伊達の姫②
遠のく意識の中で、最後に見た彼女の泣き顔。
死後の世界という所は意外にも暖かく、花の香りが漂い、そして暗い。
前世の記憶はまだ残っており、自分が何者で何故こんな暗い場所にいるのかはっきりわかる。
(私死んだんだよなぁ。でも、良い匂い。落ちつく香りだわ)
今はどういう状況なのだろうか。
天国行きか、地獄行きか。多分地獄だろうな、と愛華は思う。
(次に生まれ変わるなら、誰にも縛られない平穏な家庭がいいわ)
出来れば男がいいな、だって毎月悩まなくて良いし。動物ならライオンが良い。と愛華は想像する。
(長いなぁ……。死人をあんまり待たせないでよ)
すると、周りが段々明るくなってくるのがわかる。同時にパチパチと何かが弾けるような音も聞こえだした。
(それにしても熱いわね。サウナに入っているみたい)
サウナだったらどれだけ良かっただろうか。
気付いた時には、寝ている周りを炎が包み込み、眼に映る全てを焼き尽くさんと迫ってくる。
(え? は? どういう状況?)
よく見ると木製の大きな棺桶のような物に入っている事に気付く。脱出しようと天井の板を押しているが、何故か開こうとしない。上から何かで抑えつけられているようだ。
「――ざっけんなー!」
得意な蹴りで天井を吹き飛ばすと、焼けた木の板と桃色の花弁が空を舞う。眩しい光と焼けた黒煙が視界を覆い、呼吸をするたびに喉奥を締め付ける。
「ゲホッガホッ! 誰か、水っ!」
呼びかけに応じるように、大量の水が一回二回と振ってくる。おかげで身体はびしょ濡れの煤まみれである。
「ったく、とんだ仕打ちね。大将出てきなさい! 一発蹴り飛ばしてやる!」
周りを見渡すと、小袖に身を通した男性が数十人、女性が数人、皆驚いた顔でこちらを見ている。
「ひっ、姫様ー!」
「……誰?」
中途半端に焼けた木箱から出て来たのは、白装束を着た桃色の髪をした女の子だった――。
――話は二日前に遡る。
天正八年(一五八〇年)米沢城別館。
布団で横になる、桃色の髪をした女の子。名を
一年前に
だが、そんな彼女は突然不治の病に侵され、生死の堺を彷徨っていた。
「
「何をおっしゃいます姫様。そんな顔では、殿に笑われますよ」
優しい笑顔で、愛姫の額に置かれた濡れた布を交換する女性。名を片倉喜多という。政宗の幼少期時代、乳母に抜擢された女性である。
「
弱々しい声で、布を冷水で冷やしている喜多に聞く。
「殿は多忙なので、お時間が出来たら参られると申していましたよ。明日には綺麗な花を持って、見舞いに来るかもしれないですね」
政宗は見舞いには来ない。いや、来れない事を喜多は知っている。
愛姫の病は原因不明のため、城主である
「えぇ……、殿が花? 喜多はどんな花を持って来ると思う?」
「そうですね、今の季節だと蓮の花が見頃を迎えていますので。私は蓮の花かと」
「蓮かぁ……、愛も蓮の花好き――。」
「姫様? 愛姫様⁉ 誰か、誰かおらぬか――⁉」
原因不明の病は突如として、一三歳の少女の命を奪う。それが二日前の出来事であった。
「ひ、姫様⁉ 良かった! 生きておられましたかー!」
「わわっ! ちょ、ちょっと⁉」
白装束を纏った愛姫に抱きつく喜多、同時に彼女の瞼から涙が零れているのが布越しにわかる。
周りを確認すると、皆驚きの顔を隠せないでいる。
(あれ? アイツどこかで……)
片目を布で隠した若者を見てどこかで会ったような、と首を傾げる。
「と、とりあえず喜多よ。愛姫を連れて風呂へ行け、話はそれからじゃ」
髭を生やした、如何にも位が高そうな男は喜多にそう命令する。
確かに今の愛姫は、煤まみれで髪と服が焼け焦げた、みすぼらしい恰好をしている。
喜多に連れられた愛姫は、風呂で全身を綺麗に洗われ、綺麗な小袖に身を通させる。
「では姫様。この喜多、姫様の髪の毛を整えさせて頂きます」
「え? あ、はい」
一礼をした瞬間、華麗な手つきでズバズバと鋏を髪に入れていく。長く、炎で焼け痛んだ髪があっという間に畳の上に落ちていくのがわかる。
(ひぇっ! 今動いたら顔の肉持っていかれそう)
目にも留まらぬ速さで長かった髪は、あっという間に整ったミディアムヘアになる。仕上げに髪を二方向に分け、毛先部分を赤い紐で結ぶ。
さすが私と言わんばかりのドヤ顔を決めている喜多。髪を切り終えると、落ちた髪をすべて部屋箒で回収した。
「ささ、姫様。殿の所まで参りましょう」
