エピローグ 私の推しカプ
……ずいぶんと話が長くなってしまったな。
中学の時、初めて彼氏ができた。ハナに聞かれて、その時の出来事を語っていたけれど。
当のハナはあんぐりと口を開けて、固まってしまっている。
「ちょっ、ちょっとララ。ストップ、ストップ―!」
「どうした? 何か質問でもあるのか?」
「質問と言うか何と言うか。部室に行って会話を聞いた辺りから、話がおかしくなってない? ララの恋バナ聞いてたはずなのに、ドアやボールを壊しちゃうし、男子達は震えあがるし、なんかもう無茶苦茶だよ!」
「だから最初に言ったではないか。聞いてて気持ちのいい話では無いと」
「予想以上……と言うか、誰も予想できないよこんなの! 思っていた内容とまるで違うんだもの!」
それは仕方が無いだろう。
私だって、彼がそんな最低な奴だとは思っていなかったのだから。
しかしハナは「そうじゃなくて」と言いながら、頭を抱える。
「まず聞きたいんだけどさ、ララってそんなに強かったの? ボールを握りつぶしちゃってるけど」
「握力は強い方だと思うが、どうだろうな? ボールを握りつぶしたのなんて、後にも先にもその時だけだからなあ。リンゴだったら余裕なのだが」
「ああ、そう……ララとは間違っても、ケンカはしないでおくよ」
それには私も賛成だ。私だって大事な親友のことを、バラバラにはしたくはないからな。
「で、その後は男子相手に大立ち回りをしちゃったの?」
「ああ。彼らの所業があまりに許せなくてな」
「まあね。私だって聞いてて、酷い話だと思ったよ。自分のことを好きな女の子の心を、踏みにじってたし。それにララは怒ってないかもしれないけど、私はララがされた事にだって腹が立っているんだから」
眉を吊り上げて、険しい表情になるハナ。
私は本当に自分の事に関しては別に構わないと思っているのだけれど、こんな風に怒ってくれる友達がいるというのは、何だか嬉しいものだ。
「私の為に怒ってくれてありがとう。とはいえ、あの時はさすがにやりすぎたかもな。怒りで我を忘れて暴れまわってしまった」
「相手の自業自得ではあるけどね。いっぺん痛い目を見た方がいいとは、私も思うよ」
フォローしてくれたハナは、ペットボトルに入ったお茶を口にする。
「そう言ってもらえると、少し気が楽になる。結局あの時は最終的に、サッカー部の部室を跡形もなく消滅してしまって、先生に怒られたなあ」
「ぶはっ!」
あ、ハナが飲んでいたお茶を吹き出した。
「ハナ、飲み物を飲む時は落ち着いた方がいいぞ」
「誰のせいだよ! その部室が跡形も無く消滅したってのは、話を盛ってるんだよね? 爆弾でも爆発させたわけでもないし、そんなになるわけ無いもの!」
「そうは言われても、事実塵一つも残さずに消えてしまったのだから仕方が無い」
「ララはいったい何をしたの⁉ 元カレやサッカー部の人達は大丈夫だったの⁉」
むう、痛い所を突いてくるなあ。
それだけの惨事を引き起こしたのだから、もちろん無事で済んだわけがない。
「それに関しては、私もやりすぎたと言わざるを得ない。全員に全治一週間ほどのケガを負わせてしまったよ」
「部室が完全に消滅したってのに、よく全治一週間で済んだね! いったいどうやったの?」
「うーん。口ではうまく説明できないのだが……実践してみようか?」
「……遠慮しとく。今度は学校が消滅しかねないもの」
何はともあれ、これが私に初めての彼氏が出来た時に起きた出来事の全てだ。
我ながらとんでもない奴と付き合っていたと思うし、好きでもないのに付き合ってしまった自分も不誠実だったとは思う。まったくもって恥ずべき過去。黒歴史だ。
「そういや、その後その彼はどうなったの? 改心した? 彼の事が好きだった後輩ちゃんからは、怒られなかった?」
「ああ、実はその騒ぎの後、やっていた遊びのことが明るみに出て、彼は女子から愛想をつかされてしまったんだ。あんな人気者だったのに、落ちる時はあっという間だった」
「人気なんてそんなものだよね。実際酷い事をしてたんだから仕方が無いし。で、後輩ちゃんも彼の本性を知って幻滅したの?」
「ああ。やはりショックだったみたいで、一時落ち込んでたなあ。けどそれからよく話すようになって、最後はちゃんと明るさを取り戻してくれたよ」
それがせめてもの救いと言えよう。
最終的に何故か私のことを『お姉さま』と呼んで、よくなついてくれていたっけ。
私は一人っ子だけど、妹がいたらあんな感じなのだろうか?
