第二十五話 1日の終わり

「あ~まさか回り込まれてたなんて……」


 回り込まれていたことに、レイはがっくりと肩を落とす。

 そんなレイを、バルトは上機嫌で見つめていた。


「はっはっは。地の利ってやつが俺らにはあるからな。気を付けた方が良いぜ。それじゃ!」


 そう言って、バルトは足早にここから去って行った。


「ふぅ……よし。捕まえないと」


 捕まってしまった事に対して悔しさを感じながらも、レイはぐっと気合を入れると、そこから歩き出す。


「まずは逃げている人を見つけないと……」


 バルトは例外だが、鬼ごっこではある程度逃げている人との間の距離が縮んでから走り出した方がいい。見つけた瞬間に走っていたら、体力が持たない。


「んっと……あ、居た」


 前方で、同じく鬼のサイラスに追われるエリーの姿がレイの目に入る。


「挟み撃ちは基本だからね」


 そう呟いて、レイは走り出す。


「え、ちょっ 今レイが鬼なの!?」


 エリーは走り出したレイを見て、レイが新たな鬼であることを悟る。だが、立ち止まれない。立ち止まれば、後ろから迫ってくるサイラスに捕まるからだ。

 そこでエリーは思案する。


(あそこなら、上手いこと倉庫の隙間に入れば巻ける)


 どうやってこの場を切り抜けるかを思いついたニナは、速度を落とすことなく走り続ける。

 一方レイは、エリーがこのまま走ってくることを察し、足を止めた。そして、通り抜けられてしまわないように、エリーの動きに集中する。


(どっちから抜けるつもりだ……?)


 すると、エリーが次第に右側へ向かっているのが目に入った。だが、このまま普通に右側から抜けるとはレイも思っていない。


(なるほど。ギリギリで方向転換するつもりか……)


 エリーがチラリチラリと左側を見ていることに気付いたレイは、そう判断する。

 だが、エリーの思惑を悟っていることを悟られないように、レイは視線までもを右側に意識しているように見せる。

 そして、エリーはレイとの距離があと2メートルというところまで近づいた瞬間――


「はあっ!」


 即座に足の方向を変え、左側から通り抜けるべく跳び出す。

 だが、そのことをあらかじめ予測していたレイは、即座に向きを変え、エリーが向かう方向へと走る。

 そして――


「タッチ!」


「ああっ!」


 レイが伸ばした右手が、エリーの右手首をしっかりと捕らえ、エリーは足を止める。


「捕まったぁ……」


 エリーは膝を抑えて前かがみになると、はぁはぁと息切れを起こしながらも悔しそうに言った。


「くっ 取られたか」


 エリーをずっと追いかけていたサイラスは、エリーが捕まったのを見て立ち止まると、そう悪態をつく。

 だが、何か気づいたかのような顔をすると、レイに向かって駆け出した。


「ちょ、あ、そうだった!」


 サイラスが向かってくるのを見て、レイは反射的に逃げ出すと、叫び声を上げる。

 鬼ごっこでは基本、その時に自身を鬼にした人は鬼に出来ないという暗黙のルールのようなものが存在している。もしそれが無ければ、捕まった瞬間に捕まえ返し、また捕まった人がその人を捕まえ返す……という無限ループに陥ってしまい、遊びにならないからだ。

