第8話 皇太子殿下の結婚式は予定通りに。
アンジェリカは皇宮の地下牢に投獄され、異母姉に対する悪事がすべて白日の下にさらされた。
異母姉を娼婦に堕として嘲笑いたかった。その一念だったらしい。実母のヘンリエッタが愛人として囲われた日々が大きな影を落としていたみたい。
私としては、処刑されず、罪を償いないながら生きてほしかった。そのほうがアンジェリカにとって屈辱だと思うから。
けれど、皇帝陛下はアンジェリカに名誉の死を与えた。友人であるカーライル公爵を助けたかったからだ。
ヘンリエッタは戒律が厳しい修道院に送られた。アンジェリカの悪事に気づき、サポートしていたのだ。捕縛した奴隷商人やイーモンを毒殺させたのはヘンリエッタ。そもそも、奴隷商人はヘンリエッタの実家に出入りしていた商人だった。表向きは美術品を扱う商人。
カーライル公爵の爵位と財産はそのままだけど、宮廷から下がることになった。最後に私に謝ってくれた。
「アイリーン、すまなかった」
一気に老けこんだような気がする。帝国中を湧かせた一途な恋の結末はアンジェリカで無残にも木っ端微塵。
「カーライル公爵、遅い」
お父様、と呼ぶ気にもなれない。
「すまなかった」
「私の母は最後まで誇り高い淑女でした」
「知っている。すまなかった」
「政略結婚でしたが、カーライル公爵を愛していましたよ」
「非はすべて私にある。心より詫びる」
カーライル公爵は謝罪を繰り返すだけ、会話も成り立たない。
アンジェリカが処刑される前日、私はレオノーラと一緒に地下牢に向かった。もはや、檻の向こう側に天使と呼ばれた可憐な美女はいない。
「すべてお姉様のせいよ。お姉様が悪いのよ。誰からも嫌われたゴミ女のくせに」
アンジェリカは私を見た瞬間、食ってかかった。呆れるぐらい、なんの反省もしていない。
「アンジェリカ、反省していないのね」
「私は悪くないもの」
「私は虐待され、あなたは溺愛された。ヘンリエッタは貴族子女としての教育どころか人としての教育もしなかったのね」
「偉そうに言わないで。血筋だけが取り柄の嫌われ者のくせにっ」
「魔女に禁忌を使わせ、私の誇りを奪おうとした。偉大なる大魔女の誇りもリーヴァイの人生も奪った。罪を償いなさい」
リーヴァイは心魂から反省し、処刑を望んだ。私は助けたかったけれど、皇帝陛下やコーネリアス殿下が許さなかったのだ。
「私は悪くないーっ。すべてお姉様が悪いのよーっ」
半分とはいえ、血は繋がっている。最期に少しぐらい改心してくれていると期待したけど、やっぱり私は甘かった。
地下牢から出た後、私は眩暈を感じ、レオノーラに支えられた。
「大丈夫ですか?」
「……これで罪悪感なく、アンジェリカを見送ることができる」
私が本心を吐露すると、レオノーラは殺意を漲らせた。
「……そうですね。本当だったら、私が八つ裂きにしてやりたかった」
「あの時、私がイーモンに引っかかって馬車に乗っていなければ、パメラも救えたかもしれない」
私がメラニーとしてパメラに相談していたなら? レオノーラがパメラの異変に気付いていたら?
自分の迂闊さが悔やまれてならない。
「師匠は禁じ手を使った時点で自決を決めていた」
パメラは私の記憶を封印した時点で覚悟していた形跡がある。弟子に孤児の世話を引き継いでいたそうだ。ただ、弟子にそこまでの力はない。レオノーラが責任をもって孤児たちを育てていくという。
「パメラならばアンジェリカの依頼を突っぱねることもできたんじゃないのかな?」
アンジェリカの脅迫もすごかったけど、パメラならばいくらでもやりようがあったはず。私の素朴な疑問をレオノーラは一蹴した。
「カーライル公女が思っているほど、魔女の地位は高くない」
「……なら、魔女の地位向上に努めましょう」
「……はい?」
「レオノーラを皇室専属に推薦したから、皇室専属魔女になって。私もレオノーラがいないと怖い」
私の切実な願いをレオノーラは聞き入れてくれた。
この先、皇室専属魔女に禁じ手を使わせるようなことにならないように祈る。もちろん、私も使わせない。
予定されていた葡萄月の虹葡萄の日、コーネリアス殿下と私の結婚式の幕が上がる。私のお願いでカメリアの女将さんも招待された。娼婦代表の小悪魔・デイジーも一緒だ。前代未聞だけど、皇帝夫妻や宰相、皇族方が賛成してくれた。
皇太子とともに新しい世を作れ。
そう言われているような気がした。
もう迷わない。想いを深淵に沈めたりしない。私と年下の殿下は想い合っていたのにこじれにこじれた。
二度と同じ轍は踏まない。
私は純白のウエディングドレスに身を包み、コーネリアス殿下のエスコートで赤い絨毯の上を進む。
突き刺さるような視線にも、割れんばかりの歓声に怯えたりしない。
隣に最愛の夫がいるから。
檻の中から皇宮へ~娼館からすべて取り戻します~ 森山侑紀 @moriyamayuuki
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