第三十九話 勇気を出して

 こうして食事の用意を終えたレイは、疲れた表情で椅子に座り込んだ。いくら昼間に食べさせて貰い、多少動けるようになったとは言え、流石に1ヶ月間ほとんど動かなければ、肉体はかなり衰える。

 すると、そんなレイの目の前にドンと串焼きが乗せられた木皿が置かれた。

 レイは一瞬ビクッとなってから、恐る恐る顔を上げると、そこにはニカッと笑みをを浮かべるバラックの姿があった。


「お疲れさん。流石にあれは働き過ぎだな。あまり無理すんなよ」


 そう言って、バラックはレイの頭をポンポンと叩くと、レイの横に座る。

 そして、豪快に手持ちの串焼きを頬張った。


「……」


 レイは美味しそうに串焼きを食べるバラックと、自身の目の前に置かれた串焼きを交互に見る。

 暗に、「食べてもいいの?」と問いかけているような感じだ。

 すると、レイの視線に気づいたバラックが口を開く。


「今は食事の時間だ。だから、遠慮なく食べるといい。今後、そんな感じで許可を求めるのは禁止な。自分がやりたいと思ったことは必ず俺に言葉で言えよ」


「……うん。分かった。これ食べる」


 バラックの言葉に、レイは少し笑みを浮かべて頷くと、串焼きを手に取る。

 そして、大きく口を開けると、ガブリと噛みつき、咀嚼する。


「もぐもぐ……うん。美味しい」


 レイは肉をごくりと飲み込むと、目を輝かせてそう言う。

 人形のように、表情をほとんど変えなくなってしまったレイが、表情を大きく変える数少ない光景に、バラックは思わず「普段もそうしてくれりゃいいのに……」と誰にも聞こえない声で呟く。

 バラックは非情な人間ではあるが、外道な人間ではない。心が死にかかっている子供を見れば、どうしてもそう願ってしまうのだ。


「さてと。今日の襲撃で物資に余裕が出来たから、暫くは情報収集に専念するとして、その合間に色々なことを教えてやらないとな。残念と言っていいのかは分からんが、頭がお前を手放すことはないだろうからな」


 そう言って、バラックは一心不乱に串焼きを頬張るレイの頭をポンポンと撫でる。

 誰もが知る通り、盗賊は悪だ。冒険者ギルドでは、討伐すると賞金が貰えるほどだ。

 そんな盗賊団に、衝動的に入れることを勧め、頭を中心とする仲間全員にそのことを認めさせてしまったことに、バラックはやるせない気持ちになる。これでレイは、知らず知らずの内に常に命を狙われる存在になてしまったと言う訳だ。他ならぬ、自分の手で。

 だが、同時にこれがレイを生かす最善策であることも理解していた。盗賊である自分が頼れる人は同じ盗賊団――”黒の支配者”の仲間のみ。そんな自分に出来ることなんて、無いに等しいのだ。


「ま、”黒の支配者”のあれこれについては、レイが色々と考える余裕を持ったら、自然と解決するだろ」


 最後に、バラックは楽観的にそう言って考えることを止めると、再び串焼きにかぶりついた。

 


 それから、夕食を食べ終えたレイは皆と共に夕食の片づけをすると、バラックと共にバラックの自室に戻った。本来、レイのような幹部ではない盗賊は交代で見張りをしながら外で寝ることになっている。だが、心が不安定なレイにそうさせることを、バラックは良しとしなかった。

 しかし、レイが寝る部屋を確保するほどの余裕もないし、そのようなあからさまな贔屓をしてしまえば、レイが余計な妬みを買ってしまう可能性もある。

 そう判断したバラックは、少し悩んだ末に、自身の部屋でレイをベットに寝かせ、自分は適当に床で寝ることに決めたというわけだ。

 そうして自室に入ったバラックは、レイに振り返ると口を開く。


「レイ。お前はそのベッドで寝るといい」


「うん。分かった」


 レイはまた、無表情で頷くと、ベッドにゴロリと寝転がる。そして、ぼんやりと虚空を眺めた。


「ふぅ。はあぁ……今日は色々あって、俺も眠たくなってきた。そろそろ寝るか」


 バラックは眠たげに目を擦りながらそう言うと、椅子に掛けていた外套を手に取り、床にバサッと広げる。

 そして、頭が当たる部分が厚くなるように少し調整すると、そこに寝転んだ。


「うん。これでも十分寝られるな」


 少し寝心地は悪いが、全然許容範囲内だ。

 そう思ったバラックは、さっさと寝ようと意識を手放そうとする。

 が、ベッドの上から自身をじっと見つめるレイを見て、再び意識を覚醒させると口を開く。


「レイ。どうかしたのか?」


「あの……床はあれなので……僕と一緒に寝ませんか?」


 意を決したように紡がれたレイの言葉に、バラックの目頭が途端に熱くなった。

 自分から、他人を気遣おうとするその心がひしひしと伝わってくる。

 辛い時を過ごしてきて、自分から何か話すだけことすら辛いことだろうに。


「……そうだな。ありがとよ」


 レイが勇気を出して紡いだ親切心のある言葉を無下にすることなんてできない。

 そう思ったバラックはレイの言葉に笑って頷くと、よっこらせと立ち上がる。

 そして、レイが端によることで開けられたスペースに転がった。


「はあ……んじゃ、今度こそ寝るか」


 そう言って、バラックは自身に背を向けて寝転がるレイの頭を軽く撫でると、今度こそ意識を手放した。

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