「……その子との間に一体何があったのかも、いつか詳しく聞きたいよ。そういえばその騒動の後、ララは誰かと付き合ったりはしていないの?」
「残念ながら。と言うかその後、男子はみんな私のことを恐れて近寄らなくなってしまったんだ」
「ああ……。けど勿体ないなあ。ララ、美人なのに」
「ふふ、ありがとう」
まああれだけの事をしでかしてしまったのだから仕方が無いさ。
とはいえ私は、自分のしたことを後悔していない。そして、思う事がもう一つ。
「もしも私が次に誰かと付き合う事があるとすれば、心から好きだと思える相手と出会えた時だろう。もう告白されたから付き合いましたという、形だけの恋人なんて御免だからな」
あの頃の私は本当に幼くて、『好き』がどういう事なのかも分かっていなかった。
いや、今でも『好き』は分からないのだけどね。
ただそれでも、高校に入ってから学んだことはある。それは……。
「ハナ、ちょっといい?」
「ユメー!」
話をしている私達に声を掛けてきた、男子生徒が一人。
彼はハナの幼馴染みであり彼氏である、夏目夢路君。
ふふ、ハナってば彼氏の登場に、明るさが2割増しになってるぞ。
「藤村さん、ハナをちょっと借りてもいい?」
「ああ、構わんよ。ハナに用があるのなら、いちいち私に断る必要なんて無い。思う存分喋るといいさ」
「いや、そんな長話をするつもりは無いんだけどね。あのさハナ、今日の放課後、遊びに行こうって話だけど……」
私からハナへと視線を移す夏目君。だけどその表情は、なんだか暗いような……。
「ごめんハナ。急にバイトが入って、今日行けなくなった。シフトに入っていた人が風邪を引いて来れないから、急遽代役を頼まれたんだ」
「えっ?」
さっきまでの笑顔が一転、ショックを受けたように固まってしまうハナ。
そういえば夏目君は、学校近くのカフェでバイトしてたっけ。
「本当にゴメン、約束してたのに」
「ああ、うん……バイトなら仕方が無いよ」
「ありがとう……それで、代わりにはならないけどさ。今日俺のバイト先に来ない? ケーキセット、ご馳走するから」
「え、ユメのバイト先に? ケーキセットご馳走してくれる?」
あ、ハナの目が輝き出した。
夢路君のバイトしてるお店のケーキ、絶品だからなあ。私も何度か食べてるけど、アレはくせになる。
加えてその店の制服を着た夢路君のウェイター姿は、ハナのお気に入り。夏目君にはナイショだけど、世界一格好良い私の彼氏が、世界一格好良い制服を着ているって、密かに言っているんだ。
お出かけの代わりにはならないとしても、きっとハナの機嫌を治すのには十分だろう。
「ま、まあユメがどうしてもって言うのなら、行ってあげない事も無いかな?」
「お願い、どうしても来てほしい。俺だってハナと一緒にいられないのは不本意なんだから、これくらいさせて」
「も、もう。なに言ってるのさこのバカ!」
ああ、ハナってば耳まで真っ赤になっちゃって。可愛いなあ。
この二人を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになるよ。
「本当に君達は、見ていて飽きないな」
自然と笑みを浮かべながら、イチャつく二人を見る。
私にとって、この二人は恋の先生みたいなものだ。
ハナほど真剣に誰かを好きでいる女の子を私は知らなし、夏目君もそんなハナの想いに誠意をもって答えようとする、誠実な男の子。
きっと誰かを好きになるというのは、こういうことなのだろう。君達と出会って、学ばせてもらったよ。
この二人は、私の理想のカレカノ。推しカプだ。
もしも私が誰かに恋をして、付き合うことが出来たのなら、二人みたいになりたい。それはもうちょっと先の話かもしれないけど、なにも焦ることは無い。
今はまだこの幸せそうな二人を近くで見守っているのも、悪くないのだから。
おしまい♪
咲かない花、叶えたい夢外伝! ララの交際黒歴史。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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