第六話 織田からの使者①
「何?
愛姫を呼んでくるよう使いを出したが、帰ってきたのは留守の報告だった。喜多にも確認したが、大量の紙を持って消えてしまったらしい。
「あの阿呆、こんな時に何処へ行ったのじゃ……」
「わちきは知ってるっスよ」
少し焦った表情を見せる政宗の上から、天井裏に隠れていたお打が顔を出す。
伊達領内とはいえ、フラフラする妻には頭が痛くなる政宗。
「で、その主様は何処に行ったのじゃ?」
「あー、姫様でしたら――」
お打ちは愛姫の居場所を話す。
急いでいた政宗は素早く腰を上げ、愛姫を直接迎えに行く準備をした。
――――――――――
米沢城 城下町。未だ相馬と交戦中とは思えないほど、下町には活気が付いていた。
これも戦を早く切り上げた結果で、農民は稲刈りや野菜の収穫、商人は交易など、雪が降る前に各々やりたい事が出来ているからなのだ。
そんな活気のある下町の一角に、やたらと人が集まっている。
前列には子供が密集し、後列には親に肩車をしてもらう子供と大人達が、その奥にある何かを真剣に眺めていた。
「桃の旦那、桃の旦那。お腰に付けたその
「あぁ? これは親父が裏で集めて作った一級品よ。金では譲れんのう」
大衆の奥にいる人物は、ヤクザチックにそう喋りながら、紙を捲っていく。
これは紙芝居だ。
その絵は現代の絵巻などとは違って、近未来の漫画に近いタッチで描かれている。
子供から大人まで、ヤクザ版桃太郎の紙芝居に息を吞む。
「代金は……、お前の命、俺に預けるってどうや?」
「桃の旦那……。俺一生アンタについて行くぜ!」
桃の若頭は新たに、鳥頭の舎弟を仲間にしました。と話しながら、紙を閉じる少女。愛姫だ。
「はい、今日はここまで! またのお越しをお待ちしておりまーす」
「えー、もう終わり⁉ 続き観たいよぉ!」
子供たちからは歓喜のブーイング。大人達からは関心の眼が寄せられた。
「いやぁ、良いもん観たな。それは何ていう話だ?」
「ふふーん、これは私が創作で作った『人情桃太郎』。若頭の桃太郎が、組の腐敗の原因となっている鬼瓦って組長を倒す物語よ」
そうドヤ顔で説明する愛姫。
農作業や仕事で親が構ってくれない子供達、学び場に通えない子供たちを、以前下町へ来た時に見かけた。
そこで教養のひとつになればと作ったのが、この紙芝居だ。
紙芝居は子供の想像力を豊かにするだけではなく、言葉の意味を理解し、伝えるための言語力も養う事が出来る。
そういう意味で、まだ本も読めない子供達に一枚絵で伝えるというのは、圧倒的にコスパが良いのだ。
「お姉ぇちゃん、続きは?」
「そうねぇ、絵も描かないとだからもう少し待ってね」
そう説明するが、好奇心が抑えられない子供達。愛姫を囲って駄々をこねる。
助けてくれ、と後ろで笑う大人たちに求めるが、「ハハハッ」と笑っているだけで全然伝わっていない。
「
そう話しながら、パチパチと手を叩く眼鏡の男。服装はとても綺麗で、一般の町民ではない事がわかる。
歳は四十から五十辺りだろうか。眼鏡のせいか、非常に知的な人に見て取れる。家臣でもこんな人はいない。
「お嬢さん、この催しの名は?」
「紙芝居。厚紙と筆さえあれば出来るよ」
「紙芝居……。風流で良い名ですね。……ん?」
後ろから迫る大きな影。愛姫が見上げると、馬に乗った政宗が目の前にいた。
「やっと見つけたぞ……。ところで何しておる?」
「何って、紙芝居だけど」
ふたりの会話も束の間、政宗もあっという間に子供と大人に包囲されてしまう。
子供からは憧れの的、大人からは奥羽の
「右目に竜の紋所。なるほど、このお方が噂の独眼竜……」
顎を触りながら、政宗の方をジッと見つめる眼鏡の男。
期待の眼――ではなく、どちらかというと風貌を観察しているような、そんな眼だ。
(やっぱり、この辺りの人じゃないのかしら。
そう思いながら、愛姫は眼鏡の男を眺めた。
「で、何しに来たの?」
愛姫は大人子供から囲まれた政宗に問う。
「そうじゃった! 今すぐ城に戻るぞ。急用じゃ、前に乗れ」
そんな事だろうと思った、と愛姫は「はいはい」と返事をし、政宗の乗る馬に跨る。
「じゃあね愛姫様! また紙芝居の続き見せてね!」
「うん。またね」
そう子供達に手を振ると、政宗と愛姫は城の方に走っていった。
「愛姫⁉ あのお嬢さんが……?」
眼鏡の男は小さくなっていくふたりを見て、そう呟いた。
――――――――――
城に付くや、愛姫は自室に連れ込まれ、化粧などを侍女達に施される。
着せ替え人形の気分とはこういうものなのだろうか。ジッとしているだけ楽なのだが、身体を好き勝手弄られるようで気分が良いものではない。
着替えと化粧を済ませると、客人を招く際に使う謁見の間に向かう。
中では既に、大勢の家臣達が端で列を作り待機していた。
愛姫は列の一番奥、輝宗と政宗がいる上座近くに座る。
「ねぇねぇ。織田の使者って誰が来んの?」
小声で政宗にそう問いかける愛姫。
「儂も知らん。書状には数日後と書かれていたのだが、先ほど到着したらしいわ」
随分不意打ちな来国である。先ほどと政宗は言ったが、そんな織田の軍勢は下町で見当たらなかった。
少しすると、案内役の男が部屋に入って来る。どうやら、到着したようだ。
「織田からの使者様、只今到着致しました!」
「ふむ、して誰ぞ?」
「そ、それが……」
汗を掻いて、言葉が詰まる案内役。
どうやらその必要もないらしい。後ろに織田の使者と思われる人物は立っていたのだ。
(この人って、さっきの⁉)
中央に座り、お辞儀をする男。紙芝居でいた、やたら小綺麗だった眼鏡の男だ。
服装はまた一段と高貴な服に変わっており、織田の使者としては十分すぎる風貌である。
「おやぁ、お嬢さん。先ほど振りですな」
眼鏡の男は、愛姫の方を向いてニコリと笑う。
「……そうね、ビックリした。さっきは分かっていながら近づいたの?」
驚いた表情の愛姫は、苦笑いで織田の使者に問う。
「まさか。あの時の私はいち観光人。下町の雰囲気を味わっていた次第ゆえ、お嬢さんが伊達の姫君と知ったのは先ほどです」
眼鏡の男はあっさりとそう答える。嘘を言っている訳ではないようだ。
「ゴホン、織田の使者とやら。名はなんて申す」
輝宗が話に割って入る。ここにいる全員がそれを待っているのだ。
「
そう頭を下げる男に、部屋の中にいた誰もが驚いた。
そんな男をわざわざ差し向けたのだ。何か無理難題を押し付けられるのでは、と部屋にいるすべての者が思った。
「明智って……。あの征夷大将軍、
「ふふ……。その通りです、お嬢さ――、いや愛姫殿。よくご存じであられますな」
自分の事を知られているのにも驚く愛姫。
それについては、数週間前に遡る。
――――――――――
数週間前、
城内のとある茶室で、信長は光秀の報告を聞いていた。
「――以上でございます」
「……であるか」
織田信長。天下泰平の夢をほぼ手中に収め、弱体化が目立つ武田の壊滅と、土佐国(四国地方)の
魔王と呼ばれる漢が、優雅に茶を作る。その呼び名からは想像も出来ない見事な手前だ。
「その姫の名は?」
「は、田村郡
「ふむ、愛姫か」
光秀の報告を聞きながら、
出来上がったのを自分で飲むわけではなく、目の前にいる光秀の前に置く。
「予知だけではなく、戦もこなすか……」
「未だカラクリも分からず、領内に伊達の草共がおったとしか考えられませぬ」
予知とは信長が行った、京都馬揃えの事だ。
その頃計画自体はまだ構成中で、数人の家臣の間にしか知られていなかったのだ。
「光秀。その女、天に愛されておるのかもしれぬ。お主が直接見定めて参れ」
「私が……で御座いますか⁉」
驚く光秀。側近が直接出向くという事はそれなりの事。相手もそれ相応の対応を取るだろう。
「主も気になっておるのだろう。それに織田と伊達の関係は良好じゃ。無礼にはせんじゃろ」
「……御意」
その日に信長は、伊達宛に書状を書き、間者に持たせた。
これが光秀の、奥羽来国の理由である。
――――――――――
「それで、織田の懐刀が伊達に何用じゃ。ただの観光ではないのじゃろ?」
鋭い目つきで睨みつける政宗。誰もが聞きたかった事を、いの一番に切り込んだ。
「これ、政宗⁉ 織田の間者になんて失礼な!」
「いやいや、気になるのは至極当然の事。流石は奥州の独眼竜ですな」
政宗の態度に、焦る義姫。
光秀は全然気にしていない様子だ。
「では、率直に申し上げる。この光秀、そこにおられる愛姫殿を、我らが織田家に召抱えんがため伊達に参った次第」
「な、何っ⁉」
光秀は輝宗と政宗に、不気味な笑みで頭を下げた。
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