第四十話 今日で1か月

 レイが”黒の支配者”に入ってから、今日で1か月が経過した。

 たった1か月だが、レイはもう、”黒の支配者”に馴染みつつあった。子供なのに、ここまで変化に対する適応力が強いのは、偏にここ数か月でレイを取り巻く環境が何度も大きく変わったからだろう。

 だが、それでも心の傷は、やはり癒えない。

 村を襲われ、大切な人たちを失い、孤児院という場所を追われ、ルークによって想像を絶するほどの拷問を受けて心身を一気に擦り減らした。

 もう、今のレイは、数か月前のレイとはすっかり変わってしまったのだ。


「……ふぅ。片付け完了っと」


 拠点の洞窟内部で戦利品や武器防具の整理をしていたレイは、一通りその作業を終えると、額をびっしょりと濡らす汗を手で拭う。

 こういった雑用が、今のレイの主な仕事なのだ。

 ”黒の支配者”で唯一の光属性魔法の使い手として、皆が襲撃しに出かける際について行く……ということはまだない。

 まだそこまで強くなく、更に奴隷生活によって弱りきった肉体のレイを、戦地へ連れていくのはリスクが高いとルイが判断したからだ。

 そのため、今もレイはこうして数人の盗賊と共に拠点の留守を任されているのだ。


「バラックさんに言われた仕事はこれで終わったから、剣術か魔法の鍛錬でもしようかな……ん? 外が騒がしい……」


 バラックから託された仕事を終え、暇な時間に日課の剣術と魔法の鍛錬をしようと思った矢先、洞窟の外が急に騒がしくなった。

 もしかして、皆が帰ってきたのだろうか?


「ああ、じゃあそっちに行かないと」


 皆が帰ってきたのであれば、レイの仕事がいくつか増える。

 レイは地を蹴ると、走って洞窟の外へ出た。すると、案の定何人もの仲間が帰ってきているのが目に入った。


「……お、レイが来たか。おい! レイ。怪我人がいるから、いつもの頼む!」


 すると、帰ってきた仲間たちに駆け寄っていた見張り組の1人が、レイに気付くとそう声を上げた。

 どうやら、怪我人がいるみたいだ。


「分かりましたー!」


 レイはそう返事をしながら仲間の下へ駆け寄る。

 すると、そこには右足と左腕から血を流して座り込む1人の男がいた。

 レイは直ぐに男の前でしゃがみ込むと、詠唱を唱える。


「魔力よ。回復の光となりてこの者を癒せ。回復ヒール!」


 直後、左足の傷が光に包まれたかと思えば、みるみる内に傷が塞がっていく。

 続けざまにレイは左腕にも同じように回復ヒールを使い、傷を癒す。


「お~……初めて受けたが、結構凄いもんだ。ありがとな。もう痛くない」


 男は傷があった場所を擦りながら、感心するようにそう言うと、もう大丈夫とばかりに立ち上がる。

 そんな男に、レイは「どういたしまして」と言うと、皆が持ち帰ってきた戦利品の回収を行う。


「これと、これとっと」


 レイは帰って来た仲間が持つ、戦利品が入った革袋をいくつも受け取ると、洞窟へ向かう。

 そして、洞窟の中に入ったレイは、先ほどまで整理していた戦利品と武器防具が積み重ねられている場所へ向かうと、分別を始める。


「えっと……銅貨はこっちと。あ、銀貨だ。銀貨もこっち。指輪はこっちで、短剣はこっちっと」


 レイは革袋から戦利品を出しては、ジャンル別に丁寧に分別していく。

 この作業も慣れたもので、あっという間に今持ってきた分の戦利品が片付いた。


「これでよしっと。まだあるかな……?」


 まだ戦利品があるかと思い、洞窟の入り口の方に視線を向けると、そこには見慣れた人影があった。


「あ、ルイさんに、バラックさん」

 レイは歩いてくる2人の男――ルイとバラックの名を呼ぶ。

 そんなレイに、ルイは優し気に手を振り、バラックは楽しそうに笑みを浮かべた。


「やあ、レイ。留守番ご苦労。お、整理も終わっているようだね。ありがとう」


「流石レイだな。どれもこれも丁寧だ。任せて安心できる」


 2人は口を揃えて、レイの働きを褒めたたえる。

 面と向かって褒められ、レイは微かに照れて頬を赤くすると、視線を逸らす。

 一方そんなレイを見て、2人は「だいぶ表情が現れるようになったな」と、どこか安心したように呟いた。


「……お頭。そろそろ言ってもいいんじゃないですか?」


「そうだね。俺もそう思っていた所だ」


 少し言いずらそうに紡がれたバラックの問いに、ルイは平然と頷く。

 レイは2人のよく分からないやり取りに、思わず首を傾げた。

 すると、ルイが口を開く。


「レイ。話があるから、一緒に俺の部屋に来てくれないかな?」


「っ……! そ、それはどんな話なんですか?」


 ルイの言葉に、レイは咄嗟に身構える。

 この状況が、かつてガストンがレイを呼び出した光景と酷似していたのだ。

 自身を、あの地獄へと送った1人である、ガストンにだ。

 一方、レイの拒絶するような雰囲気を感じ取ったルイは、マズいことを言ってしまったかと後悔する。バラックも、レイの明らかな変化に、思わず目を見開く。

 だが、一度出した言葉は取り消せない。

 ルイは意を決して、言葉を続ける。


「君に何か危害を加えるつもりは一切ない。君に話したいのは、俺たちについてだ。聞きたくないと言うのであれば、無理に言うつもりもない。だが、いずれ知らなくてはならないことだ」


 ルイは誠意を見せるかのように、真面目にレイに言葉を投げかけた。

 そんなルイの言葉を聞き、レイは思考を巡らせる。


(ルイさんとバラックさん……か。ガストンさんみたいなことをしても不思議じゃない。そんなことをまたされるなんてもう嫌だ。僕は何としても生きるんだ。何を犠牲にしてでも生きるんだ。だが、聞くだけ聞いて、怪しいようなら逃げるのも手かな……? ここから逃げても行く当てはないけど……)


 思考を巡らせた末、レイは取りあえず話を聞いてみようと決断した。


「分かりました。話を聞きます」


 レイの言葉に、ルイは「ありがとう」と告げると、ゆっくりと歩き出す。そして、その後をレイとバラックが追う。


「……安心しな。もし、お頭がレイに何かしようってんなら、ぶっ飛ばしてやるよ」


「ルイさんってバラックさんよりも偉い人じゃないの……?」


 レイを安心させるように、明るくそう言うバラックに、レイは困惑したようにそうと問いかける。

 そんなレイの的確な返しに、バラックは「うっ」と言葉に詰まり、ルイはクスリと笑った。

 そうして少し場が和んだ状態で3人は最奥にあるルイの自室に入る。


「さ、2人共座ってくれ」


 部屋に入ったレイとバラックは、ルイに促されて、部屋中央にある丸テーブルの椅子に座る。

 そして、遅れてルイが座ると、話を始めた。

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