第三話 崩壊の始まり

 夕食を食べ終えたレイは、リビングでゆっくりのんびりと寛いでいた。

 少し前に街で購入したソファに横たわり、時たまゴロリと寝返りを打つ。

 こうやって何もせず過ごすこの時間も、レイにとっては一種の娯楽のようなものだ。


 トントン


 すると、家のドアをノックする音が聞こえてきた。

 もうすっかり日は暮れている。こんな時間に訪ねる人がいるとは、珍しい。

 一体誰が来たのだろうか?

 レイが疑問に思っていると、ダリアが家のドアを開けに向かう。

 レイもソファから跳び起きると、ダリアの後をついて行った。


「はーい」


 誰が来たのかと疑問に思いつつも、ダリアはドアを開ける。

 すると、そこにはセトがいた。だが、どこか様子がおかしい。

 はぁはぁと息を切らしており、焦燥感を露わにしている。

 セトの様子に、ダリアとレイは途端に不安に駆られる。

 すると、ダリアがその不安をかき消すように口を開いた。


「セトさん? 夜中にどうしたの? 顔色が――」


 悪いようだけど。

 それを言葉に出す前に、セトがダリアの声を被せるようにして口を開いた。


「落ち着いて聞いてくれ。実はさっき森の方に人影が複数見えたんだ。正体は分からないが、1番あり得るのは盗賊だな。少なくとも、友好的ではない」


 一息で、吐き出すようにしてセトは2人に事を伝える。

 その瞬間、レイの心臓の鼓動が速くなった。バクンバクンと、いつもよりよく聞こえてくる。

 ダリアも、セトの言葉に顔を青ざめさせている。今にもショックでふらりと倒れてしまいそうだ。


「嘘……そ、それで、村にみんなには知らせたの?」


「妻が村長の家へ知らせに行ってる。俺は、一軒一軒回って、伝えている所だ。安易に動きを見せるわけにはいかないから、今は家からは出ないよう言ってある」


「……そうなのね。取りあえずは、このことを村全体で共有しないと。私も行くわ。セトさんだけだと時間がかかるでしょ?」


 ダリアは心を落ち着かせるように2度3度息を吐くと、いつもの落ち着きを取り戻す。


「危険だが……いや、そうだな。すまない。ありがとう」


 セトは目を伏せ、感謝の意を示す。

 外で動けば、もし動きが察知された場合、真っ先に弓術師と魔法師から狙われる。家の中と外。どちらが狙いやすいかなんて、誰の目にも明らかだ。

 だが、レイはそれを知らない。

 故に――


「だったら僕も行く。僕もみんなに伝えに行く」


 レイはダリアにそう言った。そこに、恐怖はない。あるのは、村の人たちに対する親切心。

 ダリアはそんな息子――レイを見て、胸が熱くなりながらも首を横に振ると、口を開く。


「万が一のことがあるでしょう。レイはお父さんと一緒に家で待ってなさい」


「そうだよ。レイくん。ここは大人の俺たちに任せてくれ」


 ダリアとセトは、口を揃えてレイの意見に反対する。

 レイの純度100パーセントの親切心をしっかりと受け止めつつも、子供を危険な目に遭わせたくないと思いから、少し強めに、されど優しくレイを諭す。


「そうだぞ。取りあえず、今はお父さんと一緒に家にいような」


 いつの間にか背後にいたグレイも、2人の意見に頷くと、レイを家に引き留めようとする。


「……うん」


 言いに行くくらい、僕でもできる!

 そう口にしようとしたが、何故か言葉が出てこない。

 結局、大人3人から心配、反対され、レイは渋々といった様子で頷いた。


「グレイ。レイのことを頼んだよ」


「ああ。任せとけ」


 ダリアはグレイにレイを託すと、セトと共に家を出て行った。

 家に残ったグレイとレイ。

 すると、グレイが口を開く。


「念のため、狩用の斧を持ってくるか。レイはリビングで待っててくれ」


 グレイはそう言うと、狩用の斧を取りに、足早に物置小屋へと向かった。

 1人残されたレイは、言われた通りリビングに戻った。そして、ちょこんとソファに腰掛ける。


「ふぅ……何か怖い」


 この村が盗賊に囲まれているかもしれない。そう思うたびに、レイの中には少しずつ恐怖が蓄積されていく。

 村のみんなが撃退してくれると信じてはいるものの、心のどこかでそれは無理だと言っているような気がするのだ。

 何せ、この村には戦える人が少ない。脅威となるような魔物が現れない、平和な村だからこその弱点だ。


(でも、僕は皆を信じることしかできない。僕が戦ったところで、足手まといにしかならないのは分かっているから……)


 自分の弱さが嫌になり、レイは気を落とす。

 同年代では上位と言われてはいるものの、力が強く、経験も豊富な大人の前ではほとんど無力なのだ。

 すると、グレイが狩用の斧を担いで戻ってきた。


「そんじゃそこいらの盗賊に負けるほど、お父さんは弱くないからな。盗賊が何人来ようがお父さんが撃退してやる」


「うん。ありがとう」


 自信に満ちたグレイの言葉に、心なしか元気が出る。

 そうだ。お父さんは強いんだ。

 だから大丈夫。何も心配することはない。

 レイはそう、自身に言い聞かせる。不安を抑えるように――

 すると、唐突に頭の上に手が置かれた。


「まだちょっと顔が強張ってるぞ。リラックスしろ。リラックス。そんな顔していると、お父さんも不安になって来ちゃうじゃないか」


 そう言って、グレイはレイの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「うん……」


 レイは目を細めると、ゆっくりと息を吐いた。

 すると、途端にレイが落ち着きを取り戻す。

 そして、飼い主に懐く猫のように、レイはグレイの身体を預けた。


(……なんだか急に眠くなってきた。こんな時なのに)


「ん……」


 レイは思わず、目を少し閉じてしまう。

 流石に今寝ては駄目だ。

 そう思い、目をくわっと開けた直後のことだった。


「「「やるぜぇ!!」」」


「「「潰せえ!!」」」


 バリバリッ! ドン!


 外から声が聞こえて来たかと思えば、木材が破壊されるような音がそこら中に響き渡った。

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