第3話 岩壁の隙間を歩く


     🪨


 陽も傾き、薄暗い洞窟内を、〘明光〙 ライティング で打ち上げた光の玉を頼りに歩く。


 洞窟の出口は、這い上がるときは夢中だったし満潮に近かったのだろう、中にまで海水が入り込んで上がりやすかったのに、眠っている間に干潮時に入ったらしく、私の居る洞窟は岸壁の途中にぽっかり空いた穴で、海面は私の身長よりずっと下だった。


 死ぬつもりだったのに、一度助かった後は怖くて海に飛び込めない。

 岩がどれくらい隠れているか、暗い海水の中は波飛沫しぶきのせいもあってよく見えなくて、夜になって波が荒くなり、下手に入ると岸壁に叩きつける波と海中の岩とにすり潰されそうだ。


 試しに〘明光〙 ライティング を海の中へ入れてみるが、よく見えないことに変わりはなかった。

 その代わり、背後のほぼ闇のような洞窟の奥に、光が差すところがあることに気づけた。


 地上に繋がる坂があれば一番いいけれど、体が通れるくらいの岩壁の裂け目か、光のもれる穴があるのかも。外と連絡をとれるかもしれない。


 真っ暗な夜になる前に上がれないと、一晩ここで過ごすことになる。

 死にたいと思っていたけれど、それは今の環境からの現実逃避であって、風邪をひいて苦しんだり、怪我から熱を出しても構わない訳じゃない。


 たぶん、浅瀬に棲む蟲や貝などはいるのだろうけどよく見えないし、海の岩場によくいる蟲は、暖かい地域の衛生環境のよくない場所に出るアレに似ていて不気味なので、見えなくて幸いだ。

 他にいても爬虫類や両例類か甲殻類の類いだろうけれど、気配はない。

 守護精霊を道行きの共に歩き続けること小一時間。

 ついに、星空が見える場所に辿り着いたけれど、地上に出られそうにはなかった。


 左右を岩壁に挟まれた大きな裂け目。星空がよく見える。でも、自分の周りは切り立った崖で、足がかりになる段差や凸凹もなく、裂け目まで私の身長の三倍はありそうだった。


 やはり、このままここで朝を迎えることになるのか。それとも、再び海が満潮になるのを待って泳ぎ出し、海岸線沿いに浜辺まで数百m泳ぐのか。

 夜の海は危険だと思う。


 ルヴィラ以外の精霊を置いて来たので、連絡を取るのに飛ばせられる子がいない。


 諦めて、今夜は眠って、朝、明るくなったら地上まで手掛かりになる道筋がないか探してみよう。


 そう思って身体を温めるべく魔力を集中させた時だった。


「誰か、そこに居るの? 怪我をしていないか? 〘明光〙 ライティング をあげられるなら意識はあるんだろう? 無事か?」


 上の裂け目から人の声がする。若い男性の声だ。


 しかも、どこかで聴いたことがあるような? このタイミングで、知人が自殺の名所の岸壁にいるなんてこと、あるかしら? ⋯⋯でも。


「すみません、海に落ちて、岩場に上がったのですけどそこから地上に出られなくて、ここまで明かりを頼りに、洞窟の中を歩いてきました。どこかに、上にあがれる場所はないでしょうか?」


 誰の声か思い出せないものの、上手くいけば助かると思い、呼びかける。


「暗くてよく見えないな。僕の〘明光〙 ライティング を大きめに作って落としてみるから、眩しさに目をやられないように気をつけて」


 言うが早いか、上の方で魔力の高まりを感じたと思ったら、私が中に座って入れそうなほど大きい球状の〘明光〙 ライティング がゆるゆると降りてきて、私の足元と裂け目の中間やや高い位置で、空中停止する。


「え? ⋯⋯殿下?」


 明かりに照らされて見えたのは、貴族や上流階級の子供達が魔法を学びに通う学校の生徒代表委員長でこの国の第二王子殿下の、目映い淡い白金の髪とホワイトブロンド 薄藤色アメシストの瞳。これだけの距離があるにも拘わらず、ハッキリと見て取れる。

 もっとよく見ようとした意識が作用して、守護精霊が私の視力を一時的にあげたのかもしれない。


「え? エステル? どうしてそんなところに⋯⋯? 海に落ちたってどういうことだい?」


 殿下は、私のような者の名も知っていて、顔と名が一致するのね。


「待って、そっちへ行くから」

「え? 行くって? 殿下⁉」


 手を組み、繰掌で風の印を切り、咒を唱えると、風を纏って裂け目から降りて来た。


 さすが王族、強い魔力と精霊の守護力で、危なげなく降りて来た。


「きかせてもらおうか。なぜ、海に落ちるような事態に? ああ、まだ服も髪も濡れたままじゃないか」


 そう言って、詠唱もなく、私の髪の一筋を掬って手に取り、髪も服も乾かしてくださった。


 私がやれば、多少の磯臭さを遺しつつ、潮の成分も遺したまま、ただ乾かすだけだろう。でも、殿下は、潮気も海藻や魚の鱗などの滓も遺すことなく、爽やかに迅速に乾かしてくださる。


「とりあえず乾かしたけれど。このままじゃ風邪をひく。詳しい話は馬車の中できかせてもらおうか。屋敷まで送ろう。⋯⋯失礼」


 そう言うと、有無を言わさずに、いきなり抱き寄せた。


「きゃ?」


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