第三章

   3

「え? アンタ、高校一年じゃないの」

「そうじゃないですってば」

「なんっとまあ。アタシャてっきり、中学受験終わったばっかりなのに、生活苦からスーツ着せられて拳銃持たされるようになった可哀想な家の子なのかと思ったよ」

「違います」

 近衛有明の家の中は、こざっぱりとしていた。応接室なのだろう、六畳ほどの畳の部屋に通されて、しばらく座布団の上で待たされた。やがて、相変わらずビキニ姿の近衛が、大きめの角切りにしたスイカと冷えた茶を持ってきてくれた。

 初対面で銃と草刈り鎌を突き付け合うことになった二人だが、二人はすぐ打ち解けられた。鎌を突き付けてきた時とは打って変わって、近衛は明るく気さくだ。彼女に乗せられていろいろしゃべっているうちに、先ほどの年齢のやり取りになったのだった。

「大体なんで高校一年なんですか。二年とか三年じゃないんですか」

「いやー高校生っぽいけどその中でも一番幼いレベルかな、なんて思ってさ。上の下、とか中の下、的な?」

 向き合って、スイカを爪楊枝で口に運びながらそんなふうに言葉を交わす。

「それにまあ、あの銃の構え方ね。どことなく、まだ不慣れな感じもして」

 武器の話になると、近衛の声のトーンも僅かに下がった。

「それなりに訓練を重ねたつもりなんですけどね。伝説の殺し屋の近衛さんから見ると、そうなりますか。殺気が撥ね返ったとかいうあの話にしても……」

「宮本武蔵のアレね。もっともらしいでしょ? いつもああいうデタラメ言ってるわけ」

「やっぱり近衛さんの命を狙うヒットマンが来るんですか? いつも、ってことは」

「ん~」近衛は顔をしかめて頷いた。「もうね、風呂場のカビみたいに湧いて出る。銃持った奴、刃物振り回す奴、爆弾仕掛ける奴……。そりゃま、こっちも現役時代は好き勝手にあれこれやってきたから、多少の怨恨は仕方ないけどさ。前に仕事を依頼した時に機密を知られたから、今になって口封じに来ましたなんていうのは困るだけなんだよね。アタシャそんなの全部忘れてる」

 そのつど、刺客は返り討ちにして畑にでも埋めたのだろうか。さっき、一瞬で瑠璃の死角に回り込んだあの早業では、凡百の殺し屋はとても敵うまい。思い出すだけでゾッとする。

「それでも、近衛さんは今でも殺し屋家業を続けていらっしゃるんですよね。引退したことにはなってますけど」

「ん、そだねー。一度足を洗った形にして、ご存知の通り今は実質フリーの元・殺し屋ってわけ。新規の依頼も、えり好みして受け付けてるよ」

 ビキニで堂々とあぐらをかいている姿も、その言い草も、実にあっけらかんとしている。瑠璃は本題に入る前にもう少しだけ、この大先輩の話を聞きたいと思った。

「あの、私まだ若輩者なんで、近衛さんのことはただの伝説としてしか聞いたことがなくて」

「大したこたぁないよ。ただ人より少し身のこなしが軽いだけで、後はぜんぶ師匠に教わった技さ」

「【農法】ですね。師匠ってどなたですか?」

「ん、そりゃ秘密」

「そのビキニは? 冬もそのスタイルだって聞きましたけど」

「これ? みんな知りたがるけど、深い意味なんてないよ。ただ動きやすいだけ。問題なければ、仕事の時だってこれ着ていくさ」

 仕事でもそうでなくても、ビキニはいつでも問題大有りだと思うが。

「で、アンタは?」

 急に近衛から声をかけられ、瑠璃は、え? と顔を上げた。

「本当は秘匿次項の、殺し屋の細かい素性根掘り葉掘り聞いちゃってさ。べらべらしゃべるアタシもどうかと思うけど、アンタのことも少しは教えなよ。どうしてこの道に入ったの」

「就職先がなかったんです。新卒で入った会社がブラックで、私、対人恐怖気味になっちゃって。それから転職を繰り返したんですけど、そうしたら友達と行った縁日で、師匠から誘われて」

「縁日?」

「射的です」

「ああ、射撃の腕を買われたのか。で、今は牟田口さんの下で働いてるわけね。その若さで、さっきはなかなかの銃さばきだったよ」

「はい。でも結局、近衛さんには敵いませんでしたが」

「まあそれも、練習次第だろ」

 近衛はフォローしたが、瑠璃が少し下を向くと、少し決まりが悪そうに「あー。茶、いれ直すか」と言った。別に落ち込んでいるわけではないのだが、もともと表情が乏しいのと陰気な性格から、よく勘違いされる。

「さて、仕事の話といこうか。次のターゲットはどんな奴?」

 瑠璃の素性を聞いたら満足したのか、近衛はスイカを食べ終えたところで尋ねてきた。瑠璃もティッシュで口元を拭き、スーツの内ポケットから封筒を取り出す。

「詳細はこれを見て下さい」

「なんだ、死ぬほどアナログだね」

「牟田口さんはデジタルセキュリティ? クリアランスでしたっけ? そういう類のものを信用していませんからね」

「ふん、あの人らしい」

 近衛は封筒を手に取って透かし見てから、中身を取り出して読み始めた。瑠璃も補足説明する。全情報を確認し終えた近衛は顔を上げて、

「へえ、大手じゃないか。意外とあこぎな商売やってるんだね。だがそれも、哀れな尻尾切りか」

「ただ、アナログセキュリティは万全だと業界では評判ですので。近衛さんもどうかお気を付けて」

「あいよ」


   ※

「それにしても、きれいなお宅ですね」

 帰り際、三和土で靴を履きながら瑠璃は言った。相変わらずビキニ姿で見送りに出てきた近衛は、

「生まれ育った実家だよ。焼かれたり爆弾でやられたり、銃痕が目立ったりするたびに共済使って何度も修理したのさ。そのうち、いつの間にか古いパーツがなくなって新築同然になっちまってね」

「畑も昔から?」

「子供の頃からそこで走り回って遊んでたよ。今も、畑やんないと腕が鈍るからね。――そうだ、少しキュウリが余ってるんだけど持っていきなよ」

「はあ」

 夏の農村では、余ったナスやキュウリが頻繁に贈与されると聞く。瑠璃にとっては都市伝説のような話だったが、「これか」と内心で思った。

 近衛が持ってきたキュウリは想像以上に多く、段ボール箱一杯分だった。瑠璃は炎天下のもと、駅までそれを運び、帰りの電車と新幹線でもひどく目立った。

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