 だが、今みたいな状況なら、捕まえに行っても文句は言われない。


「僕はっ……逃げ足だけなら結構速いからなっ!」


 そう声を上げながら、レイはサイラスから逃げる。


「待てぇ!」


 それを、サイラスが必死に追う。

 こうして暫くの間、孤児院の庭では熾烈な鬼ごっこが繰り広げられるのであった。




 夕方まで、思う存分外遊びを楽しんだレイたちは、疲労感を感じながらも孤児院の中に入ると、昼食と同じように夕食を取る。

 そして、夕食を食べ終わると、昼食の時とは違って5人ほどが食器洗いや片づけ等を手伝い、その間に他の子供たちは寝床の準備をすることになった。

 寝床は男女で別れており、レイはハリスやバルトの案内で、男の寝室へと向かう。


「レイ。ここが寝室だ」


 そう言って、ハリスはガラリと引き戸を開ける。


「へ~ここが寝室か~……」


 レイは入り口から、寝室の中を見回すと、なるほどと頷く。

 寝室はレイたちが授業を受けた部屋と同じくらいの広さで、部屋の中央上に設置された魔道具、魔導光球が部屋全体を薄黄色の光で照らしていた。


「俺たちがやることはそこの敷布団を床に広げ、掛け布団と枕を置くことだ」


 ハリスはそう言って、奥に積まれている敷布団、掛け布団、枕を指差す。


「ああ、そうだ。横になりてぇし、さっさと終わらせようぜ」


 バルトはそう言って靴を脱ぐと、部屋に入ってすぐの場所にある下駄箱に入れる。

 そして、ずんずんと奥まで向かうと、そこから敷布団を1枚掴み、引っ張り出す。

 その後、バルトの後に続いてレイたちも中に入ると、敷布団を引っ張り出し、床に敷いていく。

 1人でやればかなり時間がかかりそうなことも、13人でやれば、直ぐに終わる。

 あっという間に木の床は敷布団で覆われ、更に掛け布団と枕も均等に並べられていった。


「あ~終わった~」


 バルトは部屋を眺め、満足そうに息を吐くと、やり切ったと言わんばかりにその場で仰向けに倒れ込む。


「ふぅ。ようやくゆっくりできる」


 そう言って、ハリスはどっかりとその場に座り込んだ。

 他の子どもたちも、皆次々と布団でくつろぎ始める中、レイはどこで寝ればいいのかと困惑する。

 するとバルトが、「寝る場所は決まってないんだ。まあ、数はどうせ足りてるだろうから、俺の横で寝るといい」と言い、横の布団をパンパンと叩く。


「うん。ありがとう」


 レイは微笑み、礼を言うとその布団の上に腰を下ろす。

 そして、その上で足を伸ばし、完全にくつろぐ体勢に入った。


「ん~……」


 更に、その状態で手を上に上げて体を伸ばすと、そのまま仰向けに倒れこむ。

 ふと、壁に掛けられている時計を見てみると、今は8時30分を指していた。

 まだ、寝るのには少し早い。だが、することもない。

 なら、いつものように何もせずにぼんやりと過ごしていようと、レイは深く息を吐く。

 すると、レイと同じように暇を持て余していたバルトがレイに話しかけた。


「なあ、レイ。ここに来て1日目だが、どうだ?」


「どうって言われても……まあ、楽しいよ。思ってたよりもずっと」


 いきなりそう質問され、少し戸惑いつつも、レイは穏やかな口調でそう答える。

 すると、バルトはふっと笑うと口を開いた。


「そうか。そりゃ良かった。合わないとか言って、抜け出しちまった奴が前に1人いたもんでな。気が合うと思っているお前はいなくならないで欲しいって思ったんだよ」


 バルトにしては珍しく、遠くを見つめながら、レイと同じく穏やかな口調でそう言った。


「ここに来た奴は皆、運がいいんだよ。孤児となった奴は大抵、スラム街に流れるんだ。だから言うぜ。ガストンには逆らうんじゃねぇぞ」


 逆らうなとはどういう意味なのだろうか。

 言葉の意図が読めず、レイは困惑する。

 そんなレイを見たバルトは、軽く息を吐くと、言葉を続けた。


「別にガストンの言葉に何もかも頷けって訳じゃねぇ。ただ、ここの調和を乱すような行為をし過ぎるなってことだ。荒れている奴も過去に何人か来たことがあるが、1か月後には全員引き取り先が見つかったとかで姿を消した。だが……あんな奴らを引き取るような奴がいるとは到底思えない」


「それって……」


 バルトの言っている意味が分かり、レイは途端に顔を青くする。


「ああ。追い出されたってことだ。だからマジで気をつけろよ? いつもニコニコしているが、ガストンはどんな奴でも面倒を見るような聖人ではねぇんだよ。んじゃ、俺からの忠告はここまでだ。ま、お前なら大丈夫そうだがな」


 そう言って、バルトはがははと笑うと話を切った。


(ね、寝る前に怖い話とか、絶対狙ってたでしょ……)


 短くも濃密な1日を過ごし、バルトの性格をよく理解したレイは、バルトが明らかに寝る前を狙ってその話をしたのだと思った。

 そもそも、バルトの話はそう言われれば怖く感じるが、冷静に考えれば意外と普通のことだ。

 孤児院に入れることの出来る子供には限界がある。そんな中で、ただただ周りの迷惑になることしかできない人を入れ続けるなんて、普通に考えればありえない。

 バルトの言葉を何度か頭の中で反芻し、そう結論付けたレイは深く息を吐くと、掛け布団の中に潜り込む。

 そして、何もせずにぼんやりと過ごし、知らず知らずの内に意識を手放した。

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