とんとん拍子で進む展開に頭が追い付かない。一度整理する時間が必要だ。
「喜多さん、少しだけ一人にさせてくれない?」
「? 構いませんよ。では、私は外にいますので、何か御座いましたらお呼びくだされ」
そう言うと、喜多は部屋を出て、障子の前で正座をする。
障子が完全に閉まったのを確認すると、愛姫は立ち上がり周りを見渡す。
(鏡……、嫌な予感がする)
部屋の中を物色しても鏡らしき物は見当たらない。せめて、自分の姿を映す物なら何でも良いのだが。
その時、水の入った壺を発見する。反射させて顔を確認したかったが、あまりの暗さに窓際まで移動し、再び壺の水を覗き込む。
(――――⁉)
そこに映し出されたのは、灰色の大きな瞳をした、桃色の髪をした女の子。壺を持つ手が、ガタガタ震える。
(いやいや、誰⁉)
ついさっきまで愛華として生きていた人間が、死んだと思ったら別人になっていた。チャームポイントであった自慢のツインテールも、今ではシンプルになっている。
(でも、結構可愛いかも)
次の人生を既に楽しんでいる様子。愛華は元々ポジティブな女の子だった。
夢かと思い頬を抓ってみる。が、残念な事に痛みは十分にある。
「痛い……」
少なくとも現実のようだ。
部屋の飾りなど、もう一度周りをよく確認する。和風の装飾から推測するに、ここが日本である事はなんとなくわかる。
(京都かしら? でも、こんな雰囲気だっけ?)
そう考えていると、障子の戸から声が聞こえる。
「姫様、そろそろ殿の所に参りましょう」
姫……。高校に進学してから付いたあだ名だ。意味はそのまんま。家がお金持ちって事で付いたが、その名で呼ぶのは学校の生徒だけだ。少なくとも、この喜多という女性には会った記憶もない。
となると、自分は何処かの姫様に生まれ変わったのかな。と想像する。
障子が開き、座っていた喜多が立ち立ち上がる。部屋の隅に移動し、先頭を愛姫に譲る。
「ささ、姫様。参りましょう」
「何処に?」
「殿がいる、鷹の間で御座います」
「鷹の間? 私場所わからないから、喜多さんが案内してよ」
喜多は一度首を傾げたが、すぐに機転を利かせる。
「さようですか。では喜多の後ろを付いて来てくだされ」
二人は別館の間を後にする。
本館に到着すると、そこは別館とはえらい違いだ。
綺麗に整備された大きな庭、いくつあるのか分からない部屋の数々、お金をかけてそうな豪華な装飾品。素人な人間でも、ここが明らかに特別な場所かがわかる。
(うぉっ!)
廊下を歩いていると、木の棒に停まる大きな鳥。白鷹である。その眼はこちらを威嚇するかのように、ジッと見つめている。
喜多はそんなのお構いなしに通過するが、愛姫は限界まで壁に背を向け、身構えながら喜多の後ろを追いかける。
「あはは! 姫様、それは剥製ですぞ」
笑いながら振り向く喜多に、「あっ、そうなんだ」と返す愛姫。道理で動かないわけだ。
喜多の足が止まる。そこには大きな鷹が描かれた襖。ここが大殿の間である。
「輝宗様、愛姫様をお連れしました」
「うむ、入れ」
鷹の描かれた襖が開く。
(うっ!)
咄嗟に感じる威圧感。まるで腹を空かせた獣に睨まれているような、そんな感覚にさせる。
(間違いない。こいつがボスだ)
奥で胡坐を掻いた髭の男。名は
「どうした、愛よ。そんな所に立ってないで、ちこう寄れ」
眼力に押し負けまいと、堂々と部屋の中に入り、輝宗の前で座る。
輝宗は立ち上がり、愛姫の顔をまじまじと確認する。
「な、何よ⁉」
「ふむ、化け狐じゃあるまいな」
「はぁ?」
何を言っているんだコイツは、と睨み返す。あまりに無礼な行為に、喜多は慌てている。
「私が獣だって言いたいわけ? 無精髭のおっさん」
「な⁉」
愛姫の態度に顔色を変える二人。輝宗の顔は怒り、喜多は青ざめている。
「ひ、姫様! 何て無礼な!」
「無礼? 無礼はコイツでしょ。初対面で狐呼ばわり。なめんじゃないわ」
輝宗を指差し、コイツ呼ばわり。喜多の顔色はさらに悪くなる。
すると、輝宗の隣にいた青年が大笑いしている。青年の右目は家紋の入った布で隠れていた。
「だーははははっ! 親父をコイツ呼ばわりとは。愛、面白くなったのう!」
「アンタは?」
(黒髪に隻眼。間違いない、コイツは……)
「ふん。病で記憶も飛んだか、阿呆が。我は
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