお決まりのセリフと共に追放された。

 いや、俺は悪くないからな? 俺の実力が高すぎて俺たちのすることが何もない!って言われただけだからな?

 まあ、そんなことがあって以降、俺はずっとボッ……ソロで冒険者活動をしている。一応冒険者の知識とかはそのパーティーに入っていた僅かな期間であらかた把握できたから、特に困ることはなかった。

 そして今、俺はAランク昇格試験を受ける為に帝都へと向かっている所だった。


「……お、あれがリベリアルか」


 そして、丁度昼を過ぎた時間帯にリベリアルに到着した。

 いつものように簡単な検査を受けて街に入った俺は、取りあえず冒険者ギルドを目指すことにした。何か面白い依頼があったら、それを受けてみるのも悪くないと思ったのだ。

 Aランク昇格試験が行われるのは2か月後。まだまだ時間はあるのだ。

 そうして冒険者ギルドに辿り着いた俺は中に入ると、真っ先に掲示板の方へと向かい、そこに貼られている依頼票を見る。


「ん~……美味しい奴はもう朝には取られちゃってるなぁ……」


 だが、残念なことに、めぼしい依頼はなかった。まあ、ダメもとだししかたないな。

 んじゃ、昼飯食ったら行くか。

 そう思い、昼食探しの旅に出ようとしたら、受付の方から少し焦った様子のギルド職員と結構強そうな男の冒険者が出て来た。

 そして、ギルド職員は駆け足で掲示板――それも緊急の方に行くと、そこに1枚の依頼票を貼る。


「ん? どんなのだろ?」


 緊急依頼は総じて報酬金が高い。その分ランクが高くないと受けられないことが多いが、何せ今の俺はBランク。大抵の依頼は受けることが出来る。

 そんな軽い気持ちで、俺はその依頼票を見た。そして――殺意が湧いた。


「盗賊……だと……おっと」


 あのことを思いだし、殺気が一瞬漏れ出てしまった。失敬失敬。

 で、この依頼票には盗賊団が現れたから、その討伐隊を組んで、集まり次第討伐しに行くと書かれていた。

 普通の盗賊団なら緊急依頼にはならないし、募集ランクもBランク以上にはならない。

 だが、その盗賊団にはほぼ確定でAランク冒険者クラスの実力者が最低2人はいるとのことだ。更に、他の盗賊たちも全員かなりの手練れで、統率力も高いらしい。


「確かにそりゃ緊急案件だな。危険すぎる。ま、強かろうが弱かろうが、盗賊は殺すけどな」


 これでもエルニアでは”盗賊の殺戮者”なんていう物騒な異名で呼ばれたんだ。ここでも当然、皆殺しだ。

 やると決めた俺は、早速受付に行って、緊急依頼を受ける旨を伝えに行った。

 



 4日後の夕方。

 ようやく討伐隊が組めるだけの人数が集まったらしく、昨日ギルドに行った時、明日の夕方に冒険者ギルドへ来て欲しいという旨を伝える手紙を渡された。

 で、昼間までずーっと寝てた俺は目を擦りながら宿を出ると、直ぐ近くにある冒険者ギルドへ向かった。

 冒険者ギルドの夕方は、依頼完了の報告をしに来た人でそこそこ混んでいる。そのため、受付――それも可愛い受付嬢がいる所は特に混んでいる。普通の男性職員がいるところは……まあ、普通だな。

 だが、今回は受付に並ばない。

 俺は受付に並ぶ人たちの横をすーっと通り過ぎると、横入りみたいな感じで、受付嬢に声をかける。


「すみません。緊急依頼の件です」


 そう言って、俺は昨日貰った手紙と冒険者カードを見せる。

 横入りされたことに、今受付嬢に対応されていた人はイラついたような顔になり、俺に向かって殺気を放つ――が、緊急依頼という言葉を俺が言った途端、その殺気は霧散するように消えていった。冒険者ギルドにおける緊急依頼とは、本当にヤバイものがほとんどなのだ。例外として、上級貴族の依頼なら、しょうもないことでも緊急扱いにされるらしいが……


「……はい。分かりました。2階の第一会議室へ向かってください」


 そう言って、受付嬢は俺に手紙と冒険者カードを返す。

 俺は受付嬢に礼を言うと、直ぐに階段を上って2階に上がった。そして、階段を上がってすぐの場所にある第一会議室の中に入る。

 会議室の中には既に7人の冒険者がいて、皆席に座って雑談をしているようだった。

 すると、俺は一斉に皆からの視線を浴びる。まあ、俺ってまだ15歳だから、こういうとこだと結構浮いちゃうんだよね……

 だが、誰もそのことについて突っかかってこないのは、多分俺の実力がかなり高いことを身のこなしとかで察したからだと思う。高ランク冒険者になればなるほど、そこら辺の感覚は結構鋭くなってくるからね。

 そんなことを思いながら、俺は席に向かうと、椅子に座る。

 すると、早速話しかけてくる人が現れた。


「お前、ここらじゃ見ない顔だな。どこ拠点のやつ? 名前は?」


 溢れんばかりの筋肉を持つ大柄な男性が、気さくに声をかけて来た。


「俺の名前はリック。エルニアが拠点だ」


「ほう。エルニア、リック……あ、もしかしてお前、”盗賊の殺戮者”って呼ばれてるやつだろ?」


 大柄な男性は大きな声でそう言う。

 その言葉に、周りにいた冒険者たちも一斉に俺の方を向く。

 おいおい。そんなに有名なんか俺……てっきりエルニアだけの噂だと思ってたんだけど……


「へぇ。あいつが”盗賊の殺戮者”か」


「確か、1年でBランク冒険者になったとんでもない奴だろ?」


「ふーん。それは凄いね」


 ざわざわと、皆俺についての噂話を始める。

 うわー……何かむず痒い。エルニアで散々噂されて慣れたと思たんだけどなぁ……

 まあ、認知度が高ければ、その分いい指名依頼も回してもらえるっぽいから、いいことではあるんだけどね。


「はっはっは。ま、そんな異名の奴がいるんだったら、今回の依頼は楽かもな。何せ相手は盗賊だ――あ、因みに俺の名前はグルドンな」


 大柄な男性は笑いながらそう言うと、ついでのように自分の名前を言った。

 そんな豪胆な人に、俺は苦笑いしか出来なかった。


 ガチャリ


「はぁ~……む?」


 会議室に人が入って来た。赤色の髪を持つ、豪胆そうな中年男性だ。

 だが、あの人から発せられる空気は――殺気だな。まるで子供を殺された親のような顔をしている。


「何かあったのかな……」


 俺はボソリとそう呟く。すると、グルドンさんがそっと耳打ちをしてくれた。


「あいつはBランク冒険者のザクなんだけどな。何やら、かの盗賊団の犠牲者5人の内3人が、奴の教え子らしい。あんまつつくんじゃねーぞ」


「そうなのか……分かった」


 事情を聞き、俺は暗い顔で頷く。

 やはり盗賊はクズだな。人々を不幸にするだけの存在だ。そして、奴らは人から奪った金品でのうのうと生きている。

 本当に、クズだな